4 公爵令嬢リュディヴィーヌ
読みに来てくださってありがとうございます。
ようやく主人公リュディヴィーヌさんが登場します。
よろしくお願いいたします。
リュディヴィーヌは、ガルデニア公爵家の末娘である。
父バヤールは「極北の宰相」と陰で呼ばれている。必要であれば冷徹な処断を厭わぬ宰相であるためだが、先代の王から信頼され、エルキュール王を託されるほどの優秀な人物である。バヤールの決断力がなければ、ヴィーゼル帝国への属国化交渉は成功しなかったことは、国の上層部の者であれば誰もが理解している。
仕事に厳しいその態度から「性格にも難があるのではないか」という穿った見方が広がったせいで、バヤールは公爵家の跡継ぎであるにもかかわらず、なかなか縁談がまとまらなかった。シルヴェーヌと結婚したのは、当時としてはかなり遅い35歳であった。
母シルヴェーヌはシティス侯爵家の生まれで、第二妃となったアンジェリーヌ妃から見て年の離れた従姉であり、アンジェリーヌ妃が幼少の頃から親しくしてきた存在だった。シルヴェーヌは社交の場でバヤールと出会った。話をする中で叔父と言ってもよいほど年の離れたバヤールの心根が実は温かく繊細なものであることを見抜き、父シティス侯爵に頼み込んで縁談をまとめてもらったという、行動力と洞察力を兼ね備えた女性である。
シルヴェーヌは第一子のパトリス、第二子のアリアーヌ、そして末っ子のリュディヴィーヌを連れて、しばしば王城にいるアンジェリーヌ妃の元に出かけた。三人ともエルキュール王とアンジェリーヌ妃の2人からかわいがられていたが、特にリュディヴィーヌはかわいがられた。9歳を過ぎた頃からは行儀見習いを兼ねて週に二度ほどアンジェリーヌ妃の元に出かけては礼儀作法や教養を学び、幼いながらも「さすがはガルデニア公爵家のご令嬢だ」と評されるようになっていった。
交流は、クロティルド妃が輿入れしてからも続いていた。クロティルド妃は、リュディヴィーヌがアンジェリーヌ妃の元に出入りしても何も言わなかった。認められているのだとリュディヴィーヌは思っていた。ただ、なんとなく、王城の空気が変わったな、とリュディヴィーヌは感じた。大人たちが周囲を気にする様子に、王城とは居心地のいい場所というのは子どもの幻想なのだと思い知らされた。
ある日、アンジェリーヌ妃は深刻そうな顔をしてリュディヴィーヌに頼みごとをしてきた。
「この手紙を、リュディのお母様に渡してくれるかしら? 必ず手渡しするのよ? ガルデニアのお屋敷に帰るまでは、絶対に誰からも見つからないように。できるかしら?」
「それほど大切なお手紙なのですね。承知いたしました」
リュディヴィーヌは手紙を預かると、クロティルド妃の手の者に荷物を検められても問題ないように、一度ドレスを脱いでウエストに挟み込み、信頼できる侍女たちに手伝ってもらってドレスをもう一度着てから帰宅した。そして、自室にいた母に、アンジェリーヌ妃から預かった手紙を渡した。
「あら、アンジェリーヌ様から? リュディを使うなんて、珍しいわね?」
ニコニコしながら手紙を読み始めたシルヴェーヌだったが、その顔は次第に難しいものになっていった。
「リュディ、お母様はやらなければならないことができたから、自分の部屋に戻ってくれるかしら」
「はい、お母様」
夕方ガルデニア公爵の屋敷にもたらされた手紙は、密書だった。翌朝、リュディヴィーヌはシルヴェーヌからこう告げられた。
「これからアンジェリーヌ様の所に行く時は、クラルティ先生と一緒に行ってね。それから、クラルティ先生のことは侍女という形で話を合わせてくれるかしら?」
「どうしてですか?」
「アンジェリーヌ様が妊娠なさったの。それで、クラルティ先生に診てもらいたいんですって。ただ、クラルティ先生が診察していることが王妃様に知られた場合、アンジェリーヌ様もクラルティ先生も、そして我が家も、王妃様からお咎めを受ける可能性がある……」
シルヴェーヌはいったん言葉を切った。そして、言い直した。
