2 新女王即位200年前のフㇽラージュ王国
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(主人公のリュディヴィーヌさんが出てくるのは、もう少し先の話になります)
時は200年ほど前に遡る。
花の王国フㇽラージュでは先王の急逝により、成人したばかりの王が即位して2年経った。1年の服喪の後から結婚の準備を始めたエルキュール王は、初恋の幼馴染アンジェリーヌと結婚した。国民の誰もが、その仲睦まじさに目を細めた。
だが、幸せな時間は長く続かなかった。
フㇽラージュ王国の東に突然強大な草原の帝国ヴィーゼルが現れ、各国を次々に飲み込み始めたのだ。周辺の大国間に緊張が走った。東隣りにあった国が征服された後、エルキュール王は「中立国」を宣言した。中立国を宣言すると、どこの国からも助けてもらえない代わりに、どこの国も攻めることを許されない。小さなフㇽラージュ王国が生き延びるためには、もうそれしか思いつかなかったのだ。
中立国となったことで、フㇽラージュ王国は更に西側へと進攻しようとするヴィーゼル帝国と西側の国々との緩衝地帯となった。
特に、フㇽラージュ王国を挟んだ「海の王国」マーレンと「草原の帝国」ヴィーゼルの双方からの圧力に、若きエルキュール王は胃と精神を病んだ。王妃アンジェリーヌが官吏たちと奮闘したが、このままではフㇽラージュ王国が海のマーレン王国と草原のヴィーゼル帝国の戦場になる可能性が高くなった。中立国であっても他国が戦争をこの国で始めてしまえば、焦土と化す。犠牲も出るだろう。アンジェリーヌ妃を筆頭に、国の中枢が頭を悩ませた。
「仕方がありません。どちらかの国から姫君をお迎えし、王妃としましょう」
アンジェリーヌ妃の言葉に、大臣も官吏も難色を示した。
「それは、属国になるということですか?」
「我が国単体では、もう存立していくことは難しいのです。王国の体裁よりも、民の命が守る方が大切です。中立国にもなりえぬほど、この国は小さな国なのですから」
「ですが、それでは王妃陛下は……」
「わたくしはよいのです。側室になったとしても、陛下をお支えできる立場さえあれば、それで」
美しく賢いアンジェリーヌ妃の顔にはうっすらと隈が浮かんでいる。化粧をしても隠し切れぬほどに、アンジェリーヌ妃は疲れていた。大臣の一人が言った。
「ですが、属国化した結果、いずれ我が国が自治領の一つになってしまう可能性さえあります」
「否定はできないわね」
「確かに、皇族・王族をお迎えすれば、少なくともその方がいらっしゃる間は、攻め込まれることもなくなるでしょう。場合によっては側室ではなく、離縁を条件にされる可能性もありますが、その覚悟はおありですか」
宰相であるガルデニア公爵バヤールはじっとアンジェリーヌ妃を見つめた。
「ええ」
「ですが、国王陛下が納得なさるでしょうか」
「わたくしが説得します」
その場の全員が、アンジェリーヌに頭を下げた。
アンジェリーヌ妃は、ベッドから起き上がることのできないエルキュール王を説得した。長い時間かけて、懇々と。そして、エルキュール王から「アンジェに任せる」の言葉を引き出すと、官吏たちとどちらの国の下に降るか話し合った。そして、より勢いのある「草原の帝国」ヴィーゼルに下ることにした。
ヴィーゼル帝国側は、すぐにはこの提案を受け入れなかった。フㇽラージュ王国など蹴散らして併合すればよいという声が大勢だったからだ。
だが、ヴィーゼルの皇帝はフㇽラージュ王国が小国ながらも豊かな食糧生産国であることに着目した。草原を馬で駆け回っているヴィーゼル軍は、食糧調達の際に農民や食糧を扱う商人から強奪することが多い。当然、怨嗟の声が上がるし、うるさいからと皆殺しにしてしまう愚かな隊長がいるのも事実だ。
不必要なトラブルを避けられる上に安定した食糧供給が可能ならば、悪い話ではない。ヴィーゼルの皇帝としても、食糧生産の必要性について考えていた部分であった。
そこで食糧を税として納めることを条件にフㇽラージュ王国を庇護下に置くことを認め、皇女クロティルデを降嫁させることにした。
クロティルデ皇女は初め、側室が既にいるような王に嫁ぐことを嫌がった。だがエルキュール王の姿絵を見ると、フㇽラージュ王国行きを了承した。エルキュール王は線の細い美男子だった。それはヴィーゼル帝国には見られないタイプであった。
