14 熊を狩る鷲
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アルトゥールの馬はエルと決まった後、二日かけてアルトゥールは一人でエルの高い背に乗れるように訓練した。
初老の馬丁が言った通り、エルはアルトゥールを「小さな友だち」と認定したらしい。
アルトゥールがエルの背に乗るために脚立に上って鐙に足をかけ、よじ登る練習をしている様を見てエルなりに考えたのだろう。四度目にアルトゥールが背に乗るために脚立に足をかけた瞬間、前足を折るようにして座り、乗れとばかりにブフ、と鼻を鳴らした。
「あ、これなら脚立はいらないね」
アルトゥールの言葉に、レーニエがぽつりと言う。
「エルってこんなに賢かったのか?」
ブフウ、を不満げに鼻を鳴らしたエルに、アルトゥールが抱き着いた。
「エル、ありがとう!」
満足げにアルトゥールを見た後、「早く乗れ」とばかりにアルトゥールの髪を軽く噛む。
「わかったから、エル、離して!」
解放されたアルトゥールは脚立なしに鐙に足をかけると、すっとエルの背に乗った、手綱を握ると、エルはそれを見計らったかのように身を起こした。
「うわあ!」
アルトゥールは一瞬落ちそうになったが、鞍と手綱をつかんで無事だったようだ。
「ブフ?」
まるで「大丈夫?」と言っているかのように、エルが首を回してアルトゥールを見る。
「うん、もう大丈夫。ありがとう」
エルがほっとしているように見える。リュディヴィーヌは、これまでも馬は賢い生き物だと知っていたつもりだった。だが、エルと話しているアルトゥールを見ていると、ある思いが浮かんだ。
(アルには、動物を心を通わせる魔力があるのではないのかしら?)
それを正確に判断するには、あと4年は待たねばならない。その日が楽しみだな、と思った時だった。
ガルデニア公爵家の馬車の整備をしている者がいる。明後日にはエルを連れて王都に帰ることになっているので、その準備だろうと思われる。だが、ガルデニア公爵家から連れてきた者ではない。ならば、ミルトゥ辺境伯家の従僕だろうか。
「リュディ! 僕もう、エルと大の仲良しだよ!」
馬場の奥からアルトゥールの声が聞こえ、リュディは手を振った。アルトゥールとエルの隣で、レーニエが自分の青鹿毛の馬に乗って並走している。エルは、レーニエの馬の子らしい。
そんなことを思いながらふともう一度馬車の方を振り返ると、先程の従僕らしき男の姿はなかった。
見間違い?
「どうかなさいましたか?」
昨日側にいた初老の馬丁とは違う男が声をかけてきた。
「いいえ、何でもないわ」
気になる。だが、それはレーニエに直接言った方がいいだろう。
乗馬訓練を終えたアルトゥールは、手を洗って軽食を食べているうちに、眠気が襲ってきたらしい。
「眠いの?」
「うん」
「じゃあ、お部屋に戻りましょう」
「うん」
リュディヴィーヌが抱っこしようとしたが、レーニエが「俺が連れていくよ」と言ってさっとアルトゥールを抱き上げた。リュディヴィーヌの腕は、アルトゥールを抱っこし続けてきたせいで、淑女らしからぬ鍛えられたものになっている。その腕の筋肉をもってしても、最近のアルトゥールの重さがきつくなってきていた。軽々とアルトゥールを抱き上げるその姿に、これからは護衛の騎士たちにも助けを求めようとリュディヴィーヌは思う。
部屋には、マルスラン式の防御魔法が掛けてある。レーニエも通れるように認証済みだ。三人とマノンで防御魔法の薄い膜を通り抜けながら部屋の扉を開けようとした瞬間、リュディヴィーヌは異変を感じた。
「どうした?」
「今、近くに魔法使いはいないのよね」
「ああ、前線にいるが」
「どんなレベルでもいい、とにかく魔法が使える人となると?」
「あんたも含めてそれなりにいるだろうな。まさか、防御魔法に反応が?」
「認証リストの人数が変わっているの」
認証システムに干渉できるほどの魔力を持つ者に思い当たらない、とレーニエは言った。
「そういえば、今日、うちの馬車の整備を誰かに命じましたか?」
「いや?」
「ガルデニア公爵家から連れてきた者は全て把握していますが、そうではない者が今日、馬車の整備をしているところを見たのですが」
「おい、すぐに馬車を調べろ!」
騎士が二人、走り出した。
「侵入者がいる可能性がある。邸の警戒レベルを最大限に上げろ」
