5 魔法医クラルティの診察
読みに来てくださってありがとうございます。
本来のヨーロッパには側室制度がなく、妃以外の女性の記録があってもそれは東洋における後宮制度とは異質なものです。「〇〇夫人」などと記録に残るような、いわゆる公妾と呼ばれる女性は存在しましたが、あくまで愛人もしくは臣下の扱いであって王族にはなれません。
したがって敬称として「陛下」も「殿下」も使用しないのですが、今作におけるアンジェリーヌ妃は離婚せずに格下げになった前王妃という設定ですので、公妾扱いせずに「陛下」から一つ下げた「殿下」の敬称を使用します。ご承知おきください。
王城に入ったリュディヴィーヌは、いつもと同じようにアンジェリーヌ妃の元に伺候した。
「ごきげんよう、ガルデニア嬢。あら、今日は侍女が違うのかしら?」
「ごきげんよう、妃殿下。本日より、わたくしの侍女が増えました。これに控えますのはクラルティ・アシレ男爵令嬢でございます。登城の際には、今後この者が参ることになりました。どうぞお見知りおきくださいませ」
「アシレ男爵令嬢、挨拶を許します」
「クラルティ・アシレでございます。妃殿下に拝謁賜り、ありがとう存じます」
「アシレ嬢、よろしく頼みますね」
「は」
アンジェリーヌ妃がパンと手を叩いた。
「お堅い儀式はここまで。リュディ、いらっしゃい。今日もかわいいわね」
「アンジェリーヌ様のような、パライバのような瞳の方が素敵だと思います!」
「あら、うれしいことを言ってくれるわね。でもね、リュディの瞳の、コーンフラワーのような深い青。わたくしはリュディのこの瞳の色が大好きよ。だって、陛下と同じ色なのですもの」
リュディヴィーヌの父方の祖母は、先王の姉王女だ。この深い青色……いわゆるコーンフラワーブルーの色の瞳は、王家の流れを汲む者には必ず現れる色だ。父バヤールもこの色の瞳をしている。血が薄まるとその色も薄くなるため、兄や姉はもう少し薄い色をしているが、リュディヴィーヌの瞳はまるで王族のような美しいコーンフラワーブルーなのだ。
「うふふ、アンジェリーナ様、大好き!」
ひとしきりリュディヴィーヌを撫でまわしたアンジェリーヌ妃は、リュディヴィーヌの額にキスをした。
「さあ、今日はヴィーゼルの礼装についてお勉強していらっしゃい」
「はい!」
アンジェリーヌ妃の侍女に連れられてリュディヴィーヌが部屋を出ていくと、アンジェリーヌ妃はクラルティの方を見た。
「久しぶりね、クラルティ」
「はい、アンジェリーナ様にまたお目にかかれるなんて、思いもしませんでした」
クラルティは非常に優秀な人材だった。学園でその優秀さに目を付けた、当時最上級生だったアンジェリーヌ妃がシルヴェーヌを通じてガルデニア公爵家に後見を依頼し、先代のガルデニア公爵の目に留まった才女だった。隣国マーレンで医学を学びたいと願ったクラルティに、先代ガルデニア公爵は全額を公爵家から出す代わりに、ガルデニア公爵家専属の女医となる契約を結ばせた。
女性家族の診察に男性医師を担当させることを、先代公爵は嫌っていた。それは、先代公爵の妹が原因だった。虚弱な妹をガルデニア公爵家お抱え医師がよく診察していたのだが、ある日二人は駆け落ちした。今もどこにいるのか生きているのかさえ分からない。侍女まで二人の恋を応援していたとなれば、妹の虚弱さえ嘘だった可能性もある。
先代公爵が女医を養成しようとしたのは、決して崇高な理念によるものではなかった。だが、女医が増えたことで、安心して医者を呼べるようになったと思う者が多いのも事実である。
「さて、それではお願いできるかしら?」
アンジェリーヌ妃に促され、クラルティはアンジェリーヌ妃側近の侍女と三人だけになって、アンジェリーヌの寝室に入った。リュディヴィーヌが行儀見習いとしてあちらこちらでお手伝いしたり勉強したりしている間に、アンジェリーヌ妃の診察をするのだ。
脈を診、肌の色、眼球の色、呼吸などを確認していく。最後に魔力を流してスキャンすると、胎児が驚いたように動いた。
「動いたわね」
「はい。魔力スキャンは初めてでしたか?」
「ええ。王宮の侍医はみんな、昔ながらの脈診だけよ。マーレン流の魔法医なんて、まだクラルティしかいないんだから」
