重装甲魔導師団
重装甲の戦士と言えば?
分厚い鎧を全身に着込み、その下には鎖帷子があり、大きな盾を持ち、簡単に刃が通らない。
魔導士と言えば?
ローブなどを着て、味方の後方に立ち、杖から放たれる魔法で支援する。
では合わせたらどうなるか?
分厚い鎧と鎖帷子と大きな盾を持ち、敵の攻撃をその重厚な守りで受けながら敵に向かって魔法を放つ最高の重装甲魔導士が出来上がる。
それを実現した重装甲魔導士団がある街に存在した。
「すいません!!助けてください!!」
唐突に扉が開くと、土埃と血に塗れた白いローブを被った男がクランハウスへと転がり込んだ。
1階のラウンジには一人だけ男が朝のスープを飲みながら座っている。黒い短髪に顎からもみあげにかけて繋がった髭が、武骨な印象を与える横顔だ。彼は急に開いた扉に驚いた様子を見せず、顔だけ向ける。顔は太い眉と通った鼻筋が気の強そうな印象を与えた。
「すいません!助けて「聞こえとるわ!」
印象そのままに荒い南部訛りの男が静かに立ち上がると肩で息をしているローブの男に近づいた。
髭の男の身長は低い。170cmのローブの男が少し見下ろすくらいだ。だが、ローブの男の2倍はありそうな肩幅と胸板、半袖のチュニックから見える太い腕が、彼の肉体的な強さを物語っている。
「何黙っとんねん。助けが欲しいんだろ?詳細言うてみいや」
髭の男はあまりに不遜な態度かつ圧が強い。
「えっと、東のヌルドライ迷宮で……」
階段から騒ぎを聞きつけた男が一人下りて来る。今度は190cm以上はありそうなほどの身長と、長袖のチュニックの上からでも鍛え抜かれた体を持つことがわかる赤毛の男だ。どちらかと言えば生物的な畏怖を覚えるその男に、ローブの男は言葉を飲んだ。
「フルヴィオ、どうした?」
骨ばった男らしい顔の頬に付いた傷跡を撫でながら、赤毛の男は髭の男の名を呼んだ。
「ん?あぁ、なんやウッツか…こいつ助けてくれ言うて駆け込んで来た割に、中々内容話さへんねん」
「そりゃフルヴィオの口調が怖いんだろうよ、ローブの兄ちゃん安心しな。フルヴィオは怒ってるわけじゃない、これが普通なんだ。ゆっくりでいいから話してみな」
少し落ち着いたローブの男は体の大きいウッツの方を向いて頷くと、フルヴィオに向かって状況を話し始める。
「私達は5人パーティーで、ヌルドライ迷宮の18階層のボス部屋と思われる場所に挑もうとしてたんです。2週間かけて……途中までは順調で……」
「ほう、自分ら18階層まで行きよったんか!!ほなら、中級者……等級はC1からB3ってとこか?」
「はい、仰る通りです。なので、20階層を目標に進行していたんですが、ボス部屋直前で門番と思われる硬い皮膚を持ったトカゲみたいなやつに遭遇して敗走しました」
「あぁ~、確かにおったなぁ。そんな奴」
「一旦後退しようとした所に、倒したはずの後方のモンスター共がリスポーンしてまして……戦ったんですが、既に門番に敗れた後で体力も魔法使いの魔力も無く、岩の隙間に退避したんです」
ここまで聞いたところでフルヴィオは何度か頷いて、納得した表情をした。
「大方、その小部屋を守る為に回復薬の在庫を使って戦い、マナポーションで回復した魔力も使って隙間を封鎖したんやな。ほんで、二進も三進もいかなくなった自分らは、一つしかない帰還石を割ってここに助けを求めに来たと」
「……はい」
ダンジョンを探索する探索者にとって、帰還石は高価であるが保険になる物だ。
帰還石は魔法を閉じ込める珍しい石に転移の魔法を閉じ込める。
固有魔法の一種である転移魔法を使える魔法使いは一部とは言えど見つけようと思えばそれなりにいる。帰還石の利点は、魔法を封じるダンジョンの階層において使用できることだ。既に発動され、閉じ込めた魔法はダンジョンの魔法制限を受けない。
