豊穣の巫女と断罪劇
※転載、翻訳禁止です。
リスティア・メルティスは、窓から差し込む光の中で目を覚ました。
目が少しずつ冴え、天井を見つめた。
室内に爽やかな花の香りが流れ込んでくる。
今日は特別な日だ。
彼女はそれを知っていた。
十七歳の誕生日。
ベッド横の鏡台には、昨晩に侍女達が準備しておいてくれた淡黄色のドレスが掛けられていた。
今夜の卒業パーティのために用意したものだ。
王立学園を卒業する貴族の子女達が一堂に会する華やかなパーティ。
リスティアにとってはそれ以上に特別な夜でもあった。
「今夜、公開される」
小さく呟いて、リスティアはそっと目を閉じた。
豊穣の巫女。
それがリスティア・メルティスのもうひとつの顔だった。
この国、ホーメイン王国には古くからの伝承がある。
その昔、この地は貧しい土地で、作物も育ちにくい土地だった。
そこへ、女神エスティナの娘が人間の男に恋をし地上に降り立った。
娘と男は、お互いに恋仲になり、女神は娘と人間が添い遂げることを許した。
女神は娘のために神器「聖環の宝玉」を二人に授けた。
二人はそれを使い、この地を豊かにした。
娘が亡くなると、その神器を発動できるのは女神の加護を受けた清らかな魂の女性が巫女となり、次代へと伝承されていった。
そして五十年に一度、女神エスティナの加護を受けとる巫女が現れる。
王宮の奥深くにある神器「聖環の宝玉」は、巫女の幸せの感情を糧に輝きを放ち、大地に豊穣の恩恵を与え続けている。
しかし巫女には、女神エスティナとの盟約によって定められた掟がある。
ひとつ、巫女はホーメイン王国から離れてはならない。
ひとつ、巫女は十七歳になるまで巫女と公にしてはならない。
リスティアは十七年間、この掟を守っていた。
婚約者のボルガン・バックルー公爵令息にも、友人のミルーシェ・ハゼリーク侯爵令嬢にも、自分が巫女であることを明かせなかった。
誰にも言えない秘密を抱え、誰にも言えない重さを使命として重く受け止めていた。
幼少期から婚約していた婚約者に恋をしていた。
いや、恋をしていたと思っていたと言うべきかもしれない。
リスティアはそっと息を吐いた。
ここ二年のボルガン様の態度が、ずっと気になっていた。
視線が冷たいのだ。
言葉も短い。
昔のように笑いかけてくれることもなくなった。
理由を尋ねようとすると、何かと理由をつけて距離を置かれる。
それに公爵家のバックルー公爵夫人も私に対しては、もともと厳しい方だったけれど、更にそれが増してきた。
そして、ミルーシェ様も。
婚約者が冷たくなってきた頃からだろうか、同じ時期にどこかよそよそしくなった。
他の友人も私から離れていき、私を遠巻きにして陰口を言うようになった。
気のせいかもしれないとリスティアは何度も自分に言い聞かせた。
ミルーシェ様はいつも優しかった。
だから信じたかった。
今日は特別な日だ。
今夜のパーティ終盤に、国王から豊穣の巫女の名が公開される予定になっている。
そうすれば、全て話せる。
ボルガン様にもミルーシェ様にも。
きっと分かってくれる。
リスティアはそう信じたかった。
時は遡り1年前の王宮の一角、執務室の窓から中庭を眺めていた王太子マジェス・ルーマセンは、静かに眉を寄せた。
彼は今年で一九歳。
父王譲りの穏やかな空色の瞳と金色の髪をした青年だ。
物静かだが判断力が鋭く、文武両道で才覚があり臣下達から評価されていた。
「殿下、聖環の宝玉の状態ですが……」
背後から声をかけてきたのは老齢の宮廷魔法師、ウルバル・リバルールだ。
白い顎鬚を蓄えた老人だが、ホーメイン王国の随一の魔法の使い手としても知られている。
「また曇りましたか」
マジェスは振り返らず問うた。
「はい、先月よりも濃く。白い輝きに、黒い靄が交じっております」
神器「聖環の宝玉」は巫女の感情と連動する。
喜び、希望、愛情といった温かな感情が増えれば輝きが増し、悲しみや絶望が深まれば光が翳る。
リスティア・メルティスが巫女に認定されてから早数年、最初は穏やかな輝きを保っていた。
しかし、一年程前から少しずつ陰りが増している。
王家は、その原因を探っていた。
そして、おおよその察しがついていた。
「バックルー公爵家の件ですが」
ウルバルが続ける。
マジェスは振り返った。
「確認は取れましたか」