そう、クラルティはただの医師ではなく、魔法医だ。魔力を患者の体に流すことで病巣や患部を探し出し、治癒や除去を行う。毒の検知については、マーレンの医学校の教授たちさえ舌を巻くほどの精度で、「毒の天敵」というわけのわからないニックネームをつけられていたほどなのだ。
「今のところは問題ありません。毒の混入についても細心の注意を払っているだけあって、少なくとも毒の残留物はないようです。ただ」
クラルティはまっすぐにアンジェリーヌ妃の目を見て言った。
「ストレスのせいでしょうか、ストレスを受けた時に体の中で発生する物質が、通常値より多くなっています。この物質が体内で多くなりすぎると、胎児の発達に影響が出かねません。それだけでなく、アンジェリーヌ様も病気になりやすくなったり、眠りの質が低下したりすることもあります。ほんのり汗ばむ程度に体を動かし、できるだけリラックスできるようにしてください。ああ、多すぎる分だけ分解しておきましたので、心配はいりませんよ」
「ありがとう、クラルティ」
「今はアンジェリーヌ様が構築した防御魔法によって、アンジェリーヌ様が認めた者以外は、この部屋に入ることもできないのでしょう? 他の者に警備のことは任せて。全てを自分一人でやろうとするのは、アンジェリーナ様の悪い癖です」
「そうね、分かっているのだけれど……」
「私のことも、使ってください」
「ええ、そうさせてもらうわね」
アンジェリーヌ妃は自分の部屋とエルキュール王の部屋に、自分が編み出した防御魔法をかけている。その魔法は上位貴族の当主にのみ伝えられ、当主の魔力、あるいは当主に魔力がない場合は専属の契約を受けた王宮魔術師が己の魔力を使い、それぞれの屋敷を守るシステムとして利用されているものだ。つまり、自室と王の部屋の分だけ、常に魔力を失っているということになる。ただでさえ疲れる魔法なのに、妊娠中ということもあり、アンジェリーヌ妃は疲れているようだった。
だが、この魔法は物理攻撃を完全に跳ね返す強力な防御魔法であるため、この中にいれば安全だ。
「ご自分の魔法をお信じくださいませ。医学的なバックアップは私が必ずいたします」
「ええ、あなたのことは信じているわ、クラルティ先生」
「まあ、アンジェリーヌ先輩にそんなことを言われると照れますね」
クラルティは微笑んだ。
「でも、先輩が私を見つけてくださらなかったら、私は王城の女官になって、両親に仕送りをし続けなければなりませんでした。心から望んでいた医師になれたのは、先輩方のおかげです。先輩のためになら、この身を削って働きますよ」
そのままハーブティーを飲みながらたわいもない話をしてリュディヴィーヌの授業が終わるのを待つ。
部屋を出て行ってから三時間後、リュディヴィーヌは顔をキラキラさせながら戻って来た。
「リュディ、今日の授業はどうだったかしら?」
「国によって、礼服も礼法も全く違うのですね! フㇽラージュでは聖なる色の紫が、ヴィーゼルでは不吉な色とされているから身に付けてはいけないなんて……もっともっと勉強しなければいけないと思いました」
「ええ、そうね。国や文化が違えば、意味や受け取り方も全く異なってくる。王族や上位貴族がそういった知識を持たなければならない理由が分かったかしら?」
「はい、アンジェリーヌ様」
その日以来、リュディヴィーヌが登城する日が、アンジェリーナ妃の診察日となった。ごくまれに毒が検知されることもあったが、いずれも微量であり、胎児に影響することはなかった。
「それで、性別は分かるのかしら」
「はい。王子殿下でいらっしゃいます」
「王子……」
アンジェリーヌ妃の顔が曇った。
「生まれた後のことも、いろいろ考えて準備しなければならないわね」
この時まだ、アンジェリーヌ妃の側の人間は誰一人知らなかった。
アンジェリーヌ妃が出産するその時を、クロティルド妃が手ぐすね引いて待ちわびていることを
読んでくださってありがとうございました。
今日からは一日一話投稿とします。
次回、大きく動きます。
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