「あの……助けて頂けるんでしょうか?」
「ええで」
「ありがとうござ「待ちぃ、金額の話をしてないが大丈夫か?」
「……え?」
「ワシらだって、慈善事業でやってる訳ちゃうからな」
戸惑っているローブの男を見かねたウッツが「もし急ぎじゃないなら、救出まで時間はかかるが探索者組合を頼った方が良い。その為に高い組合費払ってるからな」と口を出した。
ウッツの言葉に「ほんまや、高すぎんねん」とフルヴィオは深く深く頷いている。その損得勘定にうるさい南部人仕草にウッツは口元を緩めているが、ローブの男は真剣に考えているようで、険しい顔つきのまま続ける。
「いや、うちの魔法使いは土魔法が不得意でいつ破られてもおかしくないんです!金額を…聞いても?」
「せやな、ヌルドライ迷宮の18階層やろ?うーん……まず今回の成功失敗によらずに依頼費が金貨10枚…救出成功が一人頭金貨5枚ってとこや」
金貨10枚は、ここらの地域では働かずとも、半年は宿と飯にありつける位の金額だ。それなりの覚悟どころか、4~5ヶ月ダンジョンでタダ探索を続けて何とかといった具合で、生活に直結する金額になる。勿論その金額にローブの男はたじろいでいた。
「じゃあ、全員救出で金貨30ま…い?」
「そうなるな」
「そんな金額は持ってません!!」
「分割でええで、ギルドの融資枠はアンタらのC~B等級だと一人頭2枚やろ?ちょうどええ」
少し希望が見えた顔をしたローブの男はもう一度悩む。
ギルドの融資は探索者としてはなるべく使わないように、先輩方に口酸っぱく言われる。それは急な出費に必要だという話であった。だが、これが緊急でなくて何であろうかと決心したローブの男は「お願いします!!」と頭を下げた。
「よっしゃ、契約成立やな」
口角を少し上げて契約成立を喜んだフルヴィオは、既に雛形が出来上がっている契約書を一枚引っ張って来ると、空欄に金額を記入しローブの男にサインを促す。
「自分は、この契約書にサインしたら一応ギルドに報告せい。ワシらは直ぐに出て迷宮に向かうさかい、そうやな~……迷宮まで馬車で半日やから、明日の夜までにはこの場所に居るから、ギルド職員と神官連れて迎えに来い」
「は、はい」
「ウッツ!メンツ選抜してくれるか?」
人選を任されたウッツは階段を上って二階に向かった。
サインを終えたローブの男はその場に突っ立って居たが、フルヴィオに「後は任せ」と言われ、小走りでクランハウスをから出て行った。
ウッツがチェーンメイルが擦れる金属音と共に自分の鎧を馬車に投げ込むと、重く腹に響く音がする。
全身を防護するプレートアーマーで、その重さは25kgにも及び、鍛え上げられた肉体でなければまともに動くことさえもできない代物だ。起き上がり方を知らないまま倒れた日には、そのままモンスターに食べられる事は間違いない。
「ウッツが今回の隊長やんな?」
同じように馬車の後ろにアーマーを投げ込んだフルヴィオがウッツに問いかける。
彼の手元には首元まである大盾を抱えるようにしている。ウッツでさえ胸元まである大盾は、フルヴィオが持つと猶更大きく見える。
木の芯材に表面と裏地に薄い鉄板が張られたこの盾は表から見ると、クランマークのみが描かれた質素な盾だが、裏側から見るとそれはそれは派手だ。裏面には幾何学模様の魔方陣がいくつも描かれていて、重装甲魔導師団はこれを使って戦闘を行う。
「今日はそうだ。盾つけるの手伝うぞ」
「おう」
これもまた15kgに迫る大盾を二人が協力して馬車の側面に縛り付けると、次々に重たそうに装備を持った者達が集まり始めた。最初は転移魔法を固有魔法とするカーターが来る。カーターはこの中で一番男臭い見た目をしていた。そこら辺のゴロツキと言われても仕方ない傷だらけの顔にウッツよりも大きい堂々たる体躯、後ろで結んだ金色の長髪と無精髭だ。この見た目で繊細な魔力操作を必要とする転移魔法を使うのだから、人は見た目で判断できない。
