3 クロティルド妃の怒り
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「あら、久しぶりにあの女の姿を見たわね」
それはクロティルド妃が気分転換のために、夜明けとともに早駆けに出かけた日のことだった。
クロティルド妃が厩舎から自室に戻ろうとした時、遠くにアンジェリーヌ妃の姿を認めた。「草原の帝国」ヴィーゼルの皇女として戦場に立っていた女戦士のクロティルド妃が、カツカツと乗馬ブーツを高鳴らせながら歩く姿とは違い、アンジェリーヌ妃はいかにも貴族らしい、色白でほっそりとした体つきに見合った優美な仕草で歩く。それはクロティルド妃が手に入れたくとも手に入れられなかったものの一つであった。
アンジェリーヌ妃は王妃から側室に格下げになった後、クロティルド妃に職務も奪われ、ただ自室で本を読みながら静かに監禁生活を送っている……クロティルド妃はそう報告を受けていた。
(たまには外出くらい、許すべきだろうか)
侍女に手を引かれて歩くアンジェリーヌ妃を見たクロティルド妃は、草原のルールにのっとり、足腰が弱ってしまうほどに弱らせるのは罪人に対する処置と同じだな、と思った。
(ここは一つ慈悲の心を見せておくのもいいかもしれない)
そう思った時だった。
アンジェリーヌ妃が、花のように微笑んだ。クロティルド妃が息をのむほどに、それは美しい笑顔だった。
(あんなふうに笑えたら、私もエルキュール王に愛されるのだろうか)
クロティルド妃は心に小さな痛みを覚えた。エルキュール王とは、もう3か月も顔を合わせていない。面会を望んでも、体調不良を理由に断られ続けているのだ。
(私は、エルキュール王に愛されていない)
彼が望むのは、アンジェリーヌ妃のような美しい女性なのだ。
クロティルド妃は、この国ならヴィーゼル人としては小柄な自分でも馬鹿にされず、エルキュール王ともお互いを思いやった夫婦になれると信じて嫁いできた。だが、思い起こせばクロティルド妃との婚姻はエルキュール王の望みではなくフㇽラージュの望みであったし、そもそもクロティルド妃を指名して望まれたわけではない。
皇女なら誰でもよかったのだ。
その事実に、心の痛みが強くなる。
(だからこそ、私は存在意義をここで示さねばならないのよ)
クロティルド妃は、優美に歩くアンジェリーヌ妃を見つめた。そして、アンジェリーヌ妃が見つめる先に目をやったクロティルド妃は、驚愕し、思わず声が漏れた。
「へい、か?」
アンジェリーヌ妃の視線の先には、エルキュール王がいた。
「発熱のため、魘されておいでです。今日はお引き取りを」
昨晩だって、そう、侍医から言われたのに。
だが、今、エルキュール王はしっかりと自分の足で立っている。エルキュール王はアンジェリーヌ妃を迎えると、軒下に用意されたテーブルに座らせ、談笑をはじめた。
あんなに穏やかで優しいエルキュール王の顔など、クロティルド妃は見たことがなかった。二人が恋愛結婚だったとは聞いていたが、クロティルド妃は「お前など愛する対象ではない」と言われているようで、みじめでならなかった。
「王妃様、お部屋にお戻りになりませんか」
ヴィーゼル帝国から連れてきた女性近衛兼侍女であるイーリッカにそう言われたが、クロティルド妃はそれを手で制した。そして、様子を伺い続けた。
ちょうど生垣の高さが人の背よりもわずかに低い場所で、こちらからは葉の隙間から向こうがよく見えるが、向こうからはこちらに人がいることなど、気づいていない様子だ。
これは警備上の問題もあるな、とクロティルド妃は思いながら、二人の様子を伺い続けた。
二人は穏やかに談笑している。ふと、エルキュール王はアンジェリーヌ妃の腹にそっと手を当てた。アンジェリーヌ妃もその手に己の手を重ね、微笑みあった。
その瞬間、クロティルド妃は手を強く握りしめ、歯を食いしばった。異変に気付いたイーリッカが、クロティルド妃を気遣うように声をかけた。
「どうかなさいましたか?」
「あの女……妊娠している」
クロティルド妃の周囲で、空気が一瞬にして凍った。
「このような体ゆえ、子どもを望むことはしばらくは難しい」
