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おっさん異世界でフグをさばいていたら伝説になる  作者: 北真っ暗
2つ目の伝説

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第87話 帰るまでが冒険

 日が傾き始め、湿地帯に長く伸びる影が水面に揺れていた。

 あれから探し続けているが、目的の生き物――瓦蟹は、いまだ姿を見せない。

 足を踏み出すたびに、水を含んだ土が嫌な音を立てる。

 ローレンスとアルトは、目に見えて動きが鈍くなっていた。

 肩で息をし、無意識に歩幅が狭くなっている。体力の限界が近いことは、誰の目にも明らかだった。


「……まだ、いけるか?」

 ライカは振り返り、できるだけ軽い声でそう声をかける。

 2人を元気づけたいという気持ちと、ここで失敗だけはしたくないという焦りが、胸の奥でせめぎ合っていた。


「大丈夫……とは言えないけど、動ける」

 ローレンスは苦笑しながら答える。

 アルトも無言でうなずくが、その足取りは重い。

 一度確認した罠には、どれも瓦蟹の姿はなかった。

 仕掛け直し、場所を変え、再び探す。その繰り返しだ。

 今のところ見つかったのは、抜け殻と、半ば朽ちた死体だけ。

 生きている個体には、まだ一度も遭遇していない。


「……時期が悪いんじゃないか」

 アルトが、ぽつりと呟く。

 だが、その言葉はすぐに打ち消された。

「教官が指定した依頼だ。いるはずだよ」

 そう言ったのはローレンスだった。

 自分に言い聞かせるような声音だったが、疑っても仕方がないという諦観も滲んでいた。

 虚無感が胸に広がり始めた、その時だった。

 ライカが、ひときわ大きな石を両手で持ち上げた瞬間――

 水が跳ね、黒光りする甲殻が姿を現した。


「いたぞ!」

 張り裂けるような声に、ローレンスとアルトは反射的に動き出す。

 疲労困憊の身体を引きずるように、水辺へ駆け寄った。

 瓦蟹は思った以上に大きく、そして速かった。

 ライカは力任せに捕まえれば腕や脚を壊してしまうことを恐れ、慎重になりすぎた。

 一瞬の躊躇。その隙を突き、蟹は水中へと逃げ込む。


「くっ……!」

 3人で追い詰めようとするが、水の中での動きは圧倒的に蟹の方が速い。

 左右へ、前へ、後ろへ。

 すり抜けられるたび、焦りが増していく。


――この機会を逃せば、もう間に合わない。


 その時、ローレンスが叫んだ。

「2人で左右から挟んで! もう一人で捕まえる!」

 迷いのない指示だった。

 アルトとライカは即座に反応し、左右へ散開する。

 追い詰められた瓦蟹は横へ逃げようとするが、左右とも人の影。

 行き場を失った瞬間――


「今!」

 ローレンスが、水中へ思い切り腕を突っ込んだ。

 冷たい感触と、暴れる衝撃。

 次の瞬間、両手に確かな重みが伝わる。


「――捕まえた!」

 瓦蟹を掲げるローレンスの声は、湿地帯に響いた。

「やったー!」

 思わず声を上げるローレンス。

 その顔は泥と水で汚れていたが、達成感に満ちていた。

 アルトとライカも、息を切らしながら笑顔になる。

 全身に疲労が残っているはずなのに、不思議と身体が軽かった。

 だが、喜びに浸っている時間はない。

 当日中に報告しなければ、依頼は未達成扱いになる。

 急いで罠を回収し、瓦蟹を籠に入れ、湿地帯を後にする。

 だが、帰路についた途端、疲労が一気に押し寄せてきた。

 足取りは重く、このまま歩き続ければ野宿は避けられない。


「……ダメ……」

 ローレンスが、とうとう足を止めた。

「ごめん。アルト、ライカ……先に行って。私、あとで追いつくから」

 悔しそうに唇を噛みしめる。

 自分の体力が足を引っ張っていると、理解しているのだ。

「一人なんて置いていけない」

 アルトは即座に否定した。

「野宿なんて、危険すぎる」

「……あたしも、さすがに反対する」

ライカもアルトに賛同する。

ここまで来て、誰かを切り捨てる選択肢はなかった。

互いを信頼し、支え合ってきたからこそ、今がある。

この瞬間、3人は間違いなく“チーム”だった。


「だったら――」

 ライカが顔を上げる。

「あたしが全力で走って、近場の村で馬を借りてくる! それなら――」

「無理よ!」

 ローレンスが遮る。

「だったらそのまま馬で都に向かって! それが一番――」

「ローレンス、君らしくない!」

 アルトの声が重なる。

「諦めるな!」

 意見がぶつかり、空気が張り詰めた、その時。


「まぁまぁ」

 近くで様子を見ていたナカムラが、静かに口を開いた。

「帰りの体力配分は今後の課題だが……こういう時に、日頃の行いがいいとな」

 そう言って、少し先の街道を指差す。

 そこには、ゆっくりと進む馬車の姿があった。

 まるで、4人を待っていたかのように。

「……あれ?」

「偶然、通りすがるラッキーもあるってことだ」

 御者台に座っていたのは、コリーだった。

 最初から、遅くなりそうな組を迎えに行く手筈だったのだろう。

「……」

 3人は、しばらく言葉を失っていた。


「ほらほら、偶然馬車が通りがかったぞ? 乗って帰るか!」

 その軽い声に、さっきまでの口論が嘘のように思えてくる。

「……おっさん、これ分かってたろ」

 ライカが、少し不機嫌そうにナカムラを睨む。

「まぁな。水中のターゲットは、初めてじゃ難しい。特にこのチームは、手先が器用なもう片方のチームと比べて道具の扱いが得意じゃないからな」

「……各チームの苦手な依頼にしたってことね」

 ローレンスが、ようやく腑に落ちたように言う。

「得意な依頼ばかり来るわけじゃない。向こうは向こうで、正面から獣とやり合ってたぞ」

「……そっちの方が、好きだったなぁ」

 ライカが苦笑する。

「結局、全部教官の想定通りかぁ……」

 アルトも、ようやく理解した。


「どちらにせよ、依頼達成だ。おめでとう」

 素直に喜びたい気持ちと、悔しさが混じる複雑な感情。

 初めての依頼とは、案外こういうものなのかもしれない。

 馬車の揺れに身を任せながら、都へと向かう。

 湿地帯は、静かに夕闇に沈んでいった。

――そして、彼らは一つ、冒険者としての階段を上ったのだった。

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