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私の愛した小さなあなた  作者: 香田紗季


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25 最後の秘密

読みに来てくださってありがとうございます。

間に合わなかった……

よろしくお願いいたします。

 先触れなくマヌカの城に現れたアルトゥールは、すぐにリュディヴィーヌを連れて来てほしいと告げ、あの面会小屋に入った。


 最後にリュディヴィーヌと会ったのもこの小屋だった。


 誰か気になる子はいないのかと聞かれて腹を立てたこと。

 こちらから連絡しない限り会わないと捨て台詞を吐いたこと……。


(そう言えば、準騎士に合格したことさえ、伝えていなかったな)


 3年の間、リュディヴィーヌは何を考えていたのだろう。


 アルトゥールと結婚できないと知りながら、「わたくしはアルの妻だから」と言ってアルトゥールの傍に居続けた人。


 扉がノックされ、メイド姿の「アルシーア」が入って来た。わずかに足を引きずったその姿に、あの日のままだと思ったアルトゥールは、「久しぶりだな」と声をかけた。


「元気にしていたか?」

「ええ。あなたはまた大きくなったのね」


 額がチリチリするような違和感を覚えた。この3年の間に自分の外見が大きく変わったことは承知している。リュディヴィーヌだって変化しているだろう。だが、それとは違うものを感じる。


「本当にリュディなのか?」

「あら、アルがわたくしを疑うの?」


 浮かべられた微笑みに、チリチリとした違和感が強まる。


「そうだわ、ちょうどフロランタンを焼いたところだったから持ってきたの。まだ熱が残っているけれども、食べる?」


 もしこのリュディヴィーヌが偽物なら、フロランタンには毒が入っているかもしれない。だが、アルトゥールはためらうことなく一口含んだ。そして確信した。


「やはりな」


 アルトゥールは即座に剣を抜くと、目の前の女性に突き付けた。フロランタンを吐き出し、冷たい目で女を見ながら言った。


「リュディのフロランタンと、味がわずかだが違う。お前は誰だ? リュディに成りすましている目的を言え!」


 リュディヴィーヌの姿をしていた者が、ふっと肩の力を抜いたように見えた。


「同じレシピなんですが、やはり作り手が違うと同じ味にはならないのですね」


 女は膝をついた。


「私はガルデニア公爵家の『四十雀』であり、お嬢様の影武者をしているリディアでございます」

「影武者だと?」

「はい。現在の任務は、『アルシーア』としてリュディヴィーヌお嬢様の身代わりを務めることでございます」

「リュディはどこにいる」

「会いに行かれるのですか?」

「当然だろう!」

「お嬢様はあなた様に会わないようにするために、私をここに置いていきました」


 会わないようにするため?


 アルトゥールの心の中で、リュディヴィーヌへの不信感と何がなんでも会いたいという焦燥感がぐちゃぐちゃになっていく。


「影は己の意志を、考えを、持ってはならないとされています。ですが、私は」


 リディアと名乗った女は、アルトゥールの目を正面から見据えて言った。


「あなた様はお嬢様に会うべきだと思います。そして、お嬢様が何をしてきたか、その結果どうなったか、知るべきです」

「ああ、もちろんだ。リュディはどこにいるんだ?」

「ガルデニア公爵領です。マーレンにほど近く、海が遠くに見えるお屋敷でお過ごしです」


 王都を挟んで、このマヌカの城から逆方向に当たる。先に情報をつかんでおけば今頃はリュディヴィーヌに会えたかもしれないと思うと、今すぐに行かねばという気持ちばかり焦る。


「案内しろ」

「かしこまりました」


 エルは疲れている。代わりの馬を借りようと思ったが、エルを置いていくのは忍びない。


 そう考えていた時に、面会小屋の周りが騒々しくなった。そして、ノックもなく扉が開かれた。


「よう、アル。五日ぶり」

「レーニエ……」

「ったく、勝手に一人で行きやがって」

「急いでいたんだ」

「わかっている」

「レーニエは全部知っていたのか?」

「わからない。知らされていたこともあるし、まだ知らされていないこともあるだろう」

「そうか」


 沈黙が落ちた。


「でも僕は行くよ」

「なあ、アル。今何時だ?」

「え?」

「空を見ろ」


 夕焼けのオレンジ色が空を覆っている。


「今出発したとしても、山道を急いで走るのは危険だ。できるだけ急いでいくためには食糧と水も積まねばならん。今日はここで休め。その代わり明朝、日の出とともに出発する」

