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私の愛した小さなあなた  作者: 香田紗季


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20/26

20 言えなかった「行ってきます」(アルトゥール)

読みに来てくださってありがとうございます。

ここから視線がリュディから他の人物に変わります。

( )に表示しますので、その前提でお読みください。

よろしくお願いいたします。

 マヌカに来て5年が経った。リュディヴィーヌとアルトゥールの間に月に三度あった面会は次第に間遠になり、今では二か月に一度しか会っていない。二か月に一度の面会を続けている理由も、お互いの生存確認と変色のための魔法薬を受け取るためだけになっていた。


 15歳になったアルトゥールはリュディヴィーヌよりも背が高くなり、剣の腕も優れていると認められるようになっていた。黒い髪にこげ茶色の瞳という平凡な色だが、顔はよい。北部の人間は北との交流があるため皆体格がよく、特に騎士たちは筋肉の塊……ではなく筋骨隆々とした体躯の者が多い中で、筋肉は感じさせるものの無駄を削ぎ落したスリムな体形に育っている。


 それが「王子様っぽい」とマヌカの城の中で評判となり、若い娘たちは将来の有望株としてぜひとも選ばれたいと願い、既婚者たちは「あたしがもっと若かったらねえ」などとため息をつくほどであった。そんな女性たちのことを知っているはずなのに、リュディヴィーヌは「アルには誰か気になる子、いないの?」など言うものだから、アルトゥールはリュディヴィーヌが自分のことなど愛していないのではないか、夫と思っていないのではないかと怒りを募らせることが増えていた。


 今日は二か月振りの面会だった。いつもなら必ず先に来ているのに、今日は時間よりも少しだけ遅れてきたリュディヴィーヌの顔色が悪い。アルトゥールは、なんと言って気遣えばよいのかわからなかった。騎士団にいると、どうしても言葉遣いが乱暴になる。リュディヴィーヌのことが好きで「自分の妻だ」という思いを一秒たりとも忘れていないアルトゥールなのだが、思春期特有の素直になれない精神状態がアルトゥールの言葉を間違ったものにしてしまう。


「無理するなよ」


 低めのテノールにすっかり声変わりしたアルトゥールに、リュディヴィーヌが薄く微笑んだ。頑張って微笑みを浮かべようとしているのが分かって、心が痛い。そんなにつらいなら無理に会わなくてもいいと思う気持ちと、それでも会いたいという気持ち、もう一つ……もしかしたら自分に会いたくないのだろうか、という気持ちが入り乱れて、アルトゥールは次の言葉を選べない。


 と言うのも、レーニエが相変わらずリュディヴィーヌの傍に行っては、話をしたり何かを手渡したりしているのをちょくちょく目にするからだ。嫉妬だと分かっていても、どうにもこの気持ちは抑えられなかった。


 リュディヴィーヌはまるでアルトゥールを宥めるように、「体調が悪い日は休ませてもらっているから大丈夫」と言った。


 そうじゃない。


「それより、気になる子、本当にいないの? わたくしのことは気にせず、好きな子ができたのなら、その子との将来をちゃんと考えた方がいいわ」


 アルトゥールは下唇をかんだ。やはりリュディヴィーヌは、自分のことなど「弟」にしか思えないのだろうか。自分はこんなにもリュディヴィーヌのことが好きで好きで仕方がないと言うのに。


 それに、リュディヴィーヌの体が心配なのだ。が、年々言い方がぶっきらぼうになる。そんな風にしか言えない自分にも腹が立つ。


 初恋のリュディヴィーヌと一日も早く結婚したいアルトゥールは、リュディヴィーヌを騎士見習いや準騎士の妻と呼ばせたくなかった。正騎士の妻にしてやりたかった。


 フㇽラージュでは18歳の誕生日から結婚が可能になる。18歳になったその日に正騎士としてリュディヴィーヌと結婚するためには、早くから準備しなければならない。


 15歳を迎えれば、来年は「青春」一年目の16歳になる。ミルトゥ辺境伯家騎士団では15歳の誕生日を過ぎれば準騎士資格の受験が可能で、16歳になると正騎士になるための試験を受けられるようになる。年に一度しか行われない正騎士昇格の試験は、準騎士資格を持つものだけに受験資格がある。


 その上、十人に一人しか合格しない厳しいものだ。他領であればそこまで厳しくないが、常に隣国や自由に動き回る賊や少数民族たちと対峙しなければならないミルトゥ辺境伯の騎士団では、前線で戦える人物か否かを見極めなければ無駄死にさせることになる。正騎士は、それだけの価値を認められた存在なのだ。


 アルトゥールは準騎士になるための試験を一週間後に控えていた。リュディヴィーヌは、アルトゥールの心の揺れを、試験に対する不安だと受け取ったらしい。


「『リュディガー』なら大丈夫よ。団長閣下や隊長様からもお墨付きをいただいているのでしょう?」

「そうなんだが、どうも落ち着かないんだ」

「緊張しているのね」


 リュディヴィーヌは既に28歳になっていた。あばたはひどいが控え目で穏やかな性格に惹かれた文官・騎士・使用人の仲間など数人から結婚を申し込まれたが、全て断り続けていた。