「はっきり言いましょう。アンジェリーヌ様とお腹のお子様の命を狙う者がいるの。宮廷の侍医でさえ、信用できない状況。だからアンジェリーヌ様は『クラルティ先生を貸してほしい』って、お母様に助けを求めてきたのよ。リュディの侍女ということなら、王妃様もただ担当する侍女が変わったのだろうという程度にしか思われないわ。それからね、アンジェリーヌ様がご懐妊なさっていることは、内々しか知らないはずなんですって。もしかしたら、身近に情報を漏らしている者がいるかもしれない」
「では、ご懐妊のことは他言無用、ということですね?」
「ええ、そうよ。リュディ、アンジェリーヌ様とお腹の赤ちゃんのために、秘密を守れるかしら?」
「もちろんです、お母様!」
「ありがとう、リュディ」
その週から、リュディヴィーヌが王宮に上がる際に付き添う侍女は、いつもそばにいる専属侍女のマノンからガルデニア公爵家専属の女医クラルティとなった。
「お嬢様、私がお嬢様のおそばを離れなければならないなんて、寂しいです」
マノンは一通りの行儀見習いを終えた15歳から、当時3歳だったリュディヴィーヌに仕えてきたのだ。たった数時間リュディヴィーヌと離れることが、マノンにとってはひどく寂しくつらいことになるらしい。
さめざめと泣くマノンに呆れながら、リュディヴィーヌはその手を取って言った。
「マノン。あなたは疲れて帰ってくるわたしのために、お屋敷でおいしいおやつを用意しておいてくれないかしら? マノンならおいしいおやつ、作ってくれるわよね?」
マノンは優しく、気配りのできる侍女だ。子爵家の三女だが、三女ともなるとさすがの伯爵家でも持参金が用意できない。ということで、王城の女官になるか高位貴族の侍女になるか悩んでいた時、ちょうど見つけたのがリュディヴィーヌの侍女という仕事だった。マノンは他の候補者たちと違い、腰掛けで仕事を探していたわけではない。
「私、公爵家のお嬢様とちょっと遊べば、お給料をたくさんもらえるって聞いたから応募したの」
「わたしは、公爵家で結婚相手を見繕ってもらうためよ」
そんな会話を控室でしている候補者たちを、マノンは信じられないという目で見た。
「何よ、あなただって同じでしょう?」
「いいえ、私は自分で働いて生きていかなければなりませんから、首にならない限り、死ぬまでお仕えするつもりです」
「へえ、本当に働きに来る人もいるのね」
「ええ、少なくとも私は」
この会話は、しっかり公爵家の使用人たちに聞かれていたようで、「まじめにお仕えする気がない人など雇うわけがない」という理由で、マノンだけが採用されたといういきさつがある。
マノンは採用されたことに心から感謝し、リュディヴィーヌを実の妹ともご主人様ともつかぬ愛情たっぷりにお世話した。
リュディヴィーヌは家族だけでなく、使用人たちからもたっぷり愛されて育ったお嬢様だったのだ。だからこそ、リュディヴィーヌは、他者に愛を注ぐのは当然のことだと思っている。それは、ガルデニア公爵家の人間すべてに言えることだった。
だから今、こうしてグズグズ泣いているマノンを慰めるのだって、リュディヴィーヌにとっては当然のこと。
「わ、わかりました、お嬢様がお帰りになるまでに、カボチャのプディングを作っておきます」
「ああ、いいわねえ。楽しみにしているわ」
マノンの特技は、お菓子作り。その腕は、料理長がスティルルームの使用を認めていることから、確かなものだ。マノンを宥めると、リュディヴィーヌはクラルティ先生と一緒に母の所に向かった。
「では、行ってまいります」
今までのような気楽な行儀見習いではなく、今日からは重要な任務を帯びた登城となる。リュディヴィーヌが、母シルヴェーヌにぎゅっと抱きしめられた。
「気を付けて」
「はい」
二人で馬車に乗り込むと、周囲を馬に乗ったガルデニア公爵家の護衛騎士たちが固める。リュディヴィーヌが乗った馬車は、彼らを引き連れていつものよう王城に向かって進む。
いつもと同じはずなのに、馬車の窓から見える今日の王城は、いつもと違って重い色彩を帯びているように感じられた。
読んでくださってありがとうございました。
この時、リュディちゃんは12歳という設定です。パパ・バヤールは55歳、ママ・シルヴェーヌは38歳。兄パトリスは19歳、姉アリアーヌは18歳。エルキュール王とアンジェリーヌ妃は26歳、クロティルド妃は24歳。
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