「だが!」

「急がば回れと言うだろう? 最終的に早く確実に到着することを考えろ」

「わかった」


 オレンジ色の空が少しずつ色を暗くしていく。それはアルトゥールの心のように、暗く沈んだ色だった。


・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・


 本来ならば6日かかる道を、4日で強行突破した。マーレンにほど近いミモザの町は、その名の通り、ミモザがそこかしこに植えられている。


「こちらです」


 リディアが先導して進んだ丘の上に、瀟洒な邸があった。


(ここに、リュディがいる)


 アルトゥールは馬を下りた。リディアが門番と何か話している。門番は了解したと言わんばかりに首を縦に振ると、門を開けて一行を中に入れた。


 邸の庭は、町とは違って梔子が一面に植えられていた。時は6月、まさに梔子の白い花が咲き誇り、まるで香りで来客をもてなしているかのようにその芳香を漂わせている。


 そう言えば、リュディヴィーヌの香水も梔子の花から作られていたな、とアルトゥールは思い出す。梔子の香りは、いつだってリュディヴィーヌの思い出と結びついている。


「若君……」


 邸の扉を開けてくれたのは、マノンだった。


「マノン、元気だったか」

「なりません! お嬢様は若君に最後の姿を見せたくないから、ここに来たというのに。リディア、あなたもどうしてお連れしてしまったの!」

「お嬢様が若君に、最後の姿を見せたくないと思うお気持ちも分かります。ですが、残される者が最後に感謝の言葉一つ言えぬままというのもむごいことだと思いませんか? アンジェリーヌ妃と最後の言葉を交わせなかった陛下は、今でも傷ついたままでいらっしゃる。若君にも同じような目に遭えと言うのですか?」


 マノンは涙をこらえて一行をにらみつけ、邸に入れまいと仁王立ちした。やがて観念したようにうつむくと、旅の埃を落としてからにしてくださいと言った。


「リディア。あなたに若君たちのお世話は任せるわ。ここには侍女が私しかいないの。あとは門番と、料理人と、通いの下女が一人だけ。私はお嬢様の所に戻るから」

「お嬢様は、あの部屋ですか?」

「ええ」


 階段を上がっていったマノンを見送ると、リディアが一階の部屋に案内してくれた。


「ここは、ガルデニア公爵家の人々が終わりを迎えるための邸なんです」


 アルトゥールの手に力が入った。


「お湯を用意しますので、汚れを落としてください」


 アルトゥールとレーニエは用意された湯を使って身を清め、着替えた。


 既に日は沈み、ろうそくがともされている。リディアに連れられて向かった二階の一室。リディアがノックすると、マノンが扉を開いた。


「こちらです」


 部屋は薄暗い。今日は満月で月の出が遅いのに、ろうそくが2本ほどともされているだけだ。


「リュディ?」


 呼びかけたアルトゥールの耳に、かすかな声が聞こえた。


「アル?」


 アルトゥールはベッドに駆け寄った。そしてリュディの手を取ろうとして、息を飲んだ。


「リュディ……」


 ベッドに横たわっていたのは、リュディヴィーヌであって、リュディヴィーヌではなかった。肘から下を失い、肌のはずの場所が青く透き通っている。ただ、顔だけはまだ人間のままのリュディヴィーヌがいた。


「ごめんね、アル。こんなわたくしを見たら、アルが泣くんじゃないかって思って……」


 よく見ると、その青さに見覚えがあった。アルトゥールは慌てて梔子が掘られた「お守り」のペンダントを服の中から取り出した。そして、震える手でそのサファイアを、青く透き通ったリュディヴィーヌの肌に並べた。


 同じ色をしていた。


読んでくださってありがとうございました。

次回で終わりますよ。

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