「弟が独り立ちしたら、修道院にでも入ろうかと思っておりますから」


 昨日リュディヴィーヌがある文官にそう言っているのを、アルトゥールは偶然聞いてしまった。アルトゥールは怒っていた。まるで、アルトゥールが成人したら自分など用済みだと言っているように聞こえたアルトゥールは、そうじゃない、どうしてそんなことを言うんだとリュディヴィーヌに詰め寄りたかった。


(だって、僕の妻じゃないか)


 姉と弟設定なのだから、本当は妻だなんて他の人に言えない。18歳で成人を迎えなければ、正式な結婚もできない。自分の成長が遅いせいでリュディヴィーヌを待たせていると思うと、アルトゥールは気が狂いそうになる。あと3年が、長い。


 いや、その前に準騎士の試験と、正騎士の試験があって……


 いらいらしているのがリュディヴィーヌに伝わったのだろう、リュディヴィーヌは「今日はここまでにしましょう」と言った。


「『リュディガー』、今後は無理して会わなくてもいいわ。あなた、忙しいのでしょう? 薬はリディアを通じて届けるようにするわ」

「どうして?」

「『リュディガー』の負担にだけはなりたくないの」


 なぜかその「負担」という言葉に、無性に腹が立った。アルトゥールは「ああ、そう」と言うと、テーブルの上に置かれた来月分の魔法薬を手に取った。


「それじゃ、こっちから連絡するまでは面会なしでいいな。じゃあな」


 リュディヴィーヌの顔が悲しそうに歪んでいるのに気付いたが、むしゃくしゃした気持ちの方が勝ってしまったアルトゥールは、乱暴に扉を開けて面会室を出た。


 面会小屋を出てから、後味の悪い別れ方をしたことを、アルトゥールはひどく後悔した。二か月後の面会の時に謝ろうと思った。いや、来週の準騎士試験に合格したら、騎士団内だからわかることとはいえ、直接合格を伝えて謝ろうと思っていた。


 その機会が来ることはないとも知らずに。


・・・・・・・・・・


 準騎士昇格試験の結果が張り出された。一番に自分の名前があることを確認したアルトゥールは、厨房にいるはずのリュディヴィーヌに直接報告しようと掲示板に群れる人たちの中から抜け出した。ようやく人の波から出たところで、アルトゥールはレーニエが立っているのに気付いた。


「話がある。ついてこい」


(僕が合格したことが気に入らないなんてこと、ないよな?)


 普段より表情が硬いレーニエに首を傾げながら、アルトゥールはいつものようにレーニエに従って執務室に入った。そして、執務室の中の空気がいつもとは違うことに気づいた。小会議ができるよう、15人ほどが座れる長机と椅子があるのだが、そこに全員座っている。


「君も座るように」


 そこにはミルトゥ辺境伯家に仕える重鎮と、全辺境伯、現辺境伯が揃っていた。指示された席が上座であることを訝しみつつ、指示されたとおりに座った。


「では、最終的な結論を出そう」


 現ミルトゥ辺境伯であるドナシアンが重々しく口を開いた。


 何を決めると言うのか。到着したばかりのアルトゥールには何のことかわからず、ただ姿勢を正してドナシアンの言葉に耳を傾けることしかできない。


「ここにいる『アルトゥール王子』を擁してクロティルド妃を排し、フルラージュ王国をあるべき姿に戻す。異義がある者は挙手せよ」


 アルトゥール王子と呼ばれたアルトゥールは、驚いてドナシアンの顔を見つめた。


「いないようだな。ではアルトゥール王子。王子は我々の計画に賛同していただけますかな?」


 全ての目が、アルトゥールに注がれる。アルトゥールは大蛇の群れに取り囲まれた蛙のようにひるみそうになったが、他人にいいように使われるのはプライドが許さなかった。


「僕の決断と言うが、あなた方の計画について僕は何一つ知らされていない。それは、僕がその計画を知ったら拒否するような杜撰な計画だからなのか?」


 重鎮の一人が思わず立ち上がろうと腰を浮かし、ドナシアンに目だけで威嚇され、座り直した。


「説明を」


 レーニエの口から、クーデターの計画が語られる。聞きながら、ミルトゥ伯爵家がいつからクーデターを計画し、準備していたのだろうかと思った。


「資金は?」

「とある筋から資金協力がある。今はまだ、その情報を公開できない」


 なるほど、資金に相当の余力を持つ協力者がいると言うことか。


「我らは、ヴィーゼルが当初の条約通りにしてくれるならば、それを受け入れるつもりだった。それがわが娘、アンジェリーヌの願いでもあったからな」


 前辺境伯がし重々しく言った。


「だが、クロティルド妃は条約の内容を都合よく解釈してフㇽラージュの力を少しずつ削いでいる。ヴィーゼルは不可侵の約定さえ破っている。皇帝は中央の政治さえ官吏に丸投げして戦場を駆け回るだけで国のトップとして機能しておらず、辺境域では中央から派遣された管理が横暴を極めている。ヴィーゼルに飲み込まれる危険もさりながら、飲み込まれた直後にヴィーゼルが崩壊する恐れもある」