見た目で判断できないと言えばもう一人、次は強化魔法が固有魔法のブランドンが重たそうに荷物を抱えながらゆっくりと歩いて来た。ブランドンは身長こそ普通だが顔が良い優男である。体も他の者に比べて薄く、重装甲魔導師団において逆に目立つ存在だが、彼の得意分野は肉体を強化する強化魔法を使っての肉弾戦だ。これもいい例だろう。
最後に見た目通りの男、北国出身の薄い栗色の短髪を持ったヴォイチェフが小走りで来る。ヴォイチェフは固有魔法を持たないが魔力が非常に高く、クランで一番若いにもかかわらず、その魔力量は一番だ。背格好は普通でローブを着て居ようものなら、そこらの魔導士のような印象を受ける。
「えぇメンツやな」
「俺に感謝しろよ」
「あいよ~」
御者としてヴォイチェフとフルヴィオが前に座ると、重量に慣らすようにゆっくりと馬車が進み始める。ガラガラと地面を擦る車輪の音がいつも通り大きい。これは彼らにとって慣れた日常で、これからの行動の為に、石を踏むたびに飛び上がる馬車の中でプレートアーマーが激しく金属音を立てようと眠ることが出来る。そして、ウッツが起きるのはいつも通り目的地に到着する直前だった。
ダンジョンの入り口だけは整備されている。
いつダンジョンからモンスターが溢れ出しても良いように、落とし格子とそれを設置するために周辺を切り出した石壁で固めている。出入口の側にはそれを管理する国の職員とクランの職員が一人づつ居た。本来のダンジョン入り口は洞窟のような物なので、一目見たら地下監獄へ続く道のように見える。今この時、中で助けを待ってる奴らからしたら、それよりも悪いものかもしれない。
「おぉ、重装甲魔導師団の方々じゃないですか」
馬車から荷物を下ろし、互いに装備を付け合っていると、クランの職員が話しかけて来た。
「依頼があったんでね。救助任務です」
今回の隊長であるウッツが、フルヴィオに装備を付けてもらいながら答えた。その様子に国から派遣されている職員は、何事かと様子を伺っていた。恐らく新人だろう。
「それはご苦労様です」
「特に何か様子が変とかは?」
「全く、平常運転のヌルドライ迷宮です」
となれば、いつも通りのC~B3など中級より少し下程度の難易度だ。
ウッツはひとまず安心材料を一つ得た。今この場に居る重装甲魔導師団員の中で一番低い等級は、ヴォイチェフのA2になる。続いてフルヴィオとブランドンのA1で、カーターはS3ウッツはS2だ。かなりの余裕を持って攻略できる。
「ありがとうございます。私たちは直ぐに入ります」
「お気をつけて」
ウッツが職員と会話を終えるのと、彼が自らの手甲の紐を締め終わるのは同時だった。
そして、準備を終えて大盾に体を預けてウッツを見つめるパーティーメンバーに向き直る。
「よし、お前ら仕事の時間だ」
「冒険の時間やろ?」
「それでもいいな」
ダンジョンの浅い層である1~5階層は、彼らの足を止めるモンスターはいない。
ブランドンがパーティー全体に彼の固有魔法である強化魔法を使い、全速力で浅い階層を駆け抜ける。強化魔法は筋力と持久力を上昇させるもので、1階層にいるスライムなどは、彼らの100kgを越える重量が走り抜けるついでに踏みつぶして粉々に砕け散る程度の敵でしかなかった。
5階層の後半、この階層で出現するゴブリンを先頭のウッツが走る勢いのまま吹き飛ばした。
続いて愚かにも行く手を塞ぐように出て来たゴブリンが、ウッツの大盾の一振りで壁に叩きつけられ、そのまま絶命する。初心者のF等級であれば大苦戦、初級とも言えるE等級であればそれなりの時間がかかるゴブリンも、彼らにとっては路端に落ちている小石と変わらない扱いだ。
「ブランドン!強化をもう一回使え!10階層まで一息で突っ切るぞ!!」
