23 再会①(アルトゥール)
読みに来てくださってありがとうございます。
予定通り、25で終われそうです。
今日の分を入れて残り3話、よろしくお願いいたします。
レーニエの手引きで、アルトゥールはフㇽラージュ国内全ての領主たちと「二度の暗殺から生き延び、匿われて育ったアルトゥール王子」として顔を合わせた。
領主たちはフㇽラージュ王家の色とミルトゥ辺境伯家の顔を持つアルトゥールを見、幻覚魔法や変色魔法が使われていないことを確認すると、よかったよかったと泣きながらアルトゥールが生きていたことを喜んでくれた。
小さな国だ。元々領主たちは少々の揉め事があってもうまく収めてきたが、何よりもヴィーゼルとマーレンという大国に挟まれて国の存亡が掛かった頃からは、内々で揉め事を起こさぬように互いに気遣い合ってきた「仲間」なのだ。
アンジェリーヌ妃が暗殺されたことは、誰もが知っている。本当の黒幕がクロティルド妃であり、ヴィーゼル帝国であることも。
エルキュール王に子がいないことを心配した領主たちがどれほど側室をと勧めても「アンジェのように殺されるだけだ」と一蹴してきた。
王家の直系の血が途切れることを心配する領主ばかりだったから、エルキュール王とアンジェリーヌ妃の子が既に「玄冬」を過ぎて「青春」に達していたことを、誰もが喜んでくれたのだ。
新たな気付きもあった。領主たちと話す内に、「何もできずにクロティルド妃に抑え込まれている愚かな王」だと思っていたエルキュール王が、実はクロティルド妃に気づかれぬように調整し、フルラージュとしてこれ以上越えさせることができない一線を死守する「最後の防波堤」となっていたことを知った。
決して自分が前に出ることなく、「丸花蜂」を使って情報を収集し、各領主たちとも密かに連絡を取り合い、宰相であるガルデニア公爵を使って微妙に変更された法案を通す。
「我々の口から、あなた様の存在を陛下に伝えるようなことはしませんよ。いつか、あなた方が親子の名乗りを上げられる状況にしていきたい、それがこの国の安定のためにも必要なことだと思いますからね」
ただ、ガルデニア公爵にだけは会えなかった。
「宰相の座にある以上、自分はクロティルド妃としばしば顔を合わせる。アルトゥールと接触していることを『鷲』たちに感づかれぬようにするために、接点はできるだけ減らしたい」
そう説明されれば、会いに行くことはできなかった。
会いたかったのは、ガルデニア公爵家の人々だけではない。「行ってきます」を言えなかったリュディヴィーヌには、誰よりも会いたかった。手紙だって書きたかった。「こちらから連絡するまでは会わない」と捨て台詞を吐いてしまったことに拘って、手紙なら伝えやすい「ごめんなさい」という言葉が掛けなかった。
リュディヴィーヌは、自分のことを心配してくれているだろうか。
レーニエは自分の傍に居るから、レーニエと接近することはないはず。現辺境伯であるドナシアンには既に家庭がある。他にも騎士団にはしっかりした男たちがたくさんいたし、文官にだって優秀で信頼できる人物はたくさんいる。
リュディヴィーヌが寂しさのあまり、優しく声をかけてくる男たちの手に落ちてしまうのではないか、そう思うと、一日も早くヴィーゼルを弱体化させ、クロティルド妃を排するためのクーデターを成功させなければならない。
アルトゥールは再会の日の喜びを思い描きながら、忙しく動き回った。
国内の領主たちと同じように、ヴィーゼルの周辺国や属国化した国々にも入り、何度も何度も話し合い、顔を合わせることで信頼を得、折衝を重ねた上で、各地で反乱の前準備を始めてもらった。
1年が経つ頃、王城の魔法使いマルスランが合流した。まだガルデニア公爵家の「アルベール」だった時に何度か会ったマルスランは、今やこの国一番の魔法使いとなっていたはずなのに。
「ミルトゥ辺境伯家にも王城の魔法使いが派遣されることは御存じでしょう? 国王陛下から長期出張を命じられた時には何事かと思いましたが、事情を聞き、喜び勇んで参りましたよ」
穏やかで、だが魔法研究と開発のことになると自分の世界に没入してしまうマルスランだが、何せアンジェリーヌ妃の崇拝者である。その子であるアルトゥールもまた、マルスランにとっては崇拝対象であった。
「ああそうそう、これ、ある方からお預かりしたお守りです。常に身に着けてください」
手渡されたのは、人の手の小指ほどもある、コーンフラワーブルーカラーのサファイアのペンダントトップだった。梔子の花がジェムカービングされている。これだけの大きさと色と透明度のあるサファイアにジェムカービングを施すなど、正気の沙汰とは思えない。
「マルスランが作ったのか?」
「いいえ、違いますよ。出所のヒントはちゃんとあるでしょう?」
