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私の愛した小さなあなた  作者: 香田紗季


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7 幼い夫婦

読みに来てくださってありがとうございます。

タイトルの「小さなあなた」が誰か……。

よろしくお願いいたします。

「お待ちください、陛下!」


 冷静冷徹で有名な宰相であるはずのバヤールが、珍しく声を荒らげた。


「殿下と娘の年齢差は13歳もあるのです。この国の法では……」

「分かっている。だが、信頼できるそなたたちにしかこの子を預けることはできぬ」

「ですが、それでは娘は!」

「お父様」


 リュディヴィーヌは、エルキュール王と父の争いを見たくなかった。大好きな二人が笑っている姿こそ、リュディヴィーヌにとっての道場なのだ。一秒でも早く、リュディヴィーヌはアルトゥール王子をこの凄惨な場から出してやりたかった。


 だから、自分の気持ちをはっきり告げることにした。


「生まれたばかりの殿下を一刻も早く安全な場所に連れていくべきだと思います。それにわたし、大好きなお二人が争っているところを見たくありません。法律のことは承知しております。お父様の懸念も分かります。ですが、今はこれしか殿下の命を守る方法がないのでしょう?

 それならわたし、殿下の妻になります。

 わたしが決めたのです。これほどにわたしのことを信頼してくださっているなんて、なんという誉れ。きっとアンジェリーヌ様も同じことを望んでくださったはず。お父様、これはわたしの望みでもあります。ですから……喜んでください」


 バヤールはそれでも押しとどめようとしたが、リュディヴィーヌはするりとエルキュール王の前に進み出ると、アルトゥール王子を大事そうに受け取った。そして、まだ血が付いたままのその頬にそっと触れ、ほおずりしながら言った。


「わたしの旦那様。今、この瞬間から、わたしがお守りいたします」


 まるで聖母子像のように、リュディヴィーヌは慈しみのまなざしでアルトゥール王子を見つめた。アルトゥール王子が、リュディヴィーヌを見て微笑んだように見えた。その微笑みは数時間前、最後に見たアンジェリーヌ妃のそれと全く同じだった。リュディヴィーヌは、それを見て泣きたくなった。だが、この瞬間に、決めた。


 わたしは、アルトゥール王子の前では、絶対に泣かない、と。


「本当に、覚悟はあるのだな?」


 バヤールに問われたリュディヴィーヌは、しっかりした声で「はい」と答えた。


「遠くの国の物語では、夫がまだ幼女を養育しながら自分の好みの女性に育て上げて妻にするそうですが、わたし、その反対をやってみせますわ」


 リュディヴィーヌは軽く明るく言ったが、その場にいた全員がその言葉の裏にあるものに気づいている。13歳の娘が、生まれたばかりの赤子と結婚する。正式な結婚は成人年齢の18歳まで執り行われない。その時、リュディヴィーヌが何歳か。それでも娘は決意したのだ。バヤールもガルデニア公爵として、宰相として……そして父としても覚悟を決め、エルキュール王に向き直った。


「陛下。これよりガルデニア公爵家は第一王子殿下にのみ忠誠を尽くし、殿下を守るためならば陛下とさえ敵対することにいたします」

「それでよい。それから」


 エルキュール王は思いを断ち切るように宣告した。


「王子であることがこの子の未来を閉じることがないよう、アルトゥールは死んだことにする」

「では、娘は……」

「アルトゥールの出自をどう偽るかは、そなたに任せる。余はそれを受理するよう命じるだけだ」


 重い空気の中、エルキュール王はつぶやいた。


「生きていてくれれば……アンジェリーヌの忘れ形見を守るためならば、王子でなくてもよいのだ。むしろ、王子のままであれば大人になるまで生きることは難しいだろう。この場にいる全ての者、このことは他言無用ぞ。よいな」


 ここにいるのはエルキュール王とわずかな護衛、そして宰相であるガルデニア公爵、その娘リュディヴィーヌと公爵家の護衛のみ。正確に言えば、アンジェリーヌ妃と赤子の乳母、そして乳母子も肉体のみとなって横たわっている。生きている全員が、エルキュール王の言葉を聞き、頭を深く垂れた。


 それを見たエルキュール王は、最後とばかりにリュディヴィーヌの腕の中にいるアルトゥール王子に触れた。まるで己の持つ祝福を全て手渡そうとするかのように、優しい手つきで触れ、その額にキスをした。


「元気で。さらば、吾子よ」


 まるで幽霊のようにふらふらとしながら、エルキュール王はアンジェリーヌ妃の部屋を出ていった。


 13歳の公爵令嬢リュディヴィーヌは生まれたばかりの王子を抱きかかえ、父親や護衛の騎士たちに守られながら王城から脱出した。


 リュディヴィーヌとて、不安はある。自分は年の離れた末っ子だ。年下の子どもなど、身近にいなかった。どうすればいいのかなんて、本で得た知識しかない。それでも、リュディヴィーヌは大切なお預かりものとして、アルトゥール王子を優しく抱きしめた。


 馬車に乗り込むと、ふえええ、とアルトゥール王子がか弱く泣いた。すぐに乳母を探さなければ、とリュディヴィーヌは思い、次いで赤子に必要なものを思いつくまま頭の中でリストアップした。


「リュディ、殿下は乳母に育てさせる」

「いいえ、わたしが育てます」

「待て、リュディは妻となったのであって、母ではない」

「はい。わたしは妻として、夫を育てるのですわ」


 満面の笑みを浮かべて、リュディヴィーヌは言った。


「だって、陛下にお守りしますってお約束したでしょう? それにね」


 リュディヴィーヌは静かな瞳で父を見上げた。


「アンジェリーヌ様からも、『何かあったらリュディがこの子を助けてね』って、殿下がアンジェリーヌ様のお腹の中にいる時からずっと言われていたのです。だから、殿下が一人で立てるようになるまでお支えするのは、アンジェリーヌ様との約束でもあるのですわ」


 この時、バヤールはまだリュディヴィーヌの決意の大きさに気づかなかった。気づいていたら、たとえ仮初であったとしても「妻」になどさせなかったのに、と深く悔やむことになるのだが。


「そんなことより、まずは乳母です!」


 馬車の中から、リュディヴィーヌの明るい声が響いた。




読んでくださってありがとうございました。

「この国の法律」については、後々答え合わせということで。

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