縦列で走る集団の先頭から後方のブランドンまで声が届く。
ウッツは自分の体にかかる鎧の重みを少しづつであるが感じ始め、息が徐々に荒くなっているのを感じていた。これは強化魔法の効果が切れ始めている事を示していた。別に彼らほどの実力があるのであれば、5階層程度で強化魔法が切れようと問題ないが、今回は時を争う救助任務であるためにもう一度の強化魔法を要請したのだ。
ブランドンはウッツの声に「了解!」と応えると、魔法の詠唱を始める。
固有魔法は共通化した魔方陣がなく、個人の頭の中のみに呪文が存在し、それを口に出して効果があるのも固有魔法を持つものだけだ。
「我、強き力を望む…長き息を望む…頑強な体を望む!」
彼の右手に持った杖が僅かに煌めいたような気がした。
それと同時に重くなり始めた鎧も軽くなり、上がり始めた息も落ち着き始める。
「よし!このまま行く!止まるなよ!!」
パーティーは順調に階層を突破していった。
階層のボスとされるモンスターに邪魔される前に全力で駆け抜けて行く。普通に攻略しようとすると1階層につき平均して半日はかかると言われているダンジョンを、彼らは2時間程度で突破していた。
戦闘を避けて重たい装備が擦れる金属音と、重たい足音を鳴らしながら走り抜ける。おおよそダンジョン内に居る探索者というよりも軍隊の行軍などに見える。
「10階層を終えたぞ、この場所で一度休憩だ」
「ほんまにこれは冒険ちゅうより、仕事やな」
最後の方に解けかけた強化魔法の影響を受けてフルヴィオは、大きく息を吸いながら肩で息をしている。
「フルヴィオさん、それ毎回言ってますね」
「そんなわけあらへ「仕事中のフルヴィオの口癖だからな」」
フルヴィオの言葉を遮るようにカーターが口を開いた。
そこからいつものように下らない話が始まる。最近彼女がどうだとか、あの酒場の女がかわいいだとか、食事を摂りながら真面目にダンジョンの話をしたりもして、ダンジョンの中で眠りに就く。
彼らは助けを待っている人がいるのに随分と気楽ではないか?と言われるかもしれないが、命を左右する状況にある時は、緊張と緩和が大事なのだ。人間は常に気を張っていられる生き物ではない。
翌朝目覚めた彼らは軽く準備運動をすると、再び鎧をお互いに装着し合い、大盾と杖を持ちダンジョンの中を進み始める。ここからは昨日までのようにペースは速いが走り抜ける事はしない。
襲い掛かってきた虫型のモンスターを、大盾で壁に押し付けて魔法を発動し、やわらかい腹部から風魔法で体を貫く。オークの棍棒を盾で防ぎながら、火炎魔法を放ち火だるまにする。ひとつひとつのモンスターに適した攻撃方法で、効率よく、そして素早く倒しながら最短経路を進んで行った。
「18階層まできたでぇ!」
嬉しさと仕事の真面目さが共存した表情で、フルヴィオが杖で地面をコンコンと叩いた。
その硬度で”鉄木”とも呼ばれるカネリコの木で出来た重装甲魔導師団の杖は、ダンジョンの中で小気味のいい音を立てて、反響した音が奥から帰って来る。
ウッツは少し首を回して肩回りの疲れを確認した。ダンジョンの中には勿論陽の光が無いが、体の疲労感から言ったら、夕方近くになっている感覚を確かに得た。もうそろそろ救出の約束をした夜がやって来る。
「ここからは慎重に行くぞ、声を掛けながらだ。陣形を組め」
ウッツの号令と同時とも言って良いほどの速さで、素早く中央に火力役のヴォイチェフを置いた四角形の陣形が出来上がった。クラン内で誰とパーティーを組んでも、これが出来る連携を持つことが彼らの強みだ。
「おーい!どこにおるーー!?助けに来たぞぉーー!!!」
ダンジョン内で大声を出すなどモンスターを呼び出す御法度行為も、彼らはやらなければならない。いくら余裕を持って攻略できるダンジョンの階層と言えど、数が集まれば厄介であることに変わりはなく、事故の確率も上がる。それが救出依頼の難しさだった。
