17 偽りの葬儀
読みに来てくださってありがとうございます。
活動報告にも上げましたが、本日より夕方の更新といたします。
よろしくお願いいたします。
リュディヴィーヌが目覚めたのは、襲撃から三日後のことだった。痛みに耐えきれずに目を開いたリュディヴィーヌは、見慣れた天井を見上げた。
(どうしてこんなに体が痛いのかしら? 夜中に寝ぼけてどこかにぶつけたのかしら?)
いつもならマノンがリュディヴィーヌの起きる物音でノックをし、部屋に入ってくるの。だが、今日はなぜかマノンが入ってこない。
(いつもと違う時間に起きたとか? とにかく、いつも通りの一日が始まるのね……いつも通り?)
はっとして周りを見た。確かに、王都のガルデニア公爵邸にある自分の部屋だ。手を動かせば、あちこちに痛みが走る。顔に触れると、ガーゼが何か所にも当てられている。ようやく、リュディヴィーヌはあの襲撃事件を思いだした。
そして思い出した。
アルトゥールがどうなったのか、確認しなければ!
ベルを鳴らしたが、誰も来ない。仕方なくリュディヴィーヌはベッドから降りようとして、体中痛くて立つこともままならないことに気づいた。自分の体に鞭打って寝衣の上にストールを羽織り、痛みに耐えながらよろよろと歩いていく。
扉を開けようとして手首まで痛めていたことに気づいたリュディヴィーヌは、馬車の横転時、そしてその後、鉄板入りの座面からアルトゥールを守るために四つん這いのまま背中でいろんなものを受け止めていたことも思いだした。手首だって痛めるわけだ。
いつもなら十秒で歩き終える廊下を五分かけて進んだ。そして母シルヴェーヌの私室にたどり着くと、ノックをした。
返事はない。どこかに出かけたのだろうか。
一階に下りれば使用人に会えるだろうと、一歩ずつ、ゆっくりと階段を下りる。家族の団欒室の前を通り過ぎようとした時、父の声が聞こえた。
「では、葬儀についてはこの通りに」
嘘だ。
リュディヴィーヌの膝が震えた。
アルトゥールが死んでしまったというのか。
呼吸がうまくできない。壁に手をついて体を寄り掛からせただ、力がどんどん抜けていく。呼吸困難に陥ったリュディヴィーヌは、そのまま廊下に倒れた。
その音が室内にも聞こえたのだろう、団欒室の扉が乱暴に開けられた。
「リュディヴィーヌ! 起きたのか!」
父の顔がそこにあった。だが、鯉のように口をはくはくさせるリュディヴィーヌを見て、レーニエがリュディヴィーヌを抱き上げ、急いで室内のソファに横たえた。
「落ち着け。葬儀と聞いてパニックを起こしたのなら、心配するな。誰も死んでいない」
誰も死んでいない、という言葉に、リュディヴィーヌの体がこわばりを解いた。
「俺の指示通りにゆっくり、息を吐け。そうだ、それから大きく息を吸え。そうだ、それでいい。繰り返すぞ」
落ち着きを取り戻すと、そこに誰がいるのか、リュディヴィーヌにもようやく見る余裕が生まれた。
「リュディ!」
呼吸が落ち着くまではとシルヴェーヌに押しとどめられていたアルトゥールが、リュディヴィーヌに抱き着いた。
「……アル……」
「僕、死ななかったよ」
「ええ」
「リュディが助けてくれたんだ」
「私が?」
父バヤールが一つ咳払いをした。
「その格好でうろつくとは、公爵令嬢としてあるまじき姿だ。レーニエ殿、その、悪いが窓の外を見ていてくれないか」
「あ、失礼いたしました」
慌てた様子でレーニエがリュディヴィーヌから離れ、窓際に下がると、こちらに背を向けた。
「あの、状況を」
「まずはお前の部屋に行く。そこで話そう」
バヤールがリュディヴィーヌを抱き上げた。
「クラルティ先生も呼んでくれないか?」
「僕は?」
「ついておいで」
父に抱き上げられて、時間をかけて歩いた廊下を進む。階段の手前で、父が感慨深げに言った。
「お前を抱っこするのは、10年ぶりか」