アルトゥールが怯えている。
「大丈夫、ちゃんと守るから」
「様子が分かるまでは、悪いが俺もこの部屋にいさせてもらう」
その後、リュディヴィーヌはすぐに認証リストを確認した。知らない名前が二人分書き加えられていると分かったので、すぐに削除した。レーニエは持ち出しても問題がない書類をリュディヴィーヌとアルトゥールが滞在してる部屋に運ばせ、仕事をしながら様子をうかがっている。
「失礼します。報告に参りました」
「少し待て」
「は」
部屋に認証登録されていない騎士が、扉の向こうから声をかけてきた。普段レーニエの近くにいる騎士の声だ。レーニエは用心しながら扉を開けた。予想通りの人物が顔をのぞかせた。
「認証リストにあった名前に該当する騎士・兵士並びに使用人はおりませんでした。また、新しく雇用した者はいないため、侵入者であると判断しました」
「馬車の方は?」
「車輪の軸にひびが入っており、ある程度走ったところで軸が折れて馬車が動けなくなるように細工されておりました」
リュディヴィーヌはアルトゥールを守るように抱き寄せた。レーニエと目が合う。
「侵入者の確保は?」
「既に邸の外に出たようです。犬に足跡を追わせましたが、途中で途切れました。馬のひづめの跡がありましたので、馬に乗って逃走したものと思われます。馬の足跡を追わせています」
「わかった。引き続き調査と警戒を頼む」
「は」
レーニエはリュディヴィーヌとアルトゥールの側に来た。
「もしかしたら、帰り道に襲撃されるかもしれない」
リュディヴィーヌは、アルトゥールの体に力が入るのを感じた。
「王都の邸まで、俺もついていこう。魔力がある相手の場合どう出てくるかわからないから絶対に守るとは言えないが、ガルデニアの騎士たちに加勢できる」
「ありがとうございます」
アルトゥールがリュディヴィーヌよりも先にそう言うと、レーニエに抱き着いた。
「でも、僕のせい?」
「お前の正体がばれたのなら、可能性はある。だがな、俺たちはこのフㇽラージュ最強の騎士団であり、俺は最強の武人だ。できる限りのことはする。お前には不便を強いるかもしれないが、我慢しろ。いいな?」
「はい」
レーニエがちらりとリュディヴィーヌを見た。リュディヴィーヌは小さくうなずいた。
(あなたを、信じます)
口の動きだけで伝えられた言葉に、レーニエもうなずいた。
「さて、明後日出る予定だったが、明日出よう。こちらの動きを知っていたのなら、明後日出発のつもりで向こうは準備しているだろうから」
それから、慌てて帰り支度を始めた。とはいっても、リュディヴィーヌとアルトゥールはマノンに荷造りを任せ、帰り道に襲われそうなところをレーニエと検討した。
「人里から離れ、潜むことができる場所というと……」
いくつかの地点に印をつけていく。
「ミルトゥの領内だと、後処理も楽なんだがな」
「ええ」
レーニエが一緒にいてくれることで、リュディヴィーヌの気持ちは随分楽になっていた。
・・・・・・・・・
「鷲が一羽、戻ってきました」
キーファーは窓をコツコツとたたいた鷲を部屋に招き入れると、足に結び付けられた手紙を読んだ。
「ほう。そんなことが」
「なんだ?」
「クロティルド様の機嫌が悪くなりそうな話です」
「仕方がない、言ってみろ」
「『熊は生きていた』」
「なんだって!」
クロティルド妃が執務室の椅子から思わず立ち上がった。
「王子は死んだのではなかったのか?」
「ガルデニア公爵家には、10年前に今のミルトゥ辺境伯に生まれた双子の一人を養子としてもらい受けた子どもがいましたが、どうやらそれが熊ちゃんだったようですね」
「なるほど。つまり、あの日、王子は生き延びて、ガルデニア公爵がこっそり城から連れ出していたということか」
「そうでしょうな。もしかすると、リュディヴィーヌ嬢が結婚も婚約もしていないのは、熊ちゃんとの結婚が約束されているのかもしれませんね」
「許さぬ!」
クロティルド妃は叫んだ。
「熊を狩ってこい」
「御意」
キーファーが何やら手を動かすと、壁際にいた侍女がすっと動いた。
鷲(クロティルド妃専属部隊)がミルトゥ辺境伯領に向かって放たれた。
読んでくださってありがとうございました。
馬がお座りする現場を、いつかは見てみたい。
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