「返事が無いな…無駄足はやめてくれよ」
ブランドンが放った余計な一言にウッツは「まだ息を潜めなければならない状況なのかもな」と、窘めるように言った。今までも無駄足だったことなどいくらでもあったのだ。命を落とす事がダンジョンを探索すると決めた者達の終着点であることなど珍しくない。
「モンスターが来ませんね」
小さな亀裂や隙間も見逃さないように時間を掛けて丁寧に進んで行った彼らに、大声を出しているのにもかかわらずモンスターが集まってこない。
全員の頭の中に依頼者パーティーの生存の可能性と死亡の可能性が出て来る。生きているのならばその場所にモンスターが集まっているだろうし、死んでいるなら更に食べられているのかも知れない。
ひとつ確実に言えることは、どこかにモンスターが密集しているという厄介な状況だ。それが階層のボスと一緒の場所だった場合などは、それなりの時間が取られることになるだろう。
一番最初に声を上げたのは一番目が良いカーターだった。
「あれ…あそこ…影が蠢いてません?」
全員が目を凝らしてみると、確かに影が蠢いているように見えた。全員が松明の代わりに胸元に付けている指向性のランプを絞った。より細く、遠くを照らしたその光線がいくつかの小さい丸に反射する…何かの目だ。
「総員、戦闘準備!」
ウッツの号令と共に胸元のランプを消灯し、全員同時に光魔法を放った。
辺り一面が薄くだが確実に見える光が辺りを包み込み、一番奥まで放たれた光魔法はダンジョンの天井に着弾すると、その下に蠢く大量のオークを照らした。
そして、奥に控える2頭の大きなオークと、ひと際大きな1頭のオーク。
「おい、ありゃ門番とボスとちゃうか?」
「間違いなくそうっす!それに、大量の雑魚まで引き連れてる!!」
ウッツにはヘルムの中から聞こえる声色だけで、フルヴィオの苦虫を噛み潰したような顔と、ヴォイチェフの焦った顔が分かった。
「もう少し狭い所で迎え撃つ!!進め!!」
掛け声と共に重装甲魔導師たちは、横の壁が狭くなりチョークポイントとなっている場所に向かって駆け出した。
モンスターも新しい獲物が向こうからやって来るのに反応しない訳がない。こちらに向かってバラバラと突進を始めた。
「強化魔法!!」
「我、強き力を望む…長き息を望む…頑強な体を望む!」
「盾を壁にする!土魔法!!」
チョークポイントに先に到達したのは、強化魔法で加速した重装甲魔導師達だった。
四角形の陣形を崩し、チョークポイント(地形の狭隘部)に横一列に並ぶと、全員が大盾の裏に描かれた魔方陣にカネリコの杖を当てた。その瞬間に盾の下の土が盛り上がり、大盾の下部を補強する。完全に地面に固定された形だ。そして全員が揃った動きで体を大盾に肩を付けて体重を預ける。耐衝撃の体勢だ。
「耐えろよぉーー!!」
ウッツが出した腹からの声に合わせるように、構えた盾に次々と衝撃が襲った。
一般人であれば怪我で済まないオークの突進だ。それを彼らは身体強化して構えた大盾と固定の為の土魔法で完全に受け止める。
ウッツは両隣に並ぶ者達の表情を見た。全員がオークの突進に慣れた様子で、構えた大盾の裏で次の指示を待っている。それに応えるように「まだだ!」とウッツが叫び、時間が一歩進む度に全員の大盾に加わる力が、オークの数と共に増え続けた。
数にしてオークの3分の2ほどを引き付けたところだろうか、ウッツが深く息を吸い、全員に伝わる大音声を発する。
「火炎魔法!正面の標的にロングアクション、いっぱぁーつ」
「「「「いっぱぁーつ」」」」
使用魔法の種類、標的の方向、魔法を使う時間の長さ、その量を簡潔に全員に伝え、それを確認した彼らは大盾の裏にある魔方陣にカネリコの杖を当てた。
