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私の愛した小さなあなた  作者: 香田紗季


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12 真実を伝える時①

読みに来てくださってありがとうございます。

よろしくお願いいたします。

 案内された部屋は、ガルデニア公爵家でも上等な客にしか通されないような、広くて上品な家具が置かれた部屋だった。


「素敵な部屋ね」


 リュディヴィーヌがそう言っても、アルトゥールは黙ったままだ。


「荷物が入るまでは応接にとも思ったんだが、話の内容がアレだからな、この部屋の方が外には聞こえにくいから」

「ご配慮ありがとうございます」


 窓から外を見ると、庭が見えた。ちらりと見て、合理的だな、とリュディヴィーヌは思った。庭の花は、ガルデニア公爵邸の者とは全く異なっている。花を純粋に楽しむための花壇ではなく、薬草園と言った方が正確だろう。


 そのままテラスに出て、薬草園でもある庭を見下ろす。ざわめく音に後ろを振り返ると、荷物が運び込まれてきた。専属侍女のマノンが指示している。


「マノン。大事な話をするから、荷解きを後にして、一緒にいてくれる?」

「かしこまりました」

「では、騎士団長閣下は外へ」

「いや、俺もいるよ」

「部外者です」

「いや、俺にも関係する話だ。それに、第三者がいた方がいいだろう」

「関係者ですか、第三者ですか、はっきりしてください」

「話の内容については関係者、かつ、冷静にあんたたちの関係を見られる位置にいる第三者」


 リュディヴィーヌは小さくため息をついた。このレーニエと言う男は、自分の思うままに行動する人物らしい。王都に出てこないのではなく、出せないのだろうとリュディヴィーヌは結論付けた。


「わかりました。どうしても必要とわたくしが判断した時以外は、口を挟まないでくださる?」

「いいだろう」


 リュディヴィーヌはソファに座った。少し硬めのソファは、長時間座っても疲れにくい、程よい硬さだ。アルトゥールはソファの向かい側に座ろうとしたので、その手を取って隣に座らせた。


 距離を置こうとしているなら、寂しいわ。


 リュディヴィーヌは、目を合わせようとはしないアルトゥールの手を自分の両手で包んだ。


「今からする話はね、本当は王都に戻ったら、少しずつするつもりだったの。なぜアルが軍馬に乗ったり、剣が扱えなければならないのか、知っておくべきだと思ったから。でも、ミルトゥ辺境伯家騎士団長閣下の話を聞いたら、アルはもう落ち着けないと思う。だから今、お話しするわ」

「わかった」


 リュディヴィーヌは、いつも身に着けているロケットペンダントを外すと、「開いてごらんなさい」とアルトゥールに言った。アルトゥールが言われたとおりにロケットペンダントを開くと、そこには夫婦の肖像画があった。アルトゥールの体が、小さく跳ねた。


「これって……」

「アルは、一度だけ陛下とお会いしているわ。でも、アルは覚えていないわよね」

「うん」

「でも、肖像画はうち(ガルデニア公爵家)にもあるから、この男性が国王陛下だということは分かるわね?」

「わかる」

「そして隣の女性が」

「僕の本当のお母さんなの?」


 口の中に苦いものがたまっていくように感じるが、リュディヴィーヌは「そうよ」とささやくように言った。


「陛下の、最初の王妃様でいらっしゃる、アンジェリーヌ様よ。アンジェリーヌ様は、このミルトゥ辺境伯家のご令嬢で、前の辺境伯閣下の妹に当たる方なの」

「最初の、王妃様……じゃあ僕は……王子なの?」

「間違いなく、王子として生まれたわ」

「生まれた?」

「ええ。アンジェリーヌ様と一緒に、アルトゥール王子殿下は亡くなったことになっているの」

「え……」

「アルが生きていると分かったら、アルは今、生きていないはずよ」


 アルトゥールの目に涙が浮かんだ。アルトゥールの体をぎゅっと抱きしめると、ぐすっと涙をこらえる音が聞こえた。


「アンジェリーヌ様と一緒に、乳母と、乳母の子も亡くなったわ。アンジェリーヌ様は、アルをベッドの下に隠して、刺客からアルを守ってくださった。陛下はアンジェリーヌ様の意を汲んで、乳母の子をアルであることにして、アルを城の外に逃がしてくださったの。誰よりも愛していたアンジェリーヌ様との子であるアルと離れるのは身を引き裂かれるほどの苦しみだったはずなのに、陛下はアルを守るために、そう決断なさった。でもね、生まれたばかりのアルを、ただ城の外に放り出すわけにはいかないでしょう? だから、事情を知るわたくしが『妻』となってアルを守るようにと陛下がお命じになったのよ」

