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私の愛した小さなあなた  作者: 香田紗季


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11 レーニエ、暴露する

読みに来てくださってありがとうございます。

世の中には、余計なことを言う奴がいる、という回です。

よろしくお願いいたします。

 アルトゥールを王都のガルデニア公爵邸に迎えた日から、リュディヴィーヌは一度も王都の城門をくぐっていない。一度だけ領地に行こうと計画したこともあったが、移動中にアルトゥールの安全を担保できないという理由で王都の邸にとどまり続けていた。


 今回、ミルトゥ辺境伯家のある北部に行けるのは、つい先日、新たな防御魔法が完成したからに他ならない。


 故アンジェリーヌ妃は、王城の魔法使いたちに多大な影響を与えていた。防御魔法を編み出したということも、出産時に魔力が乱れて防御魔法が機能しなくなったことも、魔法使いたちにとっては大きな出来事だった。


 アンジェリーヌ妃が刺客に襲われたことで最もショックを受けた魔法使いが、当時最年少の王城魔法使いだったマルスランという男だった。敬愛する魔法使いでもある王妃が、命を奪われた。それが暗殺だったことは国民には隠されているが、魔法使いたちは現場を見ているのだ。


 マルスランは10年間、新たな防御魔法の研究に打ち込んできた。魔法省からは研究開発費として大きな予算請求があった。クロティルド妃はそれに難色を示したが、宰相であるバヤールがそれを通した。マルスランはバヤールに感謝した。


 そしてついに、莫大な魔力を持って大きな空間を包み込むアンジェリーヌ式ではなく、魔力を蓄えて使いたい時に取り出せる「魔力タンク」と、それほど大きな魔力を必要としない、狭い空間に展開するマルスラン式の防御魔法を編み出したのだ。


 マルスラン式の防御魔法によって、馬までを含む馬車を防御することができるようになった。それだけではない。これまでは一度防御魔法を展開すると魔力を流し続けなければならなかったが、数時間、あるいは一晩と言った単位でも防御魔法を展開できるようになった。繊細な魔方コントロールが必要だったためにこれまでは不可能とされてきたが、そのアシストをする魔術式ができたのだ。


 この魔術式を書けるのはマルスランただ一人であり、必然的にその供給には時間がかかる。マルスランは第一号をエルキュール王に、第二号を躊躇うことなくガルデニア公爵家に寄進した。バヤールは宰相として予算を確保しただけでなく、ガルデニア公爵家としてもマルスランを支援してきた。そのことに恩義を感じてのことだった。


 魔力タンクとマルスラン式の防御魔法を組み合わせることで、微々たる魔力しかないリュディヴィーヌであってもアルトゥールを守りながら移動することができるようになった。この技術がなかったら、王都から馬車で5日も距離がある北部のミルトゥ辺境伯領には、行きたくても行けなかったはずだ。


 万全の準備を整えた。護衛の騎士たちもついてくれる。出発前夜、リュディヴィーヌはいつものように、隣にあるアルトゥールの部屋に入った。9歳まではアルトゥールと一緒に寝ていたのだが、10歳になったのだからと寝室を分けた。とはいえ、まだ眠りにつくまで不安がるアルトゥールのため、アルトゥールが眠るまでは添い寝し、それから自室に戻るようにしている。


「初めて王都から出られるね!」


 アルトゥールは、初めての旅行に興奮気味だ。疲れて熱が出るのではないかとリュディヴィーヌは心配でならないというのに。


「遊びに行くわけではないわ。アルの友達になる馬を探しに行くのよ。もしかすると、軍馬の扱いも含めた武術指南をしてくださる先生も探すことになるかもしれないわ」

「わあ、早く会いたいなあ」


 添い寝をしながらアルトゥールの頭を撫でていると、興奮が収まったのだろうか、少しずつ瞼が降りてくる。


「僕、もう名前を決めたんだよ」

「見てから決めるんじゃなくて?」

「うん。もう決めた」

「なんて言う名前?」

「エル(翼)。きっと、すごく早くて、翼が生えているようにジャンプできる馬だよ」

「まあ。会うのが楽しみね」

「うん」


 そのまま頭をなで続けると、やがてスースーという寝息が規則的に聞こえるようになってきた。どうやらリュディヴィーヌが持つ弱い癒しの魔力は、怪我や病を治すというよりも、人の心に働きかけてリラックスさせたり、穏やかに眠りにつかせたりする力らしい。毎晩、アルトゥールは、リュディヴィーヌの手で緩やかに魔法をかけられながら、穏やかに眠りにつく。無理魔力を注ぐわけではない。慈しんでいるうちに自然に魔力がアルトゥールを包んでいるのだ。