「よぉーい!!」
「「「「よぉーい!!」」」」
全ての用意が完了した。
「てぇー!!」
放たれた30秒の火炎魔法は暗いダンジョン内を煌々と照らし、重装甲魔導師の大盾と鉄の鎧を熱していく。この短い時間に顎から汗が滴り、地面に落ちると熱で直ぐに気化していく。
過酷な環境だ。特に新人のヴォイチェフはモンスターが焼ける焦げ臭さを感じると共に、徐々に加熱していく大盾を持ち続ける事に限界を感じ始めていた。だが、それは多少の差があろうと全員が感じている事で、誰も弱音を漏らす事はない。
「やめぇ!!」
「「「「止め!!」」」」
ウッツの号令で火炎魔法の発動が終わると、耳元で轟轟と音を立てていた火の勢いが弱まり、ダンジョンの中とモンスターが燃えたパチパチという破裂音が聞こえるようになった。
「水魔法!正面に拡散!!ロングアクション、いっぱぁーつ」
「「「「いっぱぁーつ」」」」
「よぉーい!!」
「「「「よぉーい!!」」」」
続いて全員が杖を水魔法の魔方陣に合わせる。
「てぇー!!」
時間にして20秒にわたる水魔法の発動。周囲に横殴りの雨のように拡散していった水魔法が残った火種を消火し、激しい蒸発音と共にダンジョン内の空気と、重装甲魔導師達が身に着ける鉄の装備を冷却していく。
「やめぇ!!」
「「「「止め!!」」」」
「続いて風魔法!!正面の標的!ショートアクション、さんはぁーつ」
「「「「さんはぁーつ」」」」
「よぉーい!!」
「「「「よぉーい!!」」」」
ダンジョン内に充満した白い蒸気が5秒の風魔法の3回で、徐々にダンジョンの奥へと押しやられ、霧散させていく。
「やめぇ!!」
「「「「止め!!」」」」
火炎魔法で標的を焼き、水魔法で周囲を冷却し、風魔法で視界を晴らす。これが重装甲魔導師団の基本となる集団戦術だった。
ようやく落ち着いたダンジョン内の状況を把握しようと、一番最初に盾の向こうを覗いたのはウッツだった。その視界に広がったのは黒く焦げたモンスターの死体に、白い煙を上げる壁に張り付いた植物。奥の方に残っていたオークは、熱にやられてるか酸素不足で昏倒していた。それはひと際大きな体格を持つ門番も一緒で、奥で巨体が横たわっていた。唯一膝を付いただけで済んでいるのは、一番大きな階層ボスのオークだろう。
「倒れている奴のとどめはカーターだ!最後尾に入れ!!進むぞ!!!」
ウッツの声に反応した重装甲魔導師達は、一気に体の大きなオークの元へと距離を詰めた。
階層に出るモンスターの種類は変わらないが、ボスや門番は時々変わるのだ。これが厄介なボス出ないことを祈りながらの突進に、気が付いたボスオークは必死に身体を起こす。そこで全員がボスの正体を確認した。
「オークヒーローだ!魔法はいらん!突っ込め!!」
ボスは前回来た時と変わらない。であればこの前にやった攻略法の繰り返しだ。
フルヴィオが先頭でオークヒーローの左足に突撃し、大盾でカチ上げると力のままに地面へ倒した。倒れたオークヒーローの胸の上へウッツが、顔の上にブランドンが大盾を押し当てた。
そのままウッツの合図に合わせて魔法が放たれた。藻掻いていたオークヒーローは幾度か体を痙攣させると沈黙する。
「よし、終わりだな」
周囲の生きていそうな個体へのとどめの魔法は、一方的なボス戦の間にカーターが終わらせていた。
「さぁ!探すでぇ!!」
「いや、探さなくてもオークが集まってたところだろ」
戦闘の連続で興奮気味なフルヴィオが気合を入れたところで、冷静なカーターがオークたちが集まっていた壁を指さした。
全員の視線が集まるその壁は、一見何の変哲もないダンジョンの壁であるが他と違うところがある。魔導師達の火炎魔法で周囲の壁は植物は焼け焦げていたが、そこは綺麗なまま残っていたのだ。
「んー、こりゃプロテクションか?」
