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私の愛した小さなあなた  作者: 香田紗季


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8/8

8 子育ての日々

読みに来てくださってありがとうございます。

よろしくお願いいたします。

 あの深い悲しみと強い覚悟を持ってアルトゥール王子を迎え入れてから一か月が流れた。


 王城の魔法使いたちによって、アンジェリーナ妃の部屋に外から防御魔法と防音魔法をかけて事件の発覚を遅らせた人物は特定できた。だが、その人物を特定した時には、既に国外に逃げた後だった。


「ヴィーゼルではなく、北方のフォルステンの関与を検知したということだ」


 アンジェリーヌ妃と「アルトゥール王子」の葬儀の際、取りしきったクロティルド妃はそう発表したという。シルヴェーヌとリュディヴィーヌは、アンジェリーヌ妃と近かったこともあって憔悴しきっており、参列できないという形で葬儀に出席なかったため、葬儀の様子をバヤールと兄パトリスが教えてくれた。


「アルトゥール王子は死産だったということにされた。巻き添えとなった乳母は、アンジェリーヌ妃の実家であるミルトゥ辺境伯家が手配した女性だったそうで、妻と子を一度に亡くした乳母の夫はすっかり憔悴しきっていた。何しろ、亡骸さえ見つからなかったということになっているからな」

「その方に真実は伝えないのですか?」

「北の辺境伯領に戻ってから伝えるそうだ」

「その方は、ミルトゥ辺境伯家に近い方なのですか?」

「そのようだ。王妃様の(アドラー)(ヴィーゼルから連れてきた専属暗部)の目がどこにあるかわからないから、葬儀の場ではそれ以上話せなかった」


 その男性には、いずれ真実が伝えられるだろう。秘密と苦しみを抱えて生きていくことになるだろうその男性のことを思い、リュディヴィーヌは心が締め付けられるように感じられた。


「ふええええ」


 リュディヴィーヌを現実に引き戻そうかとするように、アルトウールの鳴き声が聞こえた。


「アル様、どうしました? あら、お尻が気持ち悪かったのですね」


 リュディヴィーヌは父親と話をしている最中にもかかわらずアルトゥールの側に駆け寄ると、侍女たちに温かい湯を用意するように命じた。


「だいぶ慣れたな」

「はい。毎日お世話し続ければ、おなかがすいたのか、お尻が気持ち悪いのか、鳴き声から区別がつくようになるそうです」

「そうか。貴族は自分の手で子を育てないものだと思っていたから、知らなかったな」

「こうやってお世話して初めて、幼少時に長い時間を一緒に過ごす乳母に懐くのは当然だと分かるようになりました」

「そうか。私よりも、リュディの方が親になっているようだな」


 メイドが湯を運んでくると、自ら指を入れて熱くないか確認し、布を湯に浸し、絞ってから汚れを清潔に吹き上げる。


「汚れも臭いも気にならないのか?」

「生きている証拠と思えば、愛しくさえ思います」


 13歳の娘に言われるとは思ってもみなかったバヤールは、先程の自分の言葉を、自分自身に突き付けられたように感じた。


(私は、仕事をして、時間がある時だけ子どもたちを構っていた。それは子育てに関わっていたとは言えないのだな)


 その日を境に、家族全員がアルトゥールの養育に関わるようになった。王子としては死んでしまったことになっている以上、アルトゥールの名のまま呼ぶこともできない。


「アル様の名前は、アルベールにしましょう」


 リュディヴィーヌの提案に、全員賛成した。


「それから、この子はパトリスのスペアとして迎えたことにする。ミルトゥ辺境伯家の嫡男の所で二か月前に生まれた子が双子だったため、一人を譲り受けたという形だ」

「なるほど、それならこの子がミルトゥ辺境伯家の者に似ていても違和感を持たれないし、双子は離して育てるというしきたりにもかないますね」


 パトリスの言葉に、バヤールが頷いた。


「全員、この設定を忘れないように」


 その日からアルトゥールはアルベールと呼ばれるようになった。だが、遠慮があるせいか、みんな「アル」と愛称で呼んだ。乳母にいろいろと教えてもらいながら、全員でアルトゥールに愛を注いだ。


 アルトゥールが夜泣きをすれば、リュディヴィーヌは眠い目をこすりながらアルトゥールを抱き上げ、眠るまで話しかけたり部屋中ぐるぐる歩いたりした。眠ったと思ってベビーベッドに置いた瞬間にまた泣き出して、最初からやり直すこともしばしばだった。


 睡眠不足になっていくリュディヴィーヌを心配して、アルトゥールを夜は乳母に預けるようにと母シルヴェーヌが説得しようとしたが、リュディヴィーヌは頑として聞き入れなかった。


「わたしの旦那様なのですから、わたしが責任を持ってお育てしないと」


 愛情をたっぷり注がれたアルトゥールは、やがて首が座り、這い上がれるようになり、つかまり立ちできるようになり、歩けるようになり、話せるようになり……。


・・・・・・・・・・


「リュディ! 待って!」


 かわいらしい少年の声が、ガルデニア公爵家の庭に響いている。


「アル、こちらへいらっしゃい! お茶にしましょう」


 10歳になったアルトゥールを、23歳になったリュディヴィーヌが呼ぶ。この10年、アルトゥールはミルトゥ辺境伯家から養子に出されたアルベールとして認知され、クロティルド妃たちの目をかいくぐりながら何事もなく成長してきた。


 何事もなく、というのは語弊がある。男の子は10歳ころまで体が弱く、よく熱を出すものだが、アルトゥールも8歳ころまではすぐに熱を出し、一度熱を出すと二週間はベッドから起き上がれない日々が続いた。そのたびにリュディヴィーヌはかいがいしく介抱した。


 アルトゥールが誰よりも信頼するのはリュディヴィーヌであり、その次がガルデニア公爵家の他の家族、そして使用人たち、という格付けだった。悪意を持つものの存在を知らぬ純真な少年の姿に、ガルデニア公爵家の者はみな目を細めていた。


 だが、そんなガルデニア公爵家をずっと見張り続けていた(アドラー)の目があることを、リュディヴィーヌたちは全く知らなかった。 


読んでくださってありがとうございました。

リュディちゃんの立場だったら、絶対に子育てのためにここまでしません。訳あってリュディはアルトゥールを育てることにある意味執着しています。その謎も、いずれ……。

所要のため、明日・明後日は更新できません。火曜日にまたお会いしましょう。

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