第85話 作戦会議
アルト、ローレンス、ライカの三人は、少し離れた卓に集まり、依頼内容の書かれた紙を静かに開いた。紙の質感は少し厚く、端には冒険者ギルドの印が押されている。これが、彼らにとって“初めての実地を想定した依頼”だった。
【湿地帯での採取依頼】
明日出立し、その日のうちに、瓦蟹と呼ばれる平たく大きい蟹を捕まえてくること。
なるべく足が折れていない事が望ましい。
読み終えた瞬間、三人の間に一拍の沈黙が落ちる。
大きな獣や魔物との戦闘ではなく、「採取」という文字。難易度は抑えられているのだろうが、それでも油断はできない。そもそも、瓦蟹という生き物を、誰一人として見たことがなかった。
「……どうしようか」
最初に口を開いたのはアルトだった。
「罠で捕まえられる生き物なのかも分からないし、力ずくでどうにかする相手でもなさそうだよね」
講義で聞いた知識は頭にある。だが、それはあくまで断片的なものだ。実際の対象を知らなければ、戦い方どころか近づき方すら定まらない。
「まずは生態の確認じゃない?」
ローレンスが即座に答えた。
「サイズも分からないままじゃ、罠も網も作りようがないわ。図書館で調べるのが先だと思う」
一方で、ライカは露骨に顔をしかめていた。
「蟹、かぁ……。正直、もっと派手なの期待してたんだけどな。湿地なんて、その辺漁ってりゃ出てくんじゃねぇの?」
その言葉に、アルトは苦笑する。
この三人は、言葉を交わせば交わすほど、立ち位置の違いがはっきりする。
誰もが悪気はないが、方向性が揃わなければ、依頼は成立しない。
「とりあえず、調べよう」
ローレンスがきっぱりと言った。
「条件を満たさないと失敗になる。それだけは避けたいでしょ?」
反論は出なかった。
結果として、このチームではローレンスが舵を取る形になった。
アルトがナカムラに声をかける。
「先生、依頼対象を調べるために図書館を使ってもいいですか?」
「もちろんだ」
ナカムラはあらかじめ用意されていたかのように頷いた。
「今回の依頼は、そこの本棚で十分足りる。まずは“相手を知る”ところから始めてみろ」
三人は書架へと向かい、それぞれ湿地帯の生物が記された本を手に取った。
紙をめくる音だけが、静かな室内に響く。
「……あったぞ、これじゃねぇか?」
先に声を上げたのはライカだった。意外にも、彼女が最初に該当ページを見つけていた。
三人で覗き込む。
そこには、平たく大きな甲殻類の挿絵と詳細な説明が載っていた。
――全長二十〜三十センチ。胴体が大きく、脚は短い。
――夜行性で、死肉を好む。
――日中は岩陰や草の根元に潜む。
――捕獲には網、もしくは籠罠が一般的。
――味噌と卵は珍味とされる。
「……思ったよりでかいな」
アルトが呟きながら、必要そうな道具をメモに書き始める。
「でも、その日のうちにって条件がある」
ライカが指摘する。
「罠だと、待ってる時間が長くなりそうじゃねぇか?」
ローレンスは腕を組み、少し考え込む。
確かに、通常の採取依頼なら数日の猶予がある。しかし今回は明確に“当日中”と指定されている。条件を読み違えないことも、冒険者の仕事だ。
「現地につく頃は朝よね」
アルトが言う。
「夜行性なら、その時間帯は隠れてるはず。岩場を中心に探せば、見つかる可能性は高いと思う」
「力仕事なら、あたしの出番だな」
ライカは肩を鳴らす。
「岩ひっくり返すくらいなら、何個でもやってやるよ」
その様子を見ながら、ローレンスは慎重に言葉を選ぶ。
「ただ、見つからない可能性も考えたい。最初に罠を仕掛けておいて、その間に探すのはどう?どちらかが成功すればいい」
確率を上げるという考え方。
三人の意見が、少しずつ一つにまとまり始めていた。
必要な物品を書き出し、網、籠罠、餌、手袋、携行食などを列挙していく。
完成した用紙を、アルトがナカムラへと手渡した。
「今回は、これらを用意したいと考えています」
ナカムラは紙を眺め、ひとつだけ問いかけた。
「籠罠って、具体的にはどんな形を想定してる?」
三人は顔を見合わせる。
正直なところ、そこまで詰め切れていなかった。
「……習った形を基準に、です」
アルトが答える。
「入口が狭くて、入ったら出にくいやつを」
「分からないなら、選べ」
ナカムラは棚を指さした。
「使えそうな罠は全部用意してある。三人で見て、納得いくものを決めろ」
「最初から揃ってんのかよ……」
ライカは呆れながらも、棚に並ぶ罠を一つずつ手に取る。
ローレンスとアルトも加わり、サイズや重さ、持ち運びやすさを確認していく。
“準備を怠らないことが成功率を上げる”
講義で聞いた言葉が、少しずつ実感を伴って理解できるようになっていた。
最終的に選んだ罠と物品を再度まとめ、用紙を提出する。
ナカムラは満足そうに頷いた。
「よし。準備は十分だ。あとは現場でどう動くかだな」
三人は顔を見合わせる。
まだ不安はある。だが、話し合いを重ねたことで、確実に一歩前へ進んでいる感覚があった。
こうして、アルト、ローレンス、ライカのチームは、湿地帯への出立を翌日に控え、冒険者としての最初の一歩を踏み出す準備を整えたのだった。