初夜を迎えるはずだった日、エルキュール王はそう言ってクロティルド妃を退がらせた。クロティルド妃はその日以来生娘のまま3年も放置されているというのに、エルキュール王はアンジェリーヌ妃との間につい最近、子を儲けた。これは、ヴィーゼル帝国に対して反逆心があると受け止めるべき案件だ。
「アンジェリーヌ妃が妊娠しているか、すぐに確認を。もし妊娠していたら、何としても……わかるな?」
「承知いたしました」
イーリッカはすっと姿を消した。彼女は暗部にいた人間だ。うまくやるだろう。
クロティルド妃は自室に戻らず、再び厩舎に向かった。そして、先程とは違う馬に乗って都の外に出た。草原が恋しかった。谷間の小さな平地に作られたこともあり、都には小さな家が所狭しと並んでいる。何もない広い空間で育ったクロティルド妃にとって、小さな花の国の都は窒息しそうな場所だった。
クロティルド妃はヴィーゼル帝国が見える場所まで馬を走らせた。そのくらい、このフㇽラージュは小さな国だ。そして、じっと故郷を見つめた。配下の者二人がヴィーゼル帝国に向かったが、おそらく父帝はエルキュール王とアンジェリーヌ妃には怒りを見せず、役に立たない自分が叱責されることになるだろうとクロティルド妃は思った。
クロティルド妃はその日、日が暮れる時間まで戻らなかった。職務も一切しなかった。こんなにもエルキュール王に恋していたのだと気づかされたクロティルド妃の心は、乱れ切っていた。
次の日から、クロティルド妃の行動は変わった。最初に、ヴィーゼル帝国に上納する穀物を20バーセント増やすように命じた。
「王妃陛下、それでは我が国の民が困窮します」
困惑した表情でそう告げた官僚に、クロティルド妃は冷徹な目で告げた。
「では、わが父上にそう言ってくるがいい」
官僚はそれ以上何も言わなかった。同様に、これまであまりにもヴィーゼル帝国よりだと判断を迷っていた案件について、ヴィーゼル帝国よりの案そのままで遂行するように命じた。
同時に、エルキュール王が起き上がれることを侍医から確認したと告げ、エルキュール王を表舞台に引きずり出した。そして。アンジェリーヌ妃と過ごす時間を強制的に減らした。エルキュール王さえいなければ、アンジェリーヌ妃とお腹の子を処分するのもたやすいはずだと考えたのだ。
だが、イーリッカは「今は実行しない方がいい」とクロティルド妃に報告した。
「イーリッカなら、すぐに手を下してくれると思ったのだが」
「お気持ちはお察しいたします。ですが、我らは失敗できません」
「難しいのか?」
「はい。飲食物に毒を入れようにも、アンジェリーヌ妃の腹心が直接手に入れた食材を、アンジェリーヌ妃自ら調理しています。調理場を室内に用意したのです。食器類は常に鍵付きの棚に管理され、鍵を開けられるのはアンジェリーナ妃に認証された者だけで、物理的に開けることもできません」
「水は? 同じ井戸から水を汲む以上、井戸には毒を入れられない……でも、水を運ぶ途中に毒を仕込めるのでは?」
「水瓶にも何らかの仕掛けがあり、近づくことを許されていない者は弾かれます」
「ならば、直接攻撃……」
「お忘れですか? アンジェリーヌ妃は、防御魔法使いです。鉄壁の防御魔法が組まれています」
「ではどうしようもないと?」
「一つだけ、見つけました」
イーリッカはキリッとしたその目をクロティルド妃に向けた。
「魔法で身の安全を図っているならば、魔法が使えない時を狙えばよいのです」
「魔法が使えない時などあるのか?」
「男性魔法使いにはありませんが、女性の魔法使いにはございます」
「まさか……」
「そうです」
イーリッカの目が一段と強く光った。
「出産時だけは、魔法が使えなくなるのです」
「出産時か」
クロティルド妃は小さくうなずいた。
「出産は命がけ。命を落とすものも少なくない、か」
「左様でございます」
「時間を延ばす分、こちらも準備ができるということだな」
「お任せくださいませ」
イーリッカは姿を消した。あとは待てばいい。クロティルド妃はペンを執った。父帝に報告をしなければ。
読んでくださってありがとうございました。
主人公リュディヴィーヌは、次回から登場します。
こんな対応されれば、誰でも黒くなるってものです。
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