そうだ。王城からアルトゥールを連れ出したあの日、アルトゥールを抱きながら必死にバヤールや護衛たちについていこうとしたリュディヴィーヌは、どうしても遅れがちになってしまった。バヤールは護衛騎士たちに任せず、自らアルトゥールごとリュディヴィーヌを抱き上げて、階段を走ったのだ。あの日のことを思い出し、リュディヴィーヌは目を潤ませた。
「当代きっての淑女が、他家の未婚男性の前にこんな格好を見せてはいけないだろう」
「ごめんなさい」
「もう、二度と話せないかと思った」
階段をのぼりながら父がぽつりと言った言葉。父親の腕に力が入るのを、リュディヴィーヌはしっかりと感じ取った。
部屋に戻ると、ベッドに卸された。アルトゥールが背にクッションをいくつも当ててくれるので、上体を起こしていてもつらくはない。痛みは再びぶり返しているが。
そこに、クラルティ先生がやって来た。独身のままガルデニア公爵家に仕え続けている魔法医は、リュディヴィーヌの顔を見ると少しだけほっとした表情を浮かべた。
「目が覚めたのですね。よかったわ」
クラルティ先生はベッドサイドに座ると、「少し見るわね」と言って、リュディヴィーヌの手を取り、魔力を流し始めた。そしてくまなくスキャンすると、いつもより硬い表情のままそっとリュディヴィーヌの手をベッドの中に入れた。
「いつもと違うと感じるところはありませんか?」
「右足の小指が痛いんです」
「右足?」
クラルティ先生は、男性陣にいったん部屋の外に出るように言うと、マノンと一緒に掛け布団をめくった。
「この辺りが痛いのよね」
そう言いながらリュディヴィーヌが右足の小指に触れた瞬間……。
クラルティ先生とマノンの顔が一瞬にして青ざめた。
「クラルティ先生? マノン? どうしたの?」
リュディヴィーヌが右足の小指を見た。そして、二人の顔が青ざめた訳を知った。
「間違いありません。これは……」
クラルティ先生の言葉を、リュディヴィーヌは手で制した。
「お父様だけ、中に呼んでくださる?」
マノンが廊下にバヤールを呼びに行くと、僕も、というアルトゥールの泣き声が聞こえた。
「ダメ。お父様だけよ」
マノンはバヤールだけ入れると、鍵をかけた。
「どうした?」
バヤールは、リュディヴィーヌが指さすものを見て、そして硬直した。
「まさか……」
「お嬢様には、弱い癒しの魔力しかなかったはずです。ですが、若君が命の危機に瀕したことで、爆発的な力を体内で生成し、若君を癒してしまわれた。魔力量が少ない人には二種類ありまして、一つがそもそも魔力量が少ない場合、二つ目が生存本能が強く働いて魔力にリミッターをかけている場合です」
「では、私、本当は魔力量が多かったの?」
「お嬢様の場合は、そうではありません。少ない魔力を使いすぎないようにするためのリミッターもあるのです。お嬢様は若君の命の危機に瀕して、癒しのために膨大な魔力を必要としました、理屈ではなく、本能的に、体がリミッターを外してしまったのです。足りない魔力を補う方法は二つあります。一般的には他人からの魔力譲渡が行われますが、リミッターを解除して魔力を強引に作る場合には……」
リュディヴィーヌも、バヤールも、マノンも、クラルティ先生から聞かされた「もう一つの方法」を聞くとうなだれた。
「では、わたくしの***は……」
「魔力に変換されたのでしょう。その結果が、右足小指の状態であるということになります」
リュディヴィーヌは唇をかんだ。そして、しばらく考えた。マノンが部屋の隅ですすり泣いている。バヤールの目も赤くなっている。
「お父様、先程、葬儀とおっしゃっていましたよね?」
「ああ」
突然話が変わったことに驚きながら、バヤールは肯定した。
「アルもリュディも意識がない状態でここまで運ばれてきたからな。アルについては、かわいそうだが、もう一度死んだことにしようということになったのだよ。アルもそれを受け入れた」
「ええ、それがいいと思います。そこでわたくしの提案なのですが」
リュディヴィーヌはバヤールの目をじっと見つめた。
