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魔女の初恋  作者:
1/10

魔女は嫌われ者。


永い寿命を持ち、人を呪う。


魔女は恐ろしい。


機嫌を損ねると相手に災いをもたらす。


魔女は忌まわしい。


魔女はいるだけで不幸を呼び寄せる。



魔女に近付くな。魔女は人とは解り合えない。人とは別の生き物なのだから。


この塔に閉じ込められてどれぐらいの月日が流れたのだろうか?


白い髪に翡翠の瞳を持つ魔女は手元の本を見つめながらそんな取り留めのないことを考えていた。

養い親である魔女を殺され、この国の王に幽閉されたのはまだ、魔女が外見通りの十代の頃の話だ。

泣き叫び、抵抗しても己の腕を掴む王の手を振り払うことができなかった。

養母の血で濡れたその手は魔女を強引に自分の腕の中へと囲いこんだ。

魔女に抵抗する力はなかった。人に信じられているような忌ま忌ましい力なんてどの魔女だって持ってはいない。人より永い寿命と人より豊富な薬と毒の知識。あるのはそれだけ。あとは人と全く変わらない。病気もする。剣で斬られれば怪我をし、死んでしまう。

王は魔女を連れ、城へと帰り、そして魔女をこの塔へと閉じ込めた。



王は夜ごと塔に訪れ、魔女の全てを貪り尽くしていく。

「お前は俺のものだ」

苦痛でしかない夜を幾つも過ごした。

呪いのように毎夜囁かれる言葉の意味がわからなかった。

涙を流すことも憎むことも忘れた頃、王が隣国から妻を娶った。

美しく聡明で慈悲深い家柄も素晴らしい人々から賢王と呼ばれる王に相応しい女性だと誰もが讃え、歓迎した結婚だったという。



王の結婚式の日、魔女はただ窓の外から空を見ていた。

頬を流れた一滴の冷たさだけが表情を無くした彼女の感情を表していた。



結婚後、王の訪れは目に見えて減った。当たり前だ。素晴らしい伴侶を得たのに魔女に構う理由はない。

魔女は静かに日々を過ごした。



そして、数ヶ月後王妃の懐妊が伝えられ、一年後には後継ぎとなる王子が生まれた。



王と会う回数は減っていく。それと同時に伝わってくるのは国王家族の幸せそうな様子。

王は妻を愛し、子を厳しくも愛情持って接していると。王は生涯愛する女性を見つけたのだ。


          「どうして・・・私を殺してくれなかったの?」


こんな風に忘れられるのなら・・・あの時、養母を切り捨てた刃でこの胸を貫いてほしかった。


「消えてしまいたい」


願うのはそれだけだった。

月日は流れていく。

塔に閉じ込められた魔女のことなど誰の記憶にも残っていないのだろう。

魔女は静かに誰も訪れるはずのない扉を見つめ、目を伏せた。


「お前が魔女なのか!」


長い間固く閉ざされていた扉を易々と解き放ち猪のように魔女にのもとへと飛び込んできたのは赤髪にきらきらと好奇心に輝く柘榴色の瞳を持つ小さな男の子。

有り得ない光景に魔女の手から本が落ちた。            


 あの日、魔女の前に現れたのは王の第三王子だった。父親によく似た顔で笑う王子様は何が楽しいのか王が城を留守にするのを見計らっては魔女の元を訪れた。      

明るくお喋りな王子がいつの間にやら魔女の話も聞き出しているというパターンを作り出していた。


「魔女〜〜〜来たぞ〜〜〜」


「王子・・・・」


悪びれもなく堂々と扉を開けて入ってきた王子に魔女はため息をついた。

そしてもう、何度目になるかわからない戒めを口にした。


「ここに来てはいけません」


「?なぜだ、父にはばれてないぞ?第一ここは魔女を逃がさないための仕掛けはあるが侵入するのはわりと簡単だぞ」


「王が私を閉じ込めているのは不吉だからです。魔女は不幸の象徴。私と会っていると知られたら王子を悪く言う者も出て来てしまいます」


「お前が不幸の象徴?」


頷くと何故か王子は可笑しそうに笑った。


「寿命が永いこと以外は人と変わらないと言ったのはお前自身だぞ。それに父上の珠玉であることが1番の理由だ。災いを側に置いておくほどあの人は愚かではない」


王子の言葉に魔女は顔を伏せた。

この王子は事あるごとに「父上の珠玉」と魔女を称する。有り得ないのに。

魔女は打ち捨てられた玩具だ。見向きもされずに玩具箱の底で朽ちていくのを待つだけだ。

王が大事で愛しているのは王妃であり彼女の生んだ子供達だ。

そんな当たり前の事なのに王子は違うという。

何時ものように納得のいかない会話を切り上げ、王子は別の話題に変え、そして帰っていった。



騒々しくも賑やかな王子の訪問は少しづつ魔女の凍てついた心を溶かしていく。


失った表情が淡く現れるようになり、お喋りな王子につられて魔女の口数も増えてきた。

王の目を盗んでいるため来訪自体は少なかったが魔女は確かに王子との会話を楽しみにしていた。



永い永い幽閉で無くしかけていた感情が暖かな熱となって魔女の心を温めた。



緩やかに日々は過ぎていくのだと思った。王に忘れられ、自由を奪われていても、小さな王子がたまに来て、たわいもない話をして彼の成長を見守る。欲を言えば小さな友人が伴侶を得た時にその相手とも友達になりたい。


全てを奪われ、諦めた魔女に芽生えたささやかな・・・・ささやかな夢。



小さな小さな願いを風に散らされるなんて知らなかった。



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