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第9話 村のこれから

 夜が明け、商人の馬車が出立する。再び数日を経て、村へと帰還した。

 村に戻ると、カマヒとリリーが大喜びで出迎えてくれて、すっかり家族のような関係性になっていた。


「おかえりなさい、姉さん」

「ただいま、これお土産」

「ありがとう、いない間大変だったんだから。また2人にも頑張ってもらうからね」


 どうやら、ナカムラがいない間も店はきちんと営業を続けていたらしい。

 その頃で、カマヒとしては心配もあるようで、自宅に戻ってから話があった。


「2人が都に行っている間に、村の心配をし始めてな……」

「というと?」

「毒魚食堂は、軌道に乗って順調だろう。だが、もし……」


 人生経験の長いカマヒにとって、ナカムラがいなくなることで、存続が危うい現状を、この数日間で感じ取ったのであろう。現にフグを一から全て捌くことが出来る者は、現在ナカムラ一人しかいないのだ。 その事を実感すると共に、腕組みしながら考える。

(確かに、このままでは俺が旅立つ以前に、俺に何かあっただけでも村は詰む)

 少し危険な方法ではあるが、ナカムラは決意を固めた。


「明日から、村人から何人か見込みのある者に、技術を教えていく。どのくらいの期間になるかわからないが、できる限りやってみよう」


 もしかしたら、毒捌きに失敗して亡くなってしまう者が出るかもしれない。

 これは賭けではある。しかし村のこれからのためには、やらなくては村が衰退する未来しかない。

 カマヒも同じ思いだったようで


「村の人間が数人でも扱えるようになれば、この村も安泰だ、よろしく頼む」


 翌日から、ナカムラは村人たちを集め、段階的な指導を始めた。元々、魚慣れしている村でもあり、必要なのはフグを捌く時の注意点だけだった。リリーは、常に家の中で手元や作業を見ているせいか、ほとんど一人で任せても心配ないレベルとなっているため、皆の補助についてもらっている。


「ここをこう切ると、身が崩れない」

「血合いや内臓の扱いに注意するんだ」


 ナカムラは少しずつ技術を伝える。フグの扱いは、ほんのわずかなミスで、死人が出る。一瞬の油断が命取りになる。この繊細な作業を自然にできるようになるまでが、名物料理として提供するための大前提だ。

(まだ村人だけで運営するには時間がかかるな……焦らず、着実に教えよう)

 包丁を握る手を休め、村人たちの様子を見渡す。ほとんど自分でできるようになったリリーも楽しそうに補助を続けており、時折笑顔でナカムラに目を向ける。

 ナカムラは小さく息をつき、心の中で未来を思い描いた。

(このまま指導をしていけば、何とかなると思うが、数か月かかるな……)

 これからしばらくは、毎日少しずつ、村人たちの成長を支える日々が続く。そしてその先には、村人だけでも毒魚食堂を回せる日が来る――ナカムラはそう信じて、指導を続ける覚悟を決めた。


~日常のひととき~


 村での教育が始まって数週間。ナカムラは朝早く目を覚ますと、海の方へと足を向けた。朝の海は静かで、波の音だけが耳に心地よく響く。砂浜には潮の匂いが漂い、太陽がゆっくりと水平線から顔を出し始めていた。


「おはようございます、ナカムラさん!」


 元気な声に振り向くと、そこにはリリーが立っていた。コリーの妹で、まだ小柄だが好奇心旺盛で活動的な少女だ。リリーは魚を捌くことや食べることへの抵抗がなく、朝は海に出て釣りをするのが日課になっている。


「おはよう、リリー。今日も釣りに行くのか?」

「はい! 早起きして海に来ると、魚がたくさんいるんです。ナカムラさんも一緒にどうですか?」


 ナカムラは微笑み、釣り道具を準備した。この村に戻ってから、村人への教育や食堂の仕事に追われる日々が続いていたが、こうしてリリーと海に出る時間は、久しぶりに心を落ち着かせるひとときだった。

ほどよくスペースのある岩場に腰を降ろし釣り糸を垂らすナカムラとリリー。リリーは元気いっぱいに手早く仕掛けを整え、魚の動きに目を輝かせる。


「ナカムラさん、見てください! あっちに小さな魚が群れています!」

「おお、いい場所を見つけたな」


 ナカムラも釣り糸をそっと垂らす。しばらくは静かに波音だけを聞きながら、二人で待つ時間。海の透明な水面に朝日が反射し、波がキラキラと輝いている。


「リリーは本当に魚釣りが好きなんだな」

 ナカムラが声をかけると、リリーはにっこり笑った。

「はい!魚を触るのも食べるのも、ぜんぜん怖くないんです。コリー姉さんは、まだちょっと心配だけど……」


 ナカムラは軽く笑い、リリーの横顔を見た。小さな手で仕掛けを扱うその様子は、生き生きとしていて、村の未来を支える力のようにも思えた。しばらくすると、ナカムラの釣り竿に小さな反応があった。


「お、きたな」


 竿を手に取り、慎重に引き上げる。水面から現れたのは、丸く膨らむ毒魚――相変わらずのこいつである。


「わあ、大きい」


リリーが目を輝かせる。


「こいつとも長い付き合いになってきたなぁ……」


 釣った魚は、そのまま小さな食堂でのまかないとして使う予定だ。二人で釣りをしている時間も、自然と料理への準備にもつながっている。海風に吹かれ、波音に耳を澄ませながら、二人はしばらく沈黙の時間を楽しんだ。

(この穏やかな時間を、村の未来のためにも大切にしていかないとな……)

 ナカムラは、リリーの生き生きとした姿を見ながら、心の中で静かに誓った。こうして、村での教育の日々の合間に訪れる、穏やかで貴重なひととき。ナカムラとリリーの釣りは、魚を扱う技術だけでなく、村の未来を育むための小さな時間でもあった。

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