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私の愛した小さなあなた  作者: 香田紗季


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9 未婚は疑惑の始まり 

読みに来てくださってありがとうございます。

今日は短めです。

よろしくお願いいたします。

「そういえば、今年は貴族の結婚が少ないのだな」


 クロティルド妃は予算書を見ながら、同じように書類に目を通しているキーファーに声をかけた。キーファーもまたクロティルド妃の持つ裏部隊「(アドラー)」の一人であり、表の仕事は文官ということになっている。


「貴族が結婚する時に王家からわざわざ祝い金を下賜するなど、ヴィーゼル帝国では考えられないことだな」

「おっしゃる通りです。無駄でしかありません」


 キーファーはクロティルド妃から回された書類に目を落とした。


「陛下」

「なんだ」

「ここ数年、気になっていることがあるのですが」

「言ってみろ」

「ガルデニア公爵家のリュディヴィーヌ様です」

「ああ、あの娘がどうした?」


 クロティルド妃は面白いものを見つけたと言わんばかりの目でキーファーを見た。


「キーファー、お前、あの娘が気に入っているのか?」


 5年前にデビュタントを迎えたリュディヴィーヌは、社交界の中でも家柄、美貌、教養、そして穏やかな性格など、全てを兼ね備えた高貴な令嬢として尊重されている。年の釣り合う王子がいたならば将来の王妃になるのは当然とも思えるような、できたご令嬢だ。


 なんならキーファーの嫁にもらえるように言ってやろうか。


 そう言おうとして、キーファーが言おうとしたことに気づいた。


 リュディヴィーヌは既に23歳である。18歳で成人してデビュタントを迎え、20歳までに婚約し、どんなに遅くとも25歳までには結婚式を終える、というのが、このフㇽラージュの貴族の「常識」である。高嶺の花とはいえ、公爵令嬢であるリュディヴィーヌの隣に未だに婚約者の影さえ見えないのは、相当に異常なことだ。


「お気づきになりましたね? 既に23歳。にもかかわらず、婚約者の話も、結婚の話も、恋人の話も、何一つ出てきません」

「ガルデニア公爵が掌中の珠として慈しんでいるのは知っている。だからこそ、年頃の娘を嫁がせないのは妙だということか」

「はい。リュディヴィーヌ嬢に、結婚できない事情があると考えるべきでしょう。それが病気や怪我のせい、あるいは子どもが望めない、そういうことならよいのですが、もし政治的な思惑があるとなると困ります」

「例えば、マーレン()王国と内々に縁組が進んでいるとすれば、宰相を反逆罪で問うこともできそうだな」

「はい」


 宰相であるガルデニア公爵バヤールは、クロティルド妃にとって、目の上のたんこぶのような存在だ。ヴィーゼル帝国よりの法案は通してくれる場、あまりにもヴィーゼル帝国に利する法案は、審議に入る前に潰される。


「国益を損ないます」


 バヤールの一言で、どれだけ煮え湯を飲まされてきたか。クロティルド妃はイーリッカを呼んだ。


梔子(ガルデニア)に放った鷲からは、最近何か報告はあったか?」

「実は今日、気になる情報が上がりました」

「ほう?」

「子どもです」

「子ども? ああ、ミルトゥ辺境伯家から迎えた養子か」

「ミルトゥ辺境伯家の血筋ということもあるのでしょうが」


 イーリッカは周囲を確認すると声を一段低くしてから言った。


「アンジェリーヌ妃によく似ているそうです」

「ほう」


 クロティルド妃の目が変わった。


「政治的に使えるほどに、か?」

「まだ子どもですので、ここから変化する可能性もありますが……今のところは、とにかく実によく似ている、と」

銀梅花(ミルトゥ)にも探りを入れろ。実の親が代替わりしたばかりの辺境伯とは限らぬ。先代の隠し子という可能性もある」

「承知いたしました」


 イーリッカはすっと姿を消した。


「さて、何が見つかりますかな。先代辺境伯閣下の隠し子ならば、それで一揺すりできそうですが」

「ああ。あの堅物に孫ほどの年齢の隠し子がいたなら、揶揄い甲斐がある。実に楽しみだな」


 キーファーは小さくうなずくと口を閉じ、紙の上にペンを走らせ始めた。キーファーのペンが立てるサラサラという音を聞きながら、クロティルド妃は予備の紙に梔子と銀梅花の花を描いた。そして、その花弁にインクを一滴ずつ垂らした。


 白い梔子と銀梅花の花弁が黒く染められていく様に満足したクロティルド妃は、書類仕事に再び取り掛かった。


読んでくださってありがとうございました。

明日は明るい話になりますよ。

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