女性も馬に乗り、剣を振るい、戦闘に参加するヴィーゼル帝国の女性としては珍しく、クロディルデ皇女は文官タイプだった。戦闘に立たないということではない。兄弟姉妹よりも武具の扱いも下手で体力もないというだけで、他の国に行けば十分に立派な戦士である。文武どちらがより好ましいかと問われれば、クロティルデ皇女は「文」とはっきり答える、そういう女性だ。
父皇帝は自分の苦手な分野をクロティルデ皇女が補っていることをよく理解し、感謝していた。だが、他の家族や皇帝の側近たちはそうではなかった。大きな体で、ヴィーゼル帝国の人間としては小柄なクロティルデ皇女を威圧してくるようなことさえあった。
だからこそ、クロティルデ皇女は、他国のおとぎ話に出てくるような王字面をした男に夢を見た。
(この男ならば自分を脅すようなことはしないだろう)
そう、好意的に考えたのだ。
意気揚々としてフㇽラージュ王国に入ったクロティルデ皇女は、エルキュール王との結婚により、フㇽラージュ風に「クロティルド妃」と呼ばれるようになった。
クロティルド妃にとって誤算だったのは、エルキュール王があまりに弱かったこと、そしてその結果クロティルド妃が寝室に呼ばれることも、クロティルド妃の元にエルキュール王が訪ねてくることもなかったことだった。
クロティルド妃は、エルキュール王に対して庇護欲を持った。自分がこの王と国を守らねばならぬと強く決意した。
エルキュール王があの状態なのであれば、アンジェリーヌ妃が先に妊娠する可能性もないだろうとクロティルドは考えた。それならばとクロティルド妃は政治改革に乗り出した。
もちろん、アンジェリーヌ妃から政治的な力を削ぐことも目的の一つであったが、自分がヴィーゼル帝国の文官として帝国の繁栄に一役買ったという自負があった。目を通した限り、アンジェリーヌ妃のやり方はフㇽラージュ王国のスタンダードではあろうが、諸外国と相対していくためには不十分なものばかりだった。
「嫁いだ以上、私もこの国をよくする責務がある」
クロティルド妃は、本心からこの国の役に立ちたいと思っていたのだ。
最初、アンジェリーヌ妃やアンジェリーヌ妃を支持する官僚たちは抵抗した。だが、「政務は王妃の担当だ」と言えば、官僚もアンジェリーヌ妃も引き下がる他なかった。
まるで王になったかのような気分だった。国際基準に見合った法律に整備し直し、こっそりヴィーゼル帝国に都合の良い法案を作った。属国なのだから、このくらいは当然だと思った。地図を送り、軍の情報を流し、父皇帝からも「よくやった!」という手紙をもらい、クロティルド妃は有頂天になった。
だが、そんなクロティルド妃をよく思わない人々の方が、フㇽラージュ王国には多かった。
「このままでは、我が国はヴィーゼル帝国の中に飲み込まれます」
ヴィーゼル帝国の大きめの州よりも、フㇽラージュ王国は確かに小さい。それでも名目上では両国は友好国・同盟国であることになっている。それはヴィーゼル帝国の皇帝も了承していることであり、その協定に反するクロティルド妃のやり方はあまりにも横暴である。
そう反論したとある官僚は、その場で解雇された。クロティルド妃がヴィーゼル帝国から連れてきた近衛兵(本来なら彼らが近衛を名乗ることなどできないはずなのにそれが許されているところで力関係が知れるのだが)によってその官僚はシャトーの外に連れ出され、二度と城門をくぐることを許されなかった。騒ぎを聞きつけた同僚が、隠せた罷免された官僚の私物は、ごく一部だった。隠せた私物は何とか守られたが、それ以外の私物は全て焼却された。
しばらくしてから同僚がこっそりと私物を届けたが、元官僚は取り乱した様子で荷物を確認した。そして、「ない、ない」とつぶやくと床にへたり込み、すっかり憔悴してしまっていたという。さもあらん、まだ言葉を話せるようになる前に病死した娘を描いたたった一枚の姿絵が、永遠に失われてしまったのだから。
それ以来、官僚たちは表立ってクロティルド妃に反抗することはなくなった。ただ、先延ばしや計画の微細な変更などを繰り返し、本人も気づかぬほどに調整されて、クロティルド妃の思い通りとはならないように努めた。クロティルド妃もそれに気づいていたが、この国がクロティルド妃のやり方に慣れるまでのことだと、寛大な目で見ていた。
だが、ある日、クロティルド妃の癇癪が爆発する日がやって来たのだった。
読んでくださってありがとうございました。
政略結婚であっても国を背負って嫁いでくる方は、相当の覚悟なのだろうと思います。
それをないがしろにされたら、そりゃ怒るよね。
ということで、次回、クロティルド妃、爆発します。
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