梔子の花は、ガルデニア公爵家の紋章だ。そしてコーンフラワーブルーのサファイアと言えば、リュディヴィーヌが先祖返りして持つに至った瞳の色で間違いない。
「リュディが用意してくれたのか」
「……そう言い方もできるかと」
「リュディのお守りなら、常に身に付けなければな」
なぜかほんのり目を赤くしたレーニエが、アルトゥールの後ろに回ってペンダントを身に着ける手伝いをしてくれた。
「なんだか、リュディの温かさを感じるような気がするよ」
「すみません、ちょっと失礼します」
レーニエがその場から退席した。
「レーニエ、どうかしたのかな」
「目にゴミでも入ったのでしょう」
頬を赤く染めて喜ぶアルトゥールを見ながら、マルスランは、アルトゥールがまだ何ひとつ知らないことを知った。そして、知った時にどうなるのだろうと不安になった。
今は任務を忠実に遂行するのみ。この件についてのフォローは、その時になってから考えよう、とマルスランは思った。
マルスランが合流したことで、防御魔法のレベルが格段に上がった。夜も今まで以上にしっかりと休息が取れるようになったことで、パフォーマンスも上がった。
諸国との連携も進んだ。計画通りに諸国がトラブルを起こしていく。ヴィーゼル国内は常に騎馬隊が出動する事態となり、その騎馬隊が分散を始めたという情報が入ると、アルトゥールの一団の中で拍手と雄叫びが上がった。
「ヴィーゼルがフㇽラージュのクロティルド妃を助けに来られない状態になったら、フㇽラージュでも動く」
再び雄叫びが上がった。計画は着々と進んでいる。早くリュディヴィーヌに会いたい、とアルトゥールは思った。
・・・・・・・・・・
ヴィーゼルの皇帝は当初、反乱だ、暴動だと応援要請が入るたびに、記紀として出動していた。
だが、一ヵ所鎮圧しても次の要請が直ぐに入る。到着すると「昨日何とか自力で鎮圧した」と報告が上がる。成果のない出動が続くうちにどうやら面倒になったらしい。あとは任せたという一言を残すと、皇帝は親衛隊だけを連れて中央に戻ってしまった。
困惑しながらも、将軍たちは分担して任務にあたった。
だが、作戦はうまくいかず、馬や兵、食糧を失うことが続く。そうなると兵が逃げ出す。逃げ出せば死刑にすると通達を出しても、兵の逃亡は続く。
ある将軍が、派遣命令に従ってある属国内の暴動を鎮圧するために向かっていた。そこに、よく知る将軍がやや力のある周辺国との戦いに負けたという情報が飛び込んできた。
流れが変わったか。それとも、奴がしくじったから。
暴動と聞いていたが、町には暴動が起きたような様子は見られない。異変を感じて町を出ると、自分たちが取り囲まれていることに気づいた。
いつの間に?
青毛の馬に乗った、銀髪の麗しい若者がこちらを見ている。目が合った。その瞬間、将軍は自分の背が凍り付いたように感じた。
「かかれ!」
歩兵が盾を持って進んでくる。
「蹴散らせ!」
将軍も声を張り上げた。騎馬隊が突っ込もうとしたが、歩兵の盾に触れることもできず、跳ね飛ばされていく。
「矢を射かけろ!」
騎馬隊の後ろから雨のように矢が射掛けられたが、矢もまた見えない壁に阻まれるように落ちていくだけ。落ちた矢は次々に歩兵たちが回収し、敵方の弓兵の元に届けられていく。
ふと、風の噂に聞いたことを思い出した。フㇽラージュで防御魔法が改良され、人ひとりを守れるものから建物を覆えるほどのものまで、それを起動装置を使ってどこでも展開できるようになったというものだ。
これでは、近づけないではないか。
そう思っていた将軍の胸に、自分たちが先程放った矢が突き刺さった。指揮する者を失った軍はあっという間に崩れてしまった。
「これもまた、呆気ないものでしたな」
「敗走兵から防御魔法のことがいずれは伝わるだろう。片付けられるうちに片付けよう」
「は。それにしても、マルスランの防御魔法はすさまじいものですな」
・・・・・・・・・・・・・・・・
属国から中央へ「独立」を宣言する文書が届いた。中央の文官は慌ててその属国へと向かったが、国境として建設された城壁に防御魔法が掛けられており、中に入ることさえできない。
皇帝に奏上したが「何とかしろ」と言うばかり。疲れ果てて戻って来た文官に、別の文官が声をかけた。
「陛下か?」
「ああ。年を取るとみんなあんなふうに考え事を他人に押し付けて逃げるようになるのだろうか」
「最近では自分の考えで決められないから、占いに頼り切りだそうだ」
「それはまた、随分と……」
それ以上の言葉は飲み込んだ。誰が聞き耳を立てているかわからない。
「なあ、今晩うちに飲みに来ないか? 久しぶりに鹿の干し肉が手に入ったんだ」
「鹿の干し肉なんて、みんな兵糧になるからなあ、もう5年は食べていないぞ。よく手に入ったな」
「ああ。せっかくだからと思ってお前を誘ったんだが」