 前辺境伯が拳をテーブルに叩きつけた。頑丈な樫の木のテーブルにミシッという音が響いた。亀裂が入ったのだろう。


「アンジェリーヌの志を受け継ぎ、我らはフㇽラージュを、そしてこのミルトゥ辺境伯領を守るために立ち上がらねばならん。幸いにも、唯一の王子は我らの血族。王子が旗頭になれば、我らの行動は私利私欲のために起こしたクーデターではなくなるのだ」


 リュディヴィーヌに相談したいと思った。だが、そんなことをすればリュディヴィーヌに「子どもね」と言われるだろう。それも嫌だ。


 ふと、リュディヴィーヌがいつも言っていた言葉が思い出された。


「アルにはきっと、なすべきことがある。アルでなければできないことがある。それをすべき時になったら、持てる力全てを生かして、前に進みなさい。大丈夫、アルならできるわ」


 小さな頃から何度も繰り返し言われてきた言葉だった。最後に面会小屋で会った時にも言われて、思わず「うるさい」と言ってしまったその言葉。リュディヴィーヌは、全てを見通していたのだろう。いつかこの日が来ると知っていたのだろう。


「アル。どうしたい?」


 普段の調子で、レーニエが助け舟を出してくれた。レーニエはアルトゥールが「リュディガー」になってから、いつも、誰よりも近いところでアルトゥールを見守ってくれた。それは、ガルデニア公爵家にいた時のリュディヴィーヌの立場だったからかもしれないが。


 アルトゥールは目を閉じて5年前を思い出した。


 思いもしないタイミングで自分が現国王唯一の子であると知ったあの日。

 そしてそれから数日後、自分の存在を確実につかんだクロティルド妃によって暗殺されたかけたこと。

 死にかけた自分を守ってリュディヴィーヌが魔力を爆発的に開放した結果、体を壊してしまったこと。

 自分たちの存在を隠すためにリュディヴィーヌともども死んだことにされ、このミルトゥ辺境伯領に再び逃れてきたこと。

 レーニエがわざわざ自分の執務室の中で他の騎士たちから見つからぬように、兵学、経済学、農学、土木工学など、さまざまな知識を教えてくれる教師を手配し、「将来の騎士団長候補だから」という理由で教育を施してくれたこと。


 全てはアルトゥールを守り、将来憂いなくあるべき位置に置くために起きたこと。そして、クロティルド妃を排し、ヴィーゼルを弱体化させることができれば、リュディヴィーヌを守ることもできるはずだ。


 アルトゥールは目を開いた。アルトゥールの目つきが一瞬にして変わった。そして、一言、宣言した。


「この国を、あるべき姿に」


 変色の魔法薬は、本人がその効能を強く拒否すると解除される。目つきが変わるのと同時に、髪の色が銀色に、瞳の色がサファイアブルーにみるみる変化していく。


 おお、という静かなどよめきが起きた。アンジェリーヌ妃に瓜二つの顔、そして王家の血を証明する銀の髪とサファイアブルーの瞳に、重鎮たちは思わず立ち上がり、敬意を表した。レーニエが小さくうなずいている。


「座ってくれないか」


 全員が座ると、アルトゥールはドナシアンを見た。


「では、早速具体的な内容をご説明します」」


 アルトゥールは、30分ほどかけて計画を聞いた。分からない所は質問し、よりよいと思われる策を提案した。


「国内の貴族とは、密約を結んでおります。ここからは、殿下の存在と意志なしに動きません」

「わかった」


 重鎮たちから安堵の声が漏れた。


 会議が終わったところで、レーニエに声をかけられた。


「『アルシーア』に会ってこないのか?」

「今は、まだ会えません」

「だが、今、会っておかなかったら、次にいつ会えるかわからないぞ?」


 アルトゥールは首を横に振った。


「心配させるだけですから」


 その日アルトゥールはレーニエたちと一緒に、密かにフㇽラージュの国境を越えた。ヴィーゼルは多くの国を飲み込んだが、そのほとんどで統治がうまくいっていない。宗教や文化が異なる人々に、無理やりヴィーゼルのものを押し付け、以前の宗教や文化を守ろうとする人々を、中央から派遣されてきた官僚が激しく弾圧しているのだ。不満は高まっているが、それぞれがばらばらに動いただけではヴィーゼルの騎馬軍団に勝つことはできない。アルトゥールは、ヴィーゼルの属国となった国々をひそかにめぐり、内応を呼びかける旅に出たのだ。この動きがヴィーゼルに知られないよう、慎重に動かねばならない。


 エルに乗ると、厨房の外が見えた。厨房内にいるはずのリュディヴィーヌの姿は、当然見えない。


(リュディ、行ってくる)


 心の中でそう告げると、一団は静かに出発した。









 彼らが帰還するのは、3年後のことになる。


読んでくださってありがとうございました。

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