「はい。バックルー公爵夫人がリスティア・メルティス嬢に対して、過剰な教育に辛辣な扱いをしていたことが分かりました。侍女の証言も複数取れております。たかが、伯爵令嬢程度で才覚も何もないものが公爵家に嫁ごうなどとは笑わせる。これは王命だから仕方なく受けたこと』と嘲っていたりすることもあったようで」
マジェスが静かに目を閉じた。
リスティア・メルティスが豊穣の巫女であることは、その家族や先代の豊穣の巫女と王族しか知らない。
リスティア・メルティスが巫女と神託があった時には、伴侶となる相手を探した際に条件がよかったものが、今のバックルー公爵家だったからに過ぎない。
表向きは家同士の政略婚約として王命で結ばれたがバックルー公爵家は、真の理由を知らされていなかった。
それは、まだ公にできない掟があったからだ。
バックルー公爵家としては、どうやら快くは思っていなかったようだ。
「それだけではありません」
とウルバルは続けた。
「リスティア・メルティス嬢に対して、婚約者であるボルガン・バックルー殿は、邪険にするような行動を度々しております。ご学友のミルーシェ・ハゼリーク嬢と、その姉君のミネルバ・ハゼリーク嬢もよくない行動をしているようです」
「ミネルバが?」
マジェスの声が低くなった。
ミネルバ・ハゼリークは現在、マジェスの婚約者だ。
両家の取り決めで結ばれた縁で感情的な思いはなかったが、それなりの関係性を維持してきた。
「ミルーシェ嬢が他のご学友達にリスティア・メルティス嬢の悪い噂を流しているそうで、それにミネルバ嬢も妹君に協力しているらしいのです。直接の証拠は掴みにくいのですが、リスティア嬢を孤立させるような工作をしている節が見受けられます」
「……なぜそのようなことを」
「理由は分かりません」
マジェスは静かに沈黙した。
「では調査を続けて下さい。ですが何か問題が起きた場合は、即座に対応できるように準備を整えておいてください。ウルバル、頼めますか」
「御意に」
ウルバルは深く頭を下げた。
王立学園の大広間は、春の色とりどりな花々で飾られていた。
天井から下がるシャンデリアが光を四方に反射させ、集まった生徒たちのドレスや礼服を美しく照らしている。
笑い声、演奏の音、グラスの触れ合う音。
卒業という節目を迎えた若者達の笑顔で祝祭の雰囲気が広間に満ちていた。
リスティアは大広間の隅に立っていた。
おかしいと彼女は思っていた。
到着したときから、周囲の視線がどこか刺々しかった。
知っている顔が彼女を見て目を逸らす。
噂話でもするような声のトーンで、誰かが誰かに耳打ちをする。
「リスティア」
背後から声をかけてきたのはミルーシェだった。
リスティアは振り返り微笑もうとしたが、その表情がわずかに凍った。
ミルーシェの顔には、見たことがない冷たい眼差しだったからだ。
「ねぇ、リスティア。もういいんじゃないかしら」
「え?」
「ボルガン様に近づくのを、もうやめてくれないかしら? あなたが必死にしがみついてるのは、みんな見ていて恥ずかしいのよ」
周囲の会話が、じわりと静まっていく気配がした。
リスティアの顔と耳が赤くなる。
「ミルーシェ様、何を言っているのですか? 私達は婚約者同士です」
「婚約ですって?」
ミルーシェは軽く鼻で笑った。
「形だけの婚約を盾にして、ボルガン様にしがみついているだけではなくて? あなたが裏でどんなことをしているか、みんな知っているのよ」
「裏で? なんのことを言っているのですか?」
「とぼけないでくれるか」
その声は別の方向からだった。
ボルガン・バックルー公爵令息が、人の輪をかき分けてやってきた。
礼服姿の彼は、いつもより背筋を張っていた。
しかしその表情には、リスティアの知らない軽蔑の色があった。
「ボルガン様……」
「リスティア、この場で言おう」
ボルガンは凛とした声で、周囲に聞かせるように告げた。
「君との婚約を破棄する」
広間が静まり返った。
「何を言っているのですか」
「君が職員室から、試験問題を盗み出したことは確認が取れている。それを見た生徒がいる。王立学園では、そんな不正はゆるされない。君がいつも上位の成績だったのは、その試験問題を盗み続けていたからじゃないのか? そんな卑劣な真似をする女性と婚約を続けるつもりはない」
「そんなことは、していないわ!」
リスティアは思わず声を上げた。
「私は不正などしておりません。証言した方が嘘を言っているのです!」
「証拠があるのよ」
ミルーシェが冷静に言った。
