第六話『玄関の向こうへ』
――トン。
……トン。
足音が重なる。
冷たい床の上、二つの影がひとつになろうとしていた。
男は、息ができなかった。
“もう一人の自分”がすぐ目の前にいる。
その顔は、自分のようでいて、どこか違う。
目の奥に、深い闇を湛えていた。
「どっちが本物だと思う?」
声が響く。
自分とまったく同じ声で。
「俺は……俺だ」
「そうだね。でも、玄関の中にいる“俺”が、本物なのかな?」
冷たい笑み。
指先が、ゆっくりとドアノブに伸びていく。
> 「外と内を、入れ替えよう」
その言葉に、背筋が凍った。
開けてはいけない。
わかっている。
だが、体が動かない。
カチャリ――。
ドアが、ゆっくりと開いていく。
外の空気は異様に静かで、音ひとつしない。
覗き窓の向こうに見えた“外”が、そこにはなかった。
あるのは、真っ暗な空間。
闇が、波のようにゆらめいていた。
もう一人の“自分”が、その闇に一歩踏み出す。
そして振り返り、微笑んだ。
> 「次は、君の番だよ」
その瞬間、男の足元にあった濡れた足跡が、
外へと伸び始めた。
玄関の内と外が、境界を失う。
視界が揺らぐ。
部屋の中の色が反転する。
息が白くなり、音が消え、世界が――裏返った。
気づけば、自分はドアの“外”に立っていた。
玄関の中には、もう一人の“自分”がいた。
彼はゆっくりとドアを閉める。
> 「置き配、完了しました」
カチャリ。
金属音が響き、扉の向こうが静寂に包まれた。
――そして、二度とチャイムは鳴らなかった。




