『貧乏令嬢のくせに』と義妹に見下されていますが、この伯爵家を養っているのは私です
サクッと3千字
「お義姉様! 今日のお茶菓子は何なの?」
午後のティータイム。
伯爵家の食堂に入ってきた義妹は、テーブルに用意されていた焼き菓子を見るなり、不満そうに声を上げた。
「昨日と同じじゃない! 私、焼きたてのお菓子が食べたいって言ったわよね?」
「ええ。でも、昨日のお菓子がまだ残っているから、今日はこれでいいでしょう?」
「はあ? そんなの使用人たちに食べさせればいいじゃない!」
そう言って、義妹は乱暴に椅子へ腰を下ろした。
……まったく。
私がこの伯爵家に嫁いで、もう三年になる。
夫との仲は良好だし、使用人たちもよく働いてくれる。これといって不満はない。
ただ一つ、義妹の存在を除けば。
「それよりお義姉様、私のドレスはどうなったの? 先週、新しいものを注文してって頼んだわよね?」
「まだ注文していないわ。先月も三着仕立てたばかりでしょう?」
「だから何? 来月は王宮の舞踏会があるのよ? 同じドレスを着ていくわけにはいかないじゃない!」
「でも、先月のドレスはまだ一度も着ていないでしょう?」
「お義姉様って、本当に貴族の常識を知らないのね!」
義妹は大げさにため息をついた。
この義妹、今年で二十歳になるのだが、昔から甘やかされて育ったせいか、わがまま放題。
欲しいものがあれば何でも買ってもらえると思っているし、気に入らないことがあるとすぐに癇癪を起こす。
しかも、私のことが大嫌いらしい。
というのも、私はもともと貧しい子爵家の娘だった。
一方、夫の実家は由緒正しい伯爵家。家格も財産も、私の実家とは比べものにならない。
義妹はそのことを何かにつけて持ち出し、私を見下してくるのだ。
「そもそも、お義姉様はもっと私に感謝するべきなのよ?」
「感謝?」
「そうよ! 貧乏子爵家の娘だったくせに、お兄様に結婚していただいたおかげで、こんな立派なお屋敷に住めているんだから!」
「はあ……」
「それなのに、ドレスの一着や二着で文句を言うなんて! 誰のおかげで贅沢な暮らしができていると思っているの?」
義妹は得意げに胸を張った。
一方、私は心の中で大きなため息を吐いた。
(はぁ……ダメだ。そろそろ限界かも)
それから私は少し考え、そして尋ねた。
「ところで、あなたはこの家の財政状況を知っているの?」
「は? 何よ、突然」
「伯爵家にどのくらい収入があって、毎月どのくらいお金を使っているか、知っている?」
「そんなの知るわけないじゃない! 貴族の令嬢がお金の計算なんてするわけないでしょう?」
「そう。じゃあ、教えてあげるわね」
私はテーブルに置いてあった帳簿を開いた。
「実はこの伯爵家、三年前まで相当な財政難に陥っていたのよ。領地の収入だけでは屋敷の維持費すら賄えないくらいに」
「……え?」
「だから今は、私の商会から毎月まとまったお金を入れているの。屋敷の維持費も使用人たちのお給料も、ほとんどそこから払っているわ」
「ちょ、ちょっと待ってよ。商会って何?」
「あら、知らなかった? 私、結婚する前から商会を経営しているのよ」
私の実家は確かに貧しかった。
そのため、私は十代の頃から商売を始め、少しずつ事業を大きくしてきた。
最初は小さな雑貨店だったが、今では王都にいくつもの店舗を構えるほどに成長している。
そして現在、その収益の一部を伯爵家の生活費に充てているのだ。
「ちなみに、あなたが先月仕立てた三着のドレスも、先々月買った宝石も、全部私のお金で支払っているわ」
「う、嘘よ!」
「嘘じゃないわ。ほら、ここに記録があるでしょう?」
私は帳簿を義妹の前に差し出した。
そこには、義妹のために支払われた数々の金額が記されている。
「そ、そんな……」