「職員室にある試験問題を保管している場所の鍵をあなたが人目を気にしながら、持って行くところを見た生徒がいるわ。あなたを追って、鞄にしまい込んだところを見たと。あなたが去った後に、その鞄の中を見たら鍵があったそうよ。その生徒がその鍵を私に見せてくれたわ。あっ、そのあとは先生に事情を話して、鍵は先生へ戻したわよ。だから先生もこのことを知っているわ」
「でたらめだわ!」
叫びは、空虚な広間に響いた。
周囲の顔を見渡せば、好奇と嘲りと少しの同情が混じり合っている。
だが誰も、リスティアのために声を上げる者はいなかった。
いつの間にかリスティアは、広間の中心で孤立していた。
「たいした才能もない。そのうえ不正をするような女性など、バックルー家には相応しくない」
ボルガンの言葉が鋭く胸に突き刺さった。
「ミルーシェ様、どうして……」
リスティアはもう一度、友人だと思っていた名を呼んだ。
ミルーシェはふわりと微笑んで、ボルガンの隣に並んだ。
「ごめんなさいね、リスティア。私はずっと前からボルガン様のことが好きなの。婚約者がいたから諦めていたのよ。だけど、あなたが不正をするような人だったなんて思わなくて、そんな人はボルガン様の婚約者には相応しくはないでしょう? だから、ボルガン様のために、あなたのことを伝えたのよ」
「ミルーシェのような気高い女性が、バックルー家にふさわしい」
ボルガンはミルーシェに微笑んだ。
ミルーシェは、どこか困った顔をして微笑んだ。
その笑みが、何かをリスティアの中で壊した。
ああ、裏切られたんだと。
怒りではなかった。
悲しみとも少し違った。
ただひたすらに深い、底のない絶望が胸の奥から湧き上がっていた。
信じていた人が……信じていた感情が……最初からまるで偽物だったと気づく……この感覚。
遠く、王宮の奥深くにある神器「聖環の宝玉」が音もなく黒く染まり始めた。
「大変です!」
王宮の神器の間に詰めていた魔法師の一人が、ウルバル・リバルールの執務室の扉を開けて叫んだ。
「神器が黒くなっています! 真っ黒に!!」
ウルバルは報告を受けた瞬間、すでに走り出していた。
神器の間に駆け込んだ彼が見たものは、白銀に輝いていたはずの聖環の宝玉が、まるで焼けた石炭のように黒く染まっていた。
部屋の隅に立っている補佐の魔法師達は蒼白になり、お互いの顔を見合わせる。
「これは……」
こんな事態が起こるとは。
陰りが増すことはあった。
しかし完全な漆黒など、今までになかった。
ウルバルは全力で王の執務室へ向かい、事態を報告した。
王はすぐに立ち上がった。
「お前が来る少し前に、卒業パーティでリスティア・メルティスが、謂われない断罪をされていると監視人から連絡があった。ウルバルよ、私と王妃、王太子を纏めて、すぐに卒業パーティの場へのテレポートをできるか?」
「はい、すぐにでも!」
王妃と王太子もすでに傍に控えていた。
マジェスの目には鋭い光があった。
「参りましょう、父上」
大広間に国王が来るとは、誰も予想していなかった。
扉が静かに、しかし厳然と開かれたとき、空気が変わった。
先触れの衛兵の声が響く。
「国王陛下、王妃様、王太子殿下、ご入場!」
周りの声は消え、全員がその場に跪いた。
ボルガン、ミルーシェ、リスティアも膝をついた。
「皆、楽にしてよい」
国王の合図で皆、立ち上がった。
「さて、お前達は、この祝いの場で似つかわしくない愚かな行為を行っていたようだが?」
リスティアは顔を上げた。
王妃は豊かな金髪を持つ、品格と温かさがある女性だ。
その瞳がリスティアを真っ直ぐに見つめて言った。
「リスティア、大丈夫ですよ」
それに続き、国王が静かに言った。
壮年の王の声は低く、しかし広間には広く届いた。
「本来ならば、この卒業パーティの終盤で重大な発表をする予定だった。しかし、このような事がおこるとはな」
王の視線が、ゆっくりとボルガンとミルーシェに向けられた。
二人は、その視線の重さに押しつぶされそうになっていた。
「ボルガン・バックルー、ミルーシェ・ハゼリークよ」
「「は、はい」」
「そなた達はリスティア・メルティスをこの祝いの場で断罪をしたそうだな」
ボルガンは震えながら言った。
「……リスティアが、学園で不正をしておりましたので、そのような女性をバックルー家には入れるわけには参りません。ですので、婚約破棄を申しました」
「不正と申すか」
王の声に、わずかに凄みが増した。
