21 飛べなくなった鷲(クロティルド)
読みに来てくださってありがとうございます。
流産を匂わせるシーンがありますので、抵抗感がある方は飛ばしてください。
よろしくお願いいたします。
「またか?」
クロティルド妃の叱責が落ちた。
「今月だけで何人、だめになった?」
「3人です」
「では今使える鷲たちは……」
「15人です」
クロティルド妃は難しい顔をしてイーリッカを見た。よく見れば、イーリッカの髪に白いものが混じっていることに気づいたクロティルド妃は、来月で自分が40歳になることを思い出した。
21歳でこのフㇽラージュにやって来た。母国ヴィーゼルで過ごしたのとほぼ同じ年月を、この国で過ごしたことになる。
私も年を取ったということか。
ふと、目の前にある一輪挿しに目が留まった。この花はいつ、メイドがいけてくれたものだっただろうか。次の日に花を交換したいと言ってきたメイドに、もう少しこの花を楽しみたい、交換してほしい時には伝えるから、そう言ってからもう一週間は経過していたような気がする。
初めはよい香りのする花だと思った。メイドはその花を「ポワ・ドゥ・サントゥール」だと教えてくれた。メイドが退室してから、キーファーが「スイートピーのことですよ」と教えてくれた。何も言わなくてもクロティルド妃の思考を読んでくれるキーファーの存在は、夫であるエルキュール王よりもはるかに近い存在だ。
そのスイートピーの花が萎れている。大地に根を張って美しく咲いていたスイートピーが「よいもの」であるとみなされた結果、摘み取られ、人の心を癒し、実を結ぶことなく萎れる運命になった。
このスイートピーが、野に咲いていたものなのか花壇から摘み取られたものなのかは、クロティルド妃にはわからない。このスイートピーのことなど何もわからないのに、切り花となって萎れたスイートピーが、なぜか自分と重なって見えた。
自分だけではない。自分よりわずかに年上の……
そう思った時、初めてクロティルド妃は、自分がイーリッカの年齢を知らないことに気づいた。同時に、自分がイーリッカのことを道具として扱い、人として扱ってこなかったことにも気づいた。
もしかしたら、イーリッカには思いを寄せる相手がいたかもしれない。いや、互いに思い合いながらもクロティルド妃から与えられる任務を優先した結果、この年になってしまったのかもしれない。もしそうであれば、一人の人間の一生を大きく歪めた犯人が自分だということになるのではないだろうか。
これまでクロティルド妃は、自分は幸せな人生を歪められた被害者だと思ってきた。だが、エルキュール王、故アンジェリーヌ妃、死んだ王子、死傷した鷲たち……彼らにとってはクロティルド妃こそ幸せな人生を歪めた人物だと認識してもおかしくないのだ。
そうだ。摘み取られてなお、その美しさと香りで癒したこのスイートピーのように、枯れ果てるその日まで己の存在を刻み付けるような人であろう。この国に縁あって嫁いだのだから、この国が細くてもいい、長く続くよう、ヴィーゼルの干渉を排そう。
「イーリッカ」
「はい」
「お前には思う男がいたことはあるか?」
「お答えせねばなりませんか?」
「相手が誰か聞きたいのではない。そういう感情を持つ相手がいたかどうか、それだけだ」
「……」
キーファーが気づかわし気にイーリッカを見ている。それだけでクロティルド妃は分かった。
「いたのだな」
「……ヴィーゼルを出る時、別れて参りました」
イーリッカの声が震えている。
「結婚の約束もしておりましたから、姫様付きの侍女としてそのままフㇽラージュへ行けと命じられた時、どうしても離れがたく……」
イーリッカが言いよどむなど、初めてのこと。クロティルド妃は黙ってイーリッカの言葉に耳を傾けた。
「子がいればこの任務から外れられると聞き、未婚のまま彼の子を授かりました」
クロティルド妃が動揺した。
「子は……」
「天罰が下ったのです」
イーリッカは床を見つめたまま、静かに涙を流している。
「子は、生まれることなく虹の橋を渡りました」
涙をぽろぽろとこぼしながら、イーリッカは語り続ける。
「私たちは一緒になれない運命なのだと諦めました。こちらへのお輿入れの時には、彼には新しい婚約者がいました。当然、見送りになどきてくれませんでした。将来の『鷲』たちを教育している時、私は彼らがみんな自分の子であると思いながら育てました。彼らが死傷する度、私は子を失った母のような気持ちになってしまいました。
その甘さが、鷲たちの死傷に繋がっていた可能性は否めません。やはり、私ではお役に立てなかったようです」
イーリッカは静かに目を閉じると、佩びていた剣をクロティルド妃に差し出した。
「鷲たちを一人前に育て上げられなかった罪で、私を断じてくださいませ」
とめどなく涙を流すイーリッカを見て、クロティルド妃は何も言えず、ただその場に立ち尽くした。
どれほどの時間、そうしていただろうか。
「もう、終わりにしましょう」
キーファーに声をかけられた瞬間、クロティルド妃は顔を両手で覆った。
「すまなかった、全て私の欠如が原因なのだな」
そして、手を顔から離すと、目を赤くしながらイーリッカに告げた。
「本日よりこの王城を出て、各地の様子を報告せよ。報告は全て手紙で。よいな」
鷲であることを辞める時は死なねばならない。イーリッカを生かすために、クロティルド妃はイーリッカに新たな任務を与えるという形をとった。イーリッカもその意図を十分に理解した。
「御意」
いつもなら瞬時に消えるイーリッカが、ゆっくりと扉の向こうに姿を消した。クロティルド妃の手元には、イーリッカの剣だけが残された。その剣の柄をそっと手でなぞると、無数の傷があるのに気付いた。
その一つひとつがイーリッカの献身の証拠であると感じられて、クロティルド妃はまた静かに涙を流した。
読んでくださってありがとうございました。
明日は誰視点になるかな? お楽しみに。
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