「わたくしも、死んだことにしてくださいませんか?」
「なぜだ!」
「お父様は、アルをミルトゥ辺境伯家に預けようとお考えなのでしょう?」
「どうしてわかった?」
「ミルトゥ辺境伯領を出た瞬間に襲われたのです。もし生きていたとしても、わざわざミルトゥ辺境伯領にもう一度行くなんて、尊きお方もきっと考えないでしょう」
「……で、どうしてリュディまで?」
「何をおっしゃるのです。わたくしはアルの妻です。常に、夫と一緒にいますわ」
「だが、リュディは……」
リュディヴィーヌははしたないと思いつつも、バヤールの言葉を遮った。
「クラルティ先生。また魔力のリミッターが外れてしまった時には、同じ症状が出ますか?」
「そんな簡単なものではありません」
クラルティ先生は叱るようにリュディヴィーヌに言った。
「一度発症したら、進行を止めることはできません」
「止めることができない? リミッターが外れなくても?」
「はい。魔力を使わなくても、進行します」
リュディヴィーヌさえ、さすがにそれは予想していなかった。
「つまり、一度発症したら……」
「そうです。治療法も見つかっておりません」
リュディヴィーヌは目を閉じた。故アンジェリーヌ妃の「この子のことをお願いね」と言う言葉が、頭の中でリフレインしている。目を開くと、リュディヴィーヌは微笑んだ。その微笑みに、バヤールとクラルティ先生は息を飲んだ。
「わたくしのすべきことはただ一つ。アルが成人になるまで守り切ることです」
それは提案ではなく、宣言だった。
・・・・・・・・・・
三日後、ガルデニア公爵家次女リュディヴィーヌと、ガルデニア公爵家養子アルベールの葬儀が行われた。秘密裏に作成された精巧なデスマスクをつけた人形が棺に納められたが、誰一人それが人形だと思う者はいなかった。
聖堂の一施設である葬儀場に併設された火葬場に運ばれると、二人の魂を天に帰すため、聖火を種火とする業火で焼かれた。焼かれた後に残った灰は全て、王都を流れる川に流されて海と大地に帰される。
アンジェリーヌ妃も同じように空と大地と海へと帰っていった。
聖堂の火葬場に煙が上がったのを王城の窓から見たエルキュール王は、涙を一滴こぼした。わが子が、アンジェリーヌ妃の忘れ形見が、いなくなった。わが子を守るようにと命じた公爵令嬢も、命を落とした。
二人の命を失わせたのは、自分だ、とエルキュール王は思った。アルベールと言う名になったことは、バヤールから聞いていた。王家とのつながりを誰にも知られることなく大きくなってくれと毎日祈っていた。大切なわが子を遠くから見守ることさえできなかったと悔やんだ。
送り主の名を伏せて、花を贈った。
落ち込むエルキュール王を見たクロティルド妃は、エルキュール王が全て知っていたのだと理解した。その上でクロティルド妃にも誰にも自分の子供は産ませない宣言したということは、アルトゥールをいずれ王族に戻すつもりだったのだと気づいた。
(よくもコケにしてくれたわね)
クロティルド妃は、自分を欺き続けたガルデニア公爵家に起きた不幸を喜んだ。美しく完璧な淑女リュディヴィーヌを、いつかエルキュール王が側室として召し上げるのではないかと気をもんでいたのだが、その問題も解決された。
放った鷲は1羽しか戻らなかったが、補充は可能だ。イーリッカには教官としての才能があるようだとクロティルド妃は思った。
今回のこと、戻った鷲とイーリッカに褒美を与えなければ。
クロティルド妃は、「アルトゥール王子」という存在を消せたことに、満足していた。
……それが偽りの葬儀であることも知らずに。
読んでくださってありがとうございました。
***に何が入るかは、終わりの方で種明かしされます。
リュディたちの計画では、アルが生きていることは王様にも秘密です。
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