「どうして本当のことを教えてくれなかったの?」

「アルには、家族の愛を知ってほしかったから。ちゃんと愛されているという安心感を持ってほしかったから。それに、赤ちゃんだったアルに夫婦って言っても、理解できないだろうって」


 ぐすん、という音が定期的に聞こえる。


「ごめんなさい、アル。あなたを傷つけるつもりはなかったの。本当に、ごめんなさい」


 わあああ、とアルトゥールが声をあげて泣き始めた。ごめんなさい、と謝ることしかできないリュディヴィーヌは、ただアルトゥールを抱きしめ、その背と頭を撫で続けた。いつもならしばらくそうしていれば落ち着くのに、今日は一向に泣き止まない。


 どうしよう。どうしたら、アルの悲しみを減らせるの?


 その時、レーニエが頭を掻きながら近づいてきた。


「あ~、ごめん、俺が不用意なことを言ったせいだよな」


 リュディヴィーヌは思い切りレーニエをにらんだ。


「ミルトゥ辺境伯家は、アルのことを軽んじているのですね」

「そうじゃない、悪い、俺、思ったことがそのまま口から出てしまうんだ」

「でしたら、その悪癖を直すべきかと」

「それができてりゃ、苦労しないんだよ!」

「もっと苦労すべきです! 家族だと思っていた人と家族ではないなんて重大なことを、初対面の人間に言われる子どもの気持ちを思いやれないような人に、騎士団の団長が務まるとは思えませんわ!」

「はあ? 俺、これでもこの国一番の武人って言われているんだけど?」

「頭の悪い武人のことを『脳筋』と言うそうですが、まさにあなたがそうですわ!」

「ノーキン? なんだよそれ!」

「頭の中まで筋肉でできていて、考えるためにあるはずの脳がないという意味ですわ!」

「それじゃ人間じゃねえ! 化け物だ!」

「そうよ、人の心が分からないような人は人間じゃないわ!」


 リュディヴィーヌとレーニエがにらみ合っていると、下から手が伸びてきた。はっとした二人は、手の持ち主の顔を見た。まだ涙で濡れた顔のままリュディヴィーヌにしがみつき、そしてレーニエをにらみつけている。


「あ、あの……?」

「僕の奥さんにちょっかいだすな!」


 アルトゥールが大きな声で叫んだ。


「ちょっかい……」


 レーニエはすっかり毒気を抜かれたような顔をした。そして、ワハハ、と大声で笑い始めた。


「なんだ、坊主。俺と張り合うか?」

「張り合うも何も、リュディは僕の奥さんだ!」


 リュディヴィーヌははっとした。リュディ姉様ではなく、リュディと呼ばれた。そしてはっきり「奥さんだ」と言い切った。


「アル? 怒っていないの?」

「僕はまだ子だから、タイミングを見ていてくれたんでしょう? 怒っていたんじゃないよ」


 アルトゥールは急に耳を赤くして、視線をリュディヴィーヌから逸らした。


「大好きなリュディが僕の奥さんなんだって思ったら……」

「思ったら?」

「一生一緒にいられるんだなって、うれしくなったんだ」


 そう言ってアンジェリーヌ妃そっくりの笑顔を浮かべたアルトゥールに、リュディヴィーヌは何も言えなくなった。これは……まだあのことは、言えない。


「だからリュディにちょっかいだすのを許さないからな!」


 レーニエを見ながら、アルトゥールがびしっと指さしてそう宣言した。レーニエは笑い転げている。リュディヴィーヌは、腕の中にいるアルトゥールをもう一度見た。ついこの前まで赤ちゃんだと思い、ただひたすら守ろうとしてきた子どもが自分を守ろうとしてくれている。アルトゥールの成長がうれしくて、リュディヴィーヌはアルトゥールの頬にキスをした。


「な、何するんだ!」

「夫の頬にキスをしてはいけないのかしら?」

「俺はいったい、何を見せられているんだ?」


 笑いながら、レーニエが言った。


「俺のことはレーニエと呼んでくれ」

「ではわたくしのことはリュディヴィーヌと」

「僕のことは、アルって呼んで!」


 気づけば三人はすっかり打ち解けている。はらはらしながら陰から見守っていたマノンは、そっと涙をエプロンで拭いた。まるで親子のようだなと思った自分は不謹慎だと叱られるに違いない、そんなことを思いながら、マノンは再び荷解きを始めたのだった


読んでくださってありがとうございました。

思ったことが口に出てしまうレーニエだからこそ、ここから先、アルの支えになっていきます。

それにしても、まだ言えない秘密って何なんでしょうね。

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