「ありがたい、お邪魔するよ」
誘われた文官は翌日辞職届を提出した。同様の事象は様々な部署で起きていたが、皇帝がそれに気づくことはなかった。
・・・・・・・・・・・
レーニエを最側近としてミルトゥ辺境伯領を飛び出したあの日から、3年の月日が経っていた。
アルトゥールは今、クロティルド妃と鷲たちをフㇽラージュ王城内の一室にまで追いつめていた。鷲たちは手ごわかったが、数に劣る。最後の鷲が倒れた時、クロティルド妃はそれでも静かに立っていた。
ここまで長かった。
「降伏するか?」
「草原の民は、命乞いなどせぬ」
クロティルド妃はそう言って佩びていた剣を抜いた。イーリッカの剣だということを知るのはクロティルド妃ただ一人。キーファーは城内最初の交戦時に命を落としている。
この人も、年を取ったのだな。
そう思った瞬間、その年齢とは思えぬ俊敏さでアルトゥールにとびかかって来た。剣も重い。侮れない相手ではあったが、現役の戦士を引退して既に20年以上経ったクロティルド妃では、実践を重ねてきたアルトゥールの敵ではなかった。
とどめは、横からすっと現れたレーニエが刺そうとした。レーニエは、一度もアルトゥールに人を殺させなかった。
「待て」
レーニエは黙って下がった。呻きながら床に這いつくばるクロティルド妃に、アルトゥールは言った。
「あなたがここ数年、ヴィーゼルと少しずつ距離を置こうとしていたことは知っている」
苦しみながらも、なぜそれを、という声のない言葉が口から洩れた。
「あなたは、皇帝からこの国が睨まれぬように、ほどほどに言うことを聞き、ほどほどに抵抗した。違うか」
クロティルド妃の目は、濁っていなかった。それが答えなのだとアルトゥールは思った。
「あなたはあなたなりに考えて動いたのだろうが、全て中途半端だった」
うなだれたクロティルド妃に、アルトゥールは最後の言葉をかけた。
「何よりもわが母を殺した罪は重いのだ」
再びクロティルド妃が顔を上げた、うっすらと微笑み、そしてまるで首を差し出すかのように下を向いて額を床につけた。
剣が振り下ろされた。
痛みに呻きながら、クロティルド妃はアルトゥールを見た。
なぜ、殺さない?
クロティルド妃の無言の問いかけに、アルトゥールは静かに告げた。
「あなたを殺したことがヴィーゼルに伝われば、今のヴィーゼルにその余裕はないはずだが、皇帝が自ら乗り込んでくる可能性がある。それに、あなたには母を殺した罪を償うために、ヴィーゼルを滅ぼす手伝いをしてもらうことになる。逃げられぬよう、足の腱は切らせてもらった。この者を地下牢へ」
抱えあげられたクロティルド妃の前に、エルキュール王が現れた。
「クロティルド。そなたがアンジェを殺しさえしなければ、余はそなたをここまで憎まずにいられたものを」
それだけ言うと、エルキュール王はクロティルド妃の元から立ち去った。クロティルド妃の嗚咽の声だけがかすかに聞こえていたが、アルトゥールはエルキュール王の顔だけをただまじまじと見つめた。
本当に、同じ髪と瞳の色なんだな。
アルトゥールはなぜか足がすくんで動けなくなった。
「アルトゥールか」
「はい」
銀と白が混じった髪とサファイアブルーの瞳を持つ男が、そこにいた。「朱夏」を過ぎて「白秋」に入ろうとする年代というよりも、「白秋」を既に二周しているのではないかと思われるほどに感じられる。
エルキュール王は震える手を伸ばしてアルトゥールの頬に触れた。
「やっと、会えた」
「はい」
「余の手で守り切れず、すまなかった」
「いえ、父上のおかげでガルデニア公爵家に逃れ、母上のおかげでミルトゥ辺境伯家に助けていただくことができました」
「混乱を収束次第、そなたに位を譲る」
「いえ、しばらく勉強させてください」
「ああ、そうだな」
頬に触れ続けていたエルキュール王が、アルトゥールの肩に触れた。
「余よりもしっかりした体に育ったな」
「騎士団で鍛えられましたので」
感極まったエルキュール王は、アルトゥールをひしと抱きしめた。
「アンジェに、見せてやりたかった」
「父上……」
「やっと、わが子をこの手に抱けた。18年、長かった……」
感涙にむせぶエルキュール王を抱きしめ返しながら、この人が父だという実感はあまり沸き上がってこなかった。
それよりも、早くリュディヴィーヌに会いたかった。
読んでくださってありがとうございました。
クロティルド妃の扱いについてはいろんなご意見があろうかと思いますが、今回アルには人を直接は殺させないというスタンスで書いております。
次回は「再会②&真実を伝える時②」というタイトルになる予定です。
誰と再会するんでしょうね。
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