義妹は呆然と帳簿を見つめていた。
……まあ、驚くのも無理はない。
何しろ、私はこれまで義妹に自分の商会のことを一切話していなかったのだから。
理由は簡単。義妹の性格を考えると、私が裕福だと知られた途端に、ますます金品を要求されそうだったからである。
ただでさえ、あれを買え、これを買えとうるさいのだ。できれば今後も黙っておくつもりだった。
けれど、こうも毎日のように文句を言われては、さすがの私も我慢の限界というもの。
そこで、とうとう事実を明かしたわけである。
「それで、さっき何と言ったかしら? 誰のおかげで贅沢な暮らしができているのか、だったかしら?」
「……っ!」
義妹の顔がみるみる赤くなった。
しかし、ここで素直に謝ってくれるような性格なら、私も苦労はしていない。
「だ、だから何よ! 結婚したんだから、伯爵家のためにお金を出すのは当然でしょう!? それに、どうせその商会だって、お兄様のお力を借りて大きくなったんじゃないの!?」
「いいえ。商会は結婚前から今と同じくらいの規模だったわよ」
「なっ……」
義妹は口をぱくぱくと動かした。
どうやら、言い返す言葉が見つからないらしい。
やがて、恥ずかしさと怒りで顔を真っ赤にすると、勢いよく立ち上がった。
「も、もういいわ! こんな家、出ていってやるんだから!」
「え?」
「絶対にお義姉様なんかより稼ぎのいい殿方を見つけて、結婚してやるわ! そうすれば、こんなお屋敷よりずっと立派なところに住めるんだから! そのときになって後悔したって遅いのよ!」
「はあ……」
……なるほど。あくまで自分で稼ぐつもりはないのね。
ここまでくると、一周回って尊敬するわ。
そんな私の呆れ顔が気に入らなかったのか、義妹は「覚えてなさいよ!」と捨て台詞を残し、食堂を飛び出していった。
そして翌日、本当に荷物をまとめて屋敷を出ていってしまったのである。
……さて、それから一か月が経ち。
義妹がいなくなった伯爵家は、驚くほど静かになった。
毎朝のように聞こえていた怒鳴り声もなくなり、使用人たちも以前より生き生きと働いている。
私も商会の仕事に集中できるようになり、すっかり平穏な日々を取り戻していた。
そんなある日。
「実は、妹から手紙が届いたんだが……」
夕食を終えたところで、夫が何やら申し訳なさそうに一通の手紙を差し出してきた。
「あら、あの子から?」
「ああ。君には内緒にしてほしいと書いてあったんだが、さすがにそういうわけにもいかなくてね」
「……なるほど」
私は手紙を受け取り、さっそく中身を確認してみた。
どうやら義妹は、屋敷を出たあと王都で一人暮らしを始めたらしい。
しかし、当然ながら自分の収入などない。
持ち出したお金はあっという間になくなり、今では家賃を払うことすら難しくなっているそうだ。
しかも、肝心の結婚相手探しもまったくうまくいっていないらしい。
手紙には、そんな窮状が延々と書き連ねられていた。
そして最後には、こう記されている。
『お兄様、お願い! 今月の生活費だけでも送ってちょうだい! このままじゃ私、暮らしていけないわ! でも、絶対にお義姉様には内緒にしてね!』
……まったく。
私は手紙から顔を上げ、夫に尋ねた。
「それで、どうするつもり?」
「もちろん、自分で何とかするよう返事を書くつもりだよ。そもそも、僕の給金だけじゃ妹の贅沢まで面倒を見られないからね」
「そうね。それがいいと思うわ」
それにしても、あれだけ威勢よく出ていったというのに、結局は兄にお金の無心とは。
(……まあ、こうなるとは思っていたけど)
私は小さくため息をつき、手紙を夫に返したのだった。
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