第五話『二人の足跡』
朝。
目を覚ますと、部屋がわずかに冷たい。
窓は閉まっている。
暖房も切れていない。
だが、空気の“温度”が違っていた。
何かがいる。
そう感じる。
玄関を確認すると、あの段ボールは跡形もなく消えていた。
代わりに、床には濡れた足跡が二列。
ひとつは自分の。
もうひとつは、少しだけ右足が外を向いていた。
「……誰だ」
思わず声が漏れる。
返事はない。
ただ、部屋の奥から“自分の足音”が返ってきた。
トン……トン……
まったく同じ歩幅。
まったく同じリズム。
音は確かに、リビングの方から近づいてくる。
ドアを開けた。
そこに──自分がいた。
鏡を見ているわけではない。
もう一人の“自分”が、こちらを見て立っていた。
だが、その表情が違う。
笑っている。
不自然なほど、穏やかに。
「おはよう」
そいつが言った。
声も、自分の声だった。
「……何だ、お前は」
問いかけると、もう一人の“自分”は首を傾げた。
そしてゆっくりと、玄関の方を指差す。
> 「君が呼んだんだろう? あの荷物で」
脳の奥が、ぐらりと揺れた。
呼んだ? 俺が?
> 「受け取ってくれたから、やっと出られたんだ」
その声は、どこか哀しげで、安堵しているようでもあった。
男は一歩後ずさる。
しかし床が濡れて滑り、倒れ込む。
見上げた視界の端で、“もう一人の自分”がこちらに歩み寄る。
その足跡は、冷たく、確かに残っていった。
二つの足跡が、やがて一つに重なる。
目の前が、暗くなった。




