第84話 模擬依頼の支度
思わぬ発見があった模擬戦は、受講生たちに大きな余韻を残した。
スキルというものは、誰しもが潜在的に秘めている可能性ではあるが、それが目に見える形で発現するのは稀だ。多くの場合、十年、二十年という長い年月をかけ、同じことを繰り返し続けた末に、ようやく芽吹くものだと言われている。たとえスキル鑑定師であっても、芽吹いたものしか見抜けず、実際にスキルがあるかどうかが分かるのは、本人の選択と積み重ね次第だ。
自分の適性と目指す道が噛み合ったとき、初めてスキルは意味を持つ。だからこそ、自分に何が向いているのかは、誰にも分からない。
そんな中で、リィベルが自分自身の力に気づき、それを活かす術を見出したことは、この養成コースにとっても大きな成果だった。
リンとの一戦以降、訓練は一段階進んだ。受講生同士での模擬戦が続き、攻撃を当てる感覚だけでなく、避けること、防ぐこと、距離を保つことといった“生き残るための動き”を身体で覚えていく。痛みや疲労と向き合いながらも、全員がなんとか形になるところまで辿り着いたと言っていい。
そして――次の段階へ進む時が来た。
訓練場に全員を集め、ナカムラが前に立つ。
「さて、今日からは実際に冒険者としての活動を経験してもらう」
その一言で、場の空気が一変した。期待と緊張が入り混じった視線が一斉に集まる。
「いよいよ、冒険者の活動になるのか……」
「ここまで教わったけど、本当にやれるかな」
「どんな依頼なんだろう」
誰もが胸の内で同じ不安と高揚を抱えていた。
「今回はチームを二つに分ける。それぞれに教官が同行するが、基本的に手助けはしない。同行する理由は、想定外の生物と遭遇した時の保険だ」
そう言って、ナカムラは一枚の紙を掲げた。
【チーム1】
教官:リン
ハーネス、リィベル、ドルン
【チーム2】
教官:ナカムラ
アルト、ローレンス、ライカ
「バランスは考えたつもりだ。あとはそれぞれのチームワーク次第だな。依頼内容は後で渡す。出立は明日。今日は打ち合わせをして、必要な物があれば書き出してくれ。こちらで用意する」
説明が終わると同時に、ライカが一歩前に出た。
「なぁ、おっさん。同行するって言うけどさ、いざって時に本当に大丈夫なのか?」
遠慮のない物言いだが、そこには純粋な疑念と挑発が混じっていた。
「んー、そう言われるなら一度やってみるか?」
ナカムラは肩をすくめるように返す。
「へぇ、話が早ぇな。見せてくれよ、伝説の冒険者様ってやつを」
ライカはすでに武装を整えていた。対するナカムラは、受講生と同程度の防具に身を包み、武器は腰の包丁一本。ベルトには色のついた液体の瓶が数本下げられている。
「ちなみに中身は毒じゃない。今回は色水だ。まぁ、かかったら一本になるけどな」
コリーが二人を確認し、手を挙げる。
「それじゃ、いきますよー。開始!」
合図と同時に、ライカが一直線に突っ込んだ。真正面からの力任せの突進だ。
ナカムラは瓶を放る。だがライカはそれを読んでいたように急旋回し、斧を振り抜く。
――ッ。
空気を裂く重い音。だが刃は当たらない。ナカムラは半歩下がるだけで、それをかわしていた。
横薙ぎ、振り下ろし、連撃。どれも当たらない。
リンのような圧倒的な速度ではない。動きはむしろ静かで、最小限。それなのに、ライカの攻撃はことごとく空を切る。
「っ、この! 避けてばっかじゃねぇか!」
苛立ちが動きを荒くする。
「我慢が足りないな」
ナカムラは一気に踏み込み、包丁の先をライカの喉元に当てた。
「……ちっ」
「もういいだろ。腕試しだってことは分かってる」
ライカはしばらく黙り込み、やがて鼻を鳴らした。
「……わかったよ。よろしくな、教官」
周囲の受講生たちも、ようやく息を吐いた。
ナカムラは、かつてただフグを捌くだけのおっさんだった。だが数々の冒険を経て、毒を扱うスキルを磨き、その過程で“敵意”や“害意”を内面の毒として捉える感覚を身につけていた。相手の内面的な毒を可視化し攻撃の予兆を感じ取り、最小の動きでやり過ごす。それが今の彼の戦い方だった。
「じゃあ、依頼内容を渡すぞ。あとは自分たちで考えろ」
それぞれのチームに渡された紙を手に、受講生たちは顔を見合わせる。
ここから先は、自分たちで考え、選び、動く――本当の意味での冒険者としての第一歩が、静かに始まろうとしていた。