「それは、リスティアが試験問題を盗み出したという件か?」
「は、はい、ご存じだったのですか?」
ボルガンは狼狽えた。
国王が深く息を吐いた。
「この件については、卒業パーティが終わり次第に後日、穏便に処断を下すはずだったのだがな」
ミルーシェは困惑を浮かべながら言った。
「どういうことでしょうか?」
「このような場で公衆の前で断罪したのだ。ここで真実を話そう」
国王は重く言った。
「リスティア・メルティスは事情があって、常に王家の監視人がついておる」
「えっ……」
ミルーシェが顔を青くした。
「リスティアが試験問題を保管している鍵を盗んだという話が監視人から報告があった。すぐさまその鍵に魔力感知をかけ、触れた者の魔力を確認した。確認された魔力は、教員達と学生二人だけだった。学生はリスティアが鍵を盗んだと言った証言者とミルーシェ・ハゼリーク、そなただ」
国王は鋭い眼差しをミルーシェに向けた。
「ミルーシェ……どういうことだ……?」
ボルガンはミルーシェに顔を向け、戸惑いが隠せずにいた。
ミルーシェの唇が白くなっていた。
「リスティアは鍵に触れておらん。監視人の報告からもリスティアが不正をしている行動は一切なかった。この意味がわかるか、リスティアを陥れようとしたのだろう」
周りは騒めきたった。
「なぜ、教員に不正をしていると報告したにも関わらず処分されていなかったのか、考えなかったのか? 王家では、すでに冤罪だと判明していたからだ。冤罪をかけた者が処分されていないのは、卒業までは傍観し、その後に処罰をするはずだった」
「ミルーシェ、君は私を騙していたのか」
ボルガンはミルーシェに信じられないといった眼差しを向け愕然となった。
国王がマジェスへ視線をうつし、頷いた。
マジェスは一歩前に出て、広間全体を見渡した。
「皆さんに申し上げます」
静まり返った空間に、王太子の声が響く。
「リスティア・メルティス嬢が王家の監視下におかれた理由は、今代の豊穣の巫女だからです」
どよめきが、波のように広まった。
「女神エスティナに選ばれし者。巫女の幸福によって、この国の豊穣の恩恵が受けられます。清らかな魂を持っている者が巫女となれ、罪を行うような者は豊穣の巫女にはなれません。ですが、先ほどその器となる神器が黒く染まりました。原因は明らかです」
「……では私達は、巫女に……」
ボルガンが震える声で呟いた。
「冤罪をかけ、公衆の前で断罪した。その結果でしょう」
国王が処断を下す。
「豊穣の巫女に虚偽の罪状をなすりつけ、その名誉を傷つけた者への罰は貴族籍の剥奪。そして辺境へと送致とする!」
ボルガンとミルーシェの顔から、完全に血の気が引いた。
「お待ちください!」
叫んだのはボルガンだった。
「私は、騙されていたのです! だから——」
「騙されていた」
と国王が繰り返した。
「騙されていれば、誰を傷つけてもよいと? そもそもだ、そなたは王命を出して婚約したリスティアを日常的に蔑ろにしていた。そして、公衆の前で私的に断罪をし婚約破棄という王命を無下にした行いは許されるものではない」
広間の端で、ミネルバ・ハゼリーク侯爵令嬢は静かに蒼白になっていた。
彼女は学園の卒業生ではない。
ウルバル・リバルールから呼び出され、この場に連れて来られたのだ。
そして、妹達が国王に咎められる状況に内心とてつもない焦りを感じていた。
マジェスが、ミネルバに気が付き、「もう一人、裁かなければならぬ者がいます」マジェスはミネルバに視線を向けた。
ミネルバはマジェスと視線が合い、足が震えた。
「ミネルバ・ハゼリーク嬢。あなたは妹君に協力して、リスティア・メルティス嬢を孤立させるように指示を与えていましたね」
「そのような……」
「証言があります。あなたのその時に指示していた手紙も複数確認がとれています。筆跡も間違いなくあなたのものでした」
ミネルバは沈黙した。
「なぜそのようなことをしたのですか?」
マジェスは尋ねた。
声は静かだったが、その静けさが重かった。
ミネルバは言い逃れはできないと白状するしかなかった。
「妹がボルガン様を慕っていたのに、その相手が不正をしているような女性だと妹から聞いておりましたので、それなら妹の方が相応しいと思ってしまいました。それでその様に動きました……」
広間が息をひそめた。
「そうですか……ですが巫女への作られた嘘を周りへ伝え、巫女を孤立させました。その結果、聖環の宝玉に悪影響を与えてしまいました。その責任は免れません」
