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潮風の神守り  作者: 灯野 しおん
第一部 神話の帰る場所

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第五話 父の足跡②

パラリ、とめくれたページを何気なく押さえようとして。


 蒼真の手が止まった。

「……ん?」 


 写真だった。 


 白黒に近い、少し色褪せた写真。

 古い祠。

 海沿いの小さな社。


 その隅に人影が写っている。

 若い男だった。 


 蒼真は目を凝らす。

 見覚えがある。 


 いや。

 見覚えどころではない。 


「父さん……?」 


 潮も写真を覗き込んだ。 


「ああ」

 静かに頷く。

「若いね」 


 蒼真の喉が詰まる。

 二十代前半だろうか。

 まだ結婚する前かもしれない。 


 少し長めの髪。

 今より細い顔。 


 けれど間違いなく父だった。 


「なんで……」

 蒼真は写真の説明文を読む。 


 ――昭和末期、凪島南端の祠調査。 


 それだけだった。 


「調査?」

「趣味」


 潮が答える。


「趣味でこんなことするか?」

「する人だった」


 妙に説得力があった。


 ◇ 


 図書館の司書に頼み、関連資料を見せてもらう。


 郷土史研究会の記録

 島の祭礼調査。

 古い聞き取り帳。 


 そして。

 一冊のノート。


「これ……」

 蒼真の心臓が跳ねた。 


 表紙に書かれていた名前。


 結城拓海 


 父の名前だった。


 ◇ 


 貸出禁止資料だったため、その場で読む。 


 古びた大学ノート。

 父の文字だ。 


 一ページ目。

『凪島には神話以前の伝承が残っている可能性がある』 


 二ページ目。

『祠の配置が不自然』

『島全体が巨大な祭場だった可能性』

『おのころ島との関連を再調査』 


 蒼真は眉をひそめる。

 まるで研究者だ。 


「父さん、何やってたんだ……」 


 ページをめくる。 


 すると途中から内容が変わる。

 調査記録ではない。 


 日記に近かった。

『また会った』

『潮は相変わらずだ』 


 蒼真の呼吸が止まる。

『本人は隠しているつもりらしいが寂しがり屋だ』 


「……」

 隣を見る。

 潮は真っ赤になっていた。 


「見るな!」

「父さん書いてるぞ」 


「読むな!」

「無理だろ」 


 潮は頭を抱えた。 


 ◇ 


 さらにページをめくる。 


『島の神々が減っている』

『十年前より明らかに数が少ない』

『原因は忘却』

『このままでは神々の世界が保たない』


 蒼真の顔から笑みが消える。 


 その先。 


 文字が乱れていた。

『時間がない』

『約束の日が近い』

『もし私に何かあったら』 


『蒼真に――』 


 そこで文章が終わっていた。 


「え?」 


 次のページは破れている。 


 綺麗に。 


 まるで誰かが意図的に。 


「続きは?」 


 潮が目を伏せた。


「ない」

「なんで」 


「……」

 答えない。 


 蒼真は潮を見る。 


「知ってるんだな」 


 潮は苦しそうだった。 


「少しだけ」

「話してくれ」 


 長い沈黙。 


 図書館には誰もいない。

 聞こえるのは時計の音だけ。 


 やがて。


 潮は静かに口を開いた。 


「蒼真のお父さんは」

「最後にね」

「神様たちを助ける方法を見つけたって言ったの」 


 蒼真は息を呑む。


「助ける方法?」

「うん」

「でもその直後に」 


 潮は唇を噛む。 


「いなくなった」 


 蒼真の胸が強く痛んだ。 


 事故。

 父の死。 


 それがただの偶然ではなかったら? 


 そんな考えが頭をよぎる。 


「潮」

「なに」

「父さんは何を見つけたんだ」 


 潮は首を横に振った。 


「分からない」

「でも」 


 窓の外を見る。

 海の向こう。

 淡く霞む島影。 


「その答えは」

「たぶん、おのころ島に繋がってる」 


 その瞬間。 


 蒼真の机の上のノートが。

 風もないのに勝手に開いた。 


 最後のページ。 


 そこには。

 父の字で、たった一行だけ残されていた。


『鍵は、鳴門の渦の向こうにある』

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