ブランドンは目を細めて観察しながら近づいていく。結構ありきたりな固有魔法ではあるが、魔法と物理攻撃を一時的に弾くプロテクションが掛かっていそうだ。ありふれている分、個人の力量と魔力量に依存することが多い魔法だが、オークの大軍と我々の魔法を防ぎ切ったのだから、救助要請をしたパーティーは良い魔術師を連れていそうだ。
「ほな、ノックでもしてみよか?」
「なぁーに言ってんだ。普通に声が通るんだから、大声で話しかければいいだろ」
フルヴィオの冗談にブランドンがツッコみ、それを承諾するようにウッツが頷く。
「おーい!助けに来たぞ!!プロテクションと土魔法を解いてくれ!おーい!!」
プロテクションも土魔法も解けず、反応は無い。
「ん?おらんのか?」
「いや、居るだろ……信用できないのかも?」
「このダンジョンには人間に擬態するモンスターはいないんだがな…本当にノックでもするか?」
「おーい、あんたの仲間が呼んだ重装甲魔導師団だ!!聞こえたら魔法を解いてくれ!!」
やっと声が届いたか、それとも信用してくれたのかプロテクションが解けたのが分かった。続いて土魔法が解けると、人間ひとりが通れるような亀裂の奥に、幾つかの目がギラギラと暗く輝いているのが見えた。
「大丈夫か?無事か?出て来てくれ、転移魔法で街に帰ろう」
「本当に人間ですか?」
「あぁ、帰還石を使ったあんたの仲間の白いローブの男が居るだろ?そいつに感謝しな」
知っている情報を聞いてようやく安心したのか、亀裂の奥からひとりまたひとりと探索者のパーティーが出て来た。スカウト、魔法使い、戦士の3人だ。帰還石を使ったのは神官といったところか、バランスのいいパーティーである。
「よし、カーター頼んだ」
「あいよ、それじゃあ皆集まってお互いの体に触れてくれ…」
カーターに触れたウッツとヴォイチェフに続くように、お互いに触れて人間の鎖を作る。それを確認したカーターは、固有魔法である転移魔法を発動し……
「帰ったぞぉ!!」「久しぶりの我がクランハウスや」
転移魔法の先はクランハウスの一部屋だった。一通り喜んだ後、そのまま助けた者達をラウンジに連れて行くと、そこにはクランマスターと騎士団に探索者組合の副組合長、それに回復が出来る神官二人がいた。奥には救助を求めに来た白いローブの男もいる。
「ほな、あとは感動の再会でも楽しんでくれや」
泣きながら喜ぶ探索者パーティーを微笑みながら見守っていた、ウッツ達の元へクランマスターがゆっくりと歩み寄ってきた。鍛え上げられた体を持つ壮年の男、長身と年齢にもかかわらず整った顔は、クランメンバー達にとって年を取った後の目標だ。
「おう、ご苦労だったな」
「マスター、しっかりと稼いできましたよ」
「ありがとよ、助かる」
「わざわざマスターが何の用で?」
正直この救助任務はありふれた話で、クランマスターがわざわざ労いに来るような内容ではない。
「あぁ、それなんだがな。拠点を変えよう」
「拠点を?ということは」
「そうだ、ダンジョン探索再開だ…目標は全てのダンジョンの踏破」
「おぉ!ついに再開するんですね!!」
「あぁ、活動資金も溜まったからな。うちの美人の秘書曰く、十分だそうだ」
この話を聞いた皆の心には「遂に…」という言葉が浮かぶ。
探索者を一度でも名乗った者は全員が憧れるダンジョン全踏破を重装甲魔導師団は目指そうとしているのだ。
「1週間後に次の街へ出発だ。準備しておけよ」
団長が言葉を終えて立ち去るや否や、普段は至って落ち着いた行動をするウッツでさえ、気の早いことに準備に早速取り掛かり始めている。
これは彼ら重装甲魔導師団が10の街の10のダンジョンを踏破する物語……
はじめまして。都津 稜太郎と申します!
再訪の方々、また来てくださり感謝です!
今後とも拙著を、どうぞよろしくお願い致します。




