第82話 模擬戦開始
武器を握る手は覚え始め、素振りも形になり、止まっている木製の人形なら誰もが確実に打ち込めるようになってきた。そんな頃、ナカムラがぽつりと宣言した。
「さて……そろそろ“やらなきゃいけないこと”があるな」
受講生たちは緊張した面持ちだ。誰もが次に来るものを、なんとなく察していた。
そう――模擬戦。
素振りも、射撃も、罠の実演も、あくまで“基礎”。
本物の相手は思い通りに動かない。攻撃すれば反撃されるし、隙があれば躊躇なく突っ込んでくる。
特に近接武器を選んだ者は、相手の呼吸や間合い、動きの癖を感じ取りながら攻めなければならない。
今日、受講生たちがやけに静かだったのは、皆がそれを理解していたからだ。
武器は木製、防具は革製だが――あたれば十分痛い。当たり所が悪ければ、しばらく動けなくなることもある。
担当教官は当然、リンだった。
密林の戦士として育ち、部族最強とまで言われた女。誰よりも軽く、速く、鋭い。
そんな彼女から、たった“一撃”でも打ち込めれば合格――という単純なルールで模擬戦は開始された。
――結果は散々なものだった。
リンが軽やかに動く度に、受講生が一人、また一人と倒れていく。
彼女は目の前に来た相手を軽く受け流すだけだ。
打ち込めば、身体を捻って抜ける。
軌道を変えれば、それすら読んで避ける。
そして返す刀のように逆手で木剣を押し当て、革鎧の上から痛烈な衝撃を与えてくる。
真正面から挑めばいなされ、弱気になって距離を取れば追いつめられ叩かれる。
やられる側は疲労と焦りだけが積み上がり、最後には立っていることすらままならなくなる。
気付けば――近接組で立っているものはいなかった。
ライカですら、人形を真っ二つにする怪力を持ちながら、今は地面に座り込んで荒く息をしている。
ドルンはいつもの平静な様子は伺えず、汗だくで座り込んでいる。
アルトとハーネスに至っては、もはや仰向けになり、魂が抜けかけていた。
「ん、一旦休憩」
リンが淡々と告げる。
そして遠距離組に声をかける。
「丸めてある。遠慮なく射って」
好きなだけ射っていいと言われた。
だが結果は変わらない。
二人とも何度も射るがあたる様子はない。
弓もクロスボウも、当てられないなら意味がない。
「これって、私達……成長できてるのかなぁ……」
リィベルが情けない声でぼやく。
さっきまで人形の頭を射抜いていた弓使いの姿は、もうどこにもない。
「実力差が……大きすぎて、どうしていいか分からないな……」
アルトも弱気に苦笑する。
その声に応えるように、ナカムラが口を開いた。
「まぁ、これは本来の武器じゃないし、斬られても死なない訓練だからな。
正直、実戦の技術とはあまり関係ないかもしれん」
すると座り込んでいたライカが、眉を吊り上げながら吠えた。
「じゃあなんでやってんだよ! ただの憂さ晴らしじゃねぇだろうな!」
まだ文句を言う体力が残っていることに、全員がちょっと驚く。
「元気だな。まぁ、模擬戦という名前の“自分より強い相手に出会ったとき、どうするか”の訓練だ」
ナカムラの返答に、ローレンスがはっとする。
「そういえば……1対1で戦えって、誰も言っていないよね」
ハーネスも気づいたように呟く。
「ってことは……協力してもいい、ってことか?」
全員の視線がリンに集まる。
「ん。そう」
あまりにも当然といった様子に、受講生たちは顔を見合わせた。
そしてアルトがそっと手を挙げる。
「先生、ちょっと作戦会議していいですか?」
「もちろん。休憩時間だ。好きに使え」
リンは一歩も動かず、腕を組んで見守る。
やっと受講生たちは気づいた。
――これは“格上相手にどう挑むか”を考えるための時間なのだ、と。
各々が集まり、自然と円陣ができる。こうやって全員が参加して共通の話題を話すのは、はじめてだった。
「とりあえず、単独では無理だな……」
「近づくだけで反撃されるんだぜ? どうすりゃいいんだ!」
「動きが見えないのがきつい……」
「私たち遠距離でもだめだったんだし……」
弱音が漏れるが、そこにローレンスが静かに口を挟む。
「でも、さ……。逆に言えば、全員で一斉に攻めれば……何か掴めるかもしれないよ」
意外にも、皆の視線がその一言に揺れる。
遠距離と近接、罠使いと防御役。
この人数が揃っているのは、今だけだ。
「罠を張りながら前衛が間合いを詰めるとかどうよ?」
「いや、罠を張る時間が無いんじゃ……」
「なら弓とクロスボウで動きを縛って、その間に前衛が!」
徐々に声が熱を帯びていく。
負けっぱなしでは終われない。
ここで“格上に挑む意志”を見せなければ冒険者にはなれない。
そうして――受講生たちはついに動き出す。
ナカムラは彼らの姿を見て、ニッと笑った。
「よし……やっと顔つきが“冒険者”になってきたな、リン、大丈夫か?」
リンは静かに木剣を構え、言葉を一つだけ置く。
「少し、期待」
教官たちは見守る中、受講生たちの挑戦が、ここから本当の意味で始まるのだ。




