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潮風の神守り  作者: 灯野 しおん
第一部 神話の帰る場所

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第十一話 出航の日

翌朝。

凪島の空は雲ひとつなかった。


春の陽射しが海を照らしている。

いつもと同じ朝。


なのに、

蒼真には世界が少し違って見えた。


父の言葉。

海鏡

黄泉の門。

おのころ島。


昨日まで神話だったものが、今は現実になっている。



「本当に行くのかい?」

朝食の席で千鶴が尋ねた。


「行く!」

蒼真は迷わず答える。


千鶴は少しだけ微笑んだ。


「そうだろうねぇ」

「止めないの?」

「止めても行くだろう?」


図星だった。


「それなら」

千鶴は立ち上がる。

そして棚から小さな包みを持ってきた。


「これを持っていきな」

中には勾玉が入っていた。


深い藍色。

海のような色をしている。


「これは?」

「結城家の守り石」

「神守の証だよ」


蒼真はそっと受け取った。

不思議と温かかった。

まるで、誰かの手のぬくもりが残っているように。


「父さんの?」

「そう」


千鶴は頷く。

「最後まで持っていたものだよ」


蒼真は勾玉を強く握った。

胸の奥が熱くなる。



昼前。

三人は港へ集まった。


蒼真。

陸。

潮。


そして小さな漁船。


「本当にこれでいくのか?」

「俺の船を馬鹿にするな」


陸が胸を張る。


「じいちゃんの代から使ってる」

「神様の道だろうが何だろうが行ける」


妙な説得力があった。


潮は呆れている。


「多分理屈じゃないんだろうな」

「聞こえてるぞ」

「最近本当によく聞こえるね」


陸は不思議そうだった。

姿はまだ見えない。

けれど声は聞こえる。


しかも日ごとにはっきりと。


「なんでだろうな」

陸が首を傾げる。


潮は少し考えて。


「近づいてるからな」

「何に?」

「神話に」


その答えに誰も笑わなかった。



出向の直前、

港は一人の老人がやってきた。


村上源蔵。

陸の祖父だった。

島では有名な元漁師。


昔から鳴門海峡を知り尽くしている人だ。


「じいちゃん?」

陸が驚く。


源蔵は黙って船を見る。


そして、

「行くんだな」

そう言った。


蒼真たちは固まる。


「知ってるんですね?」

蒼真が尋ねる。


老人亜hゆっくり頷いた。

「結城の坊主が残したものだろう」


父のことだ。


「親父と会ってたんだ……」

「何度もな」


源蔵は海を見る。


遠く鳴門の方向を。


「二十年前」

「わしらは一度だけ道を見た」


蒼真の心臓が跳ねる。


「道?」

「海の上に現れる光の航路だ」


潮が息をのんだ。


その反応を見て、

蒼真は確信する。


本当だ。


「その先に島があった」


源蔵が続ける。


「じゃが、上陸はできなかった」

「なぜ?」


老人は目を細める。


「守りてがおった」


風が吹く。

その瞬間、

潮の表情が変わった。


「まさか……」


何か思い当たったらしい。

だが言葉にしない。


「今回ならいける」


源蔵は蒼真を見る。


「結城の血が戻った」

「神守と舩守が揃った」

「そしてーー」


老人の視線が潮へ向く。


初めて。

まっすぐ。

潮へ。


「海の巫女もいる」


蒼真と陸は同時に振り返った。


潮が固まっている。


「え!?」

蒼真が声を上げる。


「海の巫女?」


源蔵は当たり前のように頷いた。


「見ればわかる」

「昔から変わっとらん」


潮は完全に固まっていた。


「じいちゃん、見えているのか!?」

陸が叫ぶ。


「若いころはな」


源蔵は笑う。


「今はぼんやりじゃ」


そして、

潮へ向かって頭を下げた。


「久しぶりじゃな」


潮の瞳が大きく揺れる。


「……源蔵さん」


その声には、

長い年月を超えた再会の響きがあった。


蒼真は気づく。

潮はだだの案内役じゃない。


もっと大きな秘密を隠している。


神様たちが彼女を特別扱いする理由。

父が彼女を頼れといった理由。


それがまだ明かされていない。


「行け」

源蔵が言う。


「道はもうひらいておる」


その言葉と同時に、

鳴門の方向から青白い光が立ち上がった。


海の上に、

一本の光の航路が現れる。


神話へ続く道。


蒼真たちは顔を見合わせた。


そして。


船が静かに港を離れる。


おのころ島へ向けて。


運命の航海が始まった。

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