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潮風の神守り  作者: 灯野 しおん
第一部 神話の帰る場所

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第四話 消えゆく神

それから数日。


 蒼真は少しずつ島の生活に慣れていった。

 朝は鳥の声で目を覚ます。

 千鶴の作る朝食を食べる。

 陸に振り回される。


 そして気づけば、潮が隣にいる。


 それが当たり前になり始めていた。


 ◇


「蒼真!」


 放課後。

 校門を出た瞬間、陸が駆け寄ってくる。


「今度の日曜暇か?」

「たぶん」


「じゃあ船出すぞ」

「なんで?」


「島巡り」

「なんで?」


「楽しいから」

 理由になっていなかった。


 隣で潮が吹き出す。


「面白いね、この子」

「聞こえてるぞ」


「だから聞こえてないって」

「俺には聞こえてる」


 最近このやり取りが増えた。


 陸は首を傾げる。

「誰と喋ってるんだ?」


「独り言」

「下手だな」

「ほっとけ」


 ◇


 その帰り道。

 蒼真はふと神社へ寄った。


 あの小さな神様が気になっていたのだ。

 石段を登る。


 夕暮れの境内。

 誰もいない。


 そう思った。


「来てくれたんだ」


 声がした。


 振り返る。


 鳥居の影。

 白い着物の神様が立っていた。


 けれど。

 蒼真は違和感を覚えた。


「……あれ?」

 前より薄い。

 向こうの景色が少し透けて見える。


 神様は苦笑した。


「分かっちゃったか」

「どうしたんだ?」

「時間がないんだ」


 神様は空を見上げる。

「もう長くない」


 蒼真の胸が締め付けられる。


「そんなの」

「おかしいだろ」


 神様は笑った。

 とても穏やかな笑顔だった。


「ありがとう」

「え?」

「気づいてくれて」

「見てくれて」


 その言葉が重い。

 蒼真は何も返せなかった。


 ◇


 夜。


 結城家。


 夕食のあと。

 蒼真は縁側に座っていた。


 目の前には海。

 隣には潮。

 静かな夜だった。


「なあ」

「ん?」


「助けられないのか?」


 潮はすぐに答えなかった。


 波の音だけが聞こえる。


「難しい」

 やがてそう言った。


「どうして」

「神様は人の想いで生きてるから」


「想い?」

「信仰っていうほど大げさじゃないよ」


 潮は夜空を見上げた。


「覚えてること」

「大切だと思うこと」

「ありがとうって思うこと」

「そういうの」


 蒼真は黙る。


「でも誰も覚えてなかったら?」

「消える」


 潮は静かに言った。

 まるで何度も見てきた現実を語るように。


「だから私は嫌なんだ」


 珍しく。

 潮が弱い声を出した。

「忘れられるの」


 ◇


 日曜日。


 陸の船で近くの島へ向かうことになった。

 凪島から少し離れた無人島。

 昔は小さな祠があったらしい。


「じいちゃんが言ってた」

 船を操縦しながら陸が言う。


「昔は祭りもあったんだって」

「今は?」


「誰も行かない」


 潮の表情が曇る。

 蒼真はそれに気づいた。


 船は島へ着く。

 小さな岩場。

 草に埋もれた石段。

 崩れかけた祠。


 そして。

 その前に。

 一人の老人が座っていた。


「……!」

 蒼真は目を見開く。


 老人は透けていた。

 神様だ。

 間違いない。


 老人は蒼真を見る。

 そして優しく笑った。


「久しぶりじゃのう」


 蒼真の知らない神様だった。


 だが。

 その笑顔はなぜだか懐かしかった。


 隣で潮が小さく呟く。

「この島の神様……」


 その声は。

 泣きそうだった。

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