 完全に眠ったのを確認したリュディヴィーヌは、そっとその手を止めた。自分の魔力など何の役にも立たないと絶望したあの日。だが、この力はアルトゥールを育てる上で、確かに役立った。人の心を穏やかにする魔力というものはあまり聞かないが、人の能力なんて、役に立つ場所さえ見つけられればどんな能力でも人の役に立てるものだ、と気づかされたような気がする。


 その夜、リュディヴィーヌはなかなか寝付けなかった。自分にも癒しの魔法がかけられたらよかったのに、そう思いながら、ゆっくりと羊の数を数え始めた。いくつまで数えても眠れないので、あきらめてベッドから起き上がり、カーテンを開けた。寝待月が南中しているということは、夜中の3時くらいだろう。


 道中、何が起こるかわからない。前のミルトゥ辺境伯や、その息子である現ミルトゥ辺境伯とは何度も会っているが、レーニエという男とは会ったことがない。10年ぶりに安全な邸を、王都を出ることが、思ったより不安だったのだと、リュディヴィーヌは自分の弱さを認めた。


 でも、大丈夫。敵地に行くわけではないし、マルスランが作ってくれた防御魔法もあるのだから。


 リュディヴィーヌは月をもう一度見た。これから欠けていく月が新月を迎えるころには北部のミルトゥ辺境伯領にたどり着いているはずだ。せっかく外に出るのだから楽しまないと、とリュディヴィーヌは自分を鼓舞して、もう一度ベッドにもぐりこんだ。思ったよりも早く、眠ることができた。


・・・・・・・・・・・


 アルトゥールの銀色の髪とサファイアブルーの瞳の色を、王城からやって来たマルスランが魔法で変えてくれた。


「わあ、茶色の髪に、緑の瞳!」


 アルトゥールは印象が全く変わった自分の姿を鏡で見てはしゃいでいる。


「ミルトゥ辺境伯家に出やすいお色にしましたが……」


 マルスランとシルヴェーヌがハンカチで涙を抑えている。色彩はエルキュール王から、容貌は故アンジェリーヌ妃からそれぞれを受け継いだアルトゥールの色をミルトゥ辺境伯の色にしてしまえば、そこにはまるで男装した幼い日のアンジェリーヌ妃がいるように見えてしまう。色を変えた瞬間に、マルスランは失敗したと思ったのだろう、違う色にしようと提案してきたが、アルトゥールが気に入ってしまって提案を拒否し、変えられなくなってしまった。


「アルがよいと言っているのです。このままにしましょう。その方が、あちらでも受け入れやすいかもしれません」


 リュディヴィーヌの言葉に、周りの人間もうなずいた。


「では、行ってまいります」

「行ってまいります!」


 リュディヴィーヌとアルトゥールが乗った馬車に載せられた、マルスランの防御魔法装置が起動する。護衛の騎士たちも、携帯用の防御魔法装置を身に着けている。こちらはまだ実験段階のサンプル品だ。


 アルトゥールは既にリュディヴィーヌの膝に上に乗っている。こんなふうに甘えてくれるのはいつまでだろうか、そう思いながら、リュディヴィーヌはアルトゥールを後ろから抱きしめた。


 馬車はゆっくりと北部に向かって走り始めた。


・・・・・・・・・


 ミルトゥ辺境伯家には、予定通り到着した。そして、約束通り、ミルトゥ辺境伯とその弟レーニエも出迎えてくれた。


 だが、レーニエから開口一番にこんな風に言われるとは思わなかった。


「あ! こいつ、本当にアンジェリーヌおばさんにそっくりだな! なあ、兄さん!」


 アルトゥールの目が訝し気にリュディヴィーヌを見た。


「リュディ姉様、アンジェリーヌおばさんって、誰ですか?」

「は? お前、自分の母親の名前も知らないのか?」

「僕のお母様は、シルヴェーヌっていう名前だよ!」

「いや違うぞ」

「待って、やめて下さい!」

「あんたもさあ、どうして自分の夫に『姉様』なんて呼ばせているの?」

「夫? どういうこと?」


 アルトゥールの瞳が不安で揺れている。


「アル、お部屋に案内していただきましょう。そこでお話しします」

「わかった」

「へえ、ガルデニアの連中は、本当のこと、何にも教えていなかったのか」

「段階を踏んで話すことになっていました。今、あなた様が全部ぶち壊してくれましたが」


 不安で震えるアルトゥールの小さな手をしっかりと握り締めると、リュディヴィーヌは貴族らしい無表情に戻った。そして、握り合った手からそっと魔力を流し続けた。


 お願い、アルを落ち着かせてあげて。


 レーニエの意味ありげな視線をその背にうけながらも、リュディヴィーヌは振り返らなかった。最悪な男だ、と思いながら、リュディヴィーヌはアルトゥールと一緒に邸に入っていった。


読んでくださってありがとうございました。

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