マジェスが言った。
それに続き、国王は「豊穣の巫女に謂われない情報操作をし孤立させた者は王太子の婚約者としては失格だ。この婚約は解消とする!」
「そんなっ!」
ミネルバは絶望し、膝をついた。
「衛兵、この者達を貴族牢へ連れていけ!」
国王が命令を出し、衛兵によってミネルバ達は連れていかれた。
「リスティア」
王妃がそっとリスティアの傍に寄った。
リスティアは広間の中心に立ち尽くしたまま、王妃に視線をうつす。
「あなたに冤罪をかけたものは裁かれます」
「はい……」
リスティアはやっと口を開いた。
「信じてた人達に裏切られるのは、こんなにも辛いのですね」
リスティアは悲しそうに言った。
「あなたの感情は聖環の宝玉へ繋がっています。心を強くしなさい」
王妃は優しくリスティアを抱きしめた。
「あなたには話さなければならないことがあります。場所を移しましょう」
応接間にて、王妃はリスティアと向き合い、話始めた。
「現在、聖環の宝玉は黒く染まったままです。この状態を取り除かなければなりません」
「はい、ですがこの感情をどうすればよいのか自分でも分からないのです」
リスティアは思い悩んだ。
王妃は少し間を置いた。
「そのことですが、その主な要因となったボルガン・バックルーとその家、そしてミルーシェ・ハゼリーク達をあなたに魔法的な措置を施し、記憶から消すことになりました」
「記憶を……消す」
「聖環の宝玉への影響を考えてのことです」
リスティアはしばらく考えた。
「わかりました。それが今の状況下では、そうせざるを得ないのですね」
「ええ、そうです」
王妃が静かに頷いた。
そしてウルバル・リバルールの前に連れてこられたリスティアは、ウルバルの手によりリスティアの頭へ白い光が放たれた。
リスティアは涙を流した。
なぜ涙が出たのかリスティアはもう分からなかった。
ウルバルは聖環の宝玉が置かれている間にいた。
黒く染まった聖環の宝玉が少しずつゆっくりと輝き始めた。
「時間が経つとともに、本来の輝きに戻るでしょう」
ウルバルは目を細め、小さく呟いた。
数ヵ月後、リスティアは国王に謁見の間へ呼ばれていた。
「リスティアよ、そなたの元婚約者のことは残念だった」
リスティアは元婚約者のことは、聖環の宝玉に悪影響を与える相手だったということで、リスティアから記憶を消したと報告されたがリスティア自身は、もはやその人物についてはなにも思い出せない。
だからか特になにも思うことがなかった。
「はい」
「それでだが、そなたに新たな婚約者が決まった」
「婚約者ですか?」
「そうだ、今度はそなたにきちんと寄り添える人物を選んだ。ウルバル・リバルール侯爵の次男で聖環の宝玉の管理人の魔法師の一人でもあるジェスト・リバルールだ。そなたも何度もあっているだろう」
「入ってまいれ!」
国王から言われ、男性が一人現れた。
リスティアの顔は赤くなった。
実は彼は、よく気遣ってくれて、とてもやさしく一年前位から淡い恋心を抱くようになった人だ。
「彼ですか」
「もしかして、嫌だったか?」
「い、いえ! そんな事はありません。彼は素晴らしい人です!」
「はは、そうか、ならばよいな!」
ジェストはリスティアの傍へ寄り「あなたが婚約者になって頂けることを光栄に思います」と穏やかな笑みで言った。
「は、はい。私もジェスト様が婚約者になって頂けるなら嬉しいです」
リスティアが顔を赤くしながら顔を伏せた。
国王は珍しくにやりとした表情をしたが、何も言わなかった。
翌朝、ホーメイン王国の空は澄み渡っていた。
農村では、季節外れに草花が一斉に芽吹いた。
川の水が透き通り、家畜たちが晴れやかな声を上げた。
あらゆる生き物が感じていた。
大地に満ちる温かな光を。
王宮の神器の間では聖環の宝玉が、白銀の輝きを放っていた。
ウルバル・リバルールが庭を歩いていると、リスティアとジェストが幸せそうな様子で並んで歩いているのが見えた。
「まさかの息子がなぁ、巫女と結ばれるとは思わなんだ」
二人が笑い合う声が聞こえた。
誤字報告ありがとうございます。助かります。
下記、裏追記情報を載せました。(26/05/13更新)
活動報告『★裏追記情報★豊穣の巫女と断罪劇』
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