第76話 危険因子について
養成コース一週目もあっというまに中盤になる。
今日の授業は、冒険者が日常的に直面する「危険因子」についての講義だった。ナカムラは教壇に立つと、冒険者にとって怪我は避けられぬものであっても、避けられるものはあらかじめ避けるべきだと前置きをする。
「まず、お前らが気をつけなきゃならないのが“毒”だ。自然には人間なんか簡単に殺せるものがゴロゴロしてる。そして狩場で毒を受けると治療は難しい。知らない植物や動物は、まず触らないこと。これが一番、安全だ」
教室の空気が少し張り詰める。
毒という言葉は、受講者たちにとってやはり刺激が強いのだろう。
「ただな、一口に毒と言っても種類がある。例えば“タンパク質性”の毒は火に弱い。火を通せば無毒化できるものも多い」
そう言って、ナカムラは袋から青梅に似た丸い実を取り出してテーブルに置いた。
「この実なんかそうだ。生でかじれば腹を壊すどころじゃ済まない。最悪、動けなくなる。でも──」
別の瓶を持ち上げる。中にはとろりとした赤褐色のジャム。
「火を通して加工すれば、美味しいジャムになる。ほら、食ってみろ」
受講者たちは興味半分、不安半分といった表情で、配られたクラッカーにジャムをのせて口に運ぶ。
商家の娘・ローレンスは、目を輝かせながらメモを取り始めた。
「ナカムラさん、この実を採るのって難しいんですか?」
「ああ、場所さえ知っていれば危険はほとんどない。木さえ見つければいくらでも採れる」
「なるほど……獣を狩るリスクを考えると……でも需要がどの程度あるかわからないし……」
ぶつぶつと考え始めるローレンスを見て、ナカムラは苦笑した。
「まぁ、俺も採集した植物をまとめたメモがある。あとで見せてやる」
「ありがとうございます!」
食い気味に返され、思わずナカムラは肩をすくめた。
「さて、火で無毒化できるのは一部だけだ。どうやっても食えない毒ってのもある。キノコやフグなどが代表的だが、カニや魚、魔獣も含めて……こういうのは経験じゃ補えない。“一度”間違えたら終わりだからだ」
受講生たちは、静かに息を飲む。
「しかも、食べることが危険なものだけじゃない。蛇、サソリ、クモ……あっちから刺してくるタイプもいる。こいつらも含めてだが……」
そう言って、ナカムラは一本の矢を掲げた。先端は黒ずんでいる。
「毒を持つ生き物の一部は、“その毒を利用する”こともできる。この矢みたいにな。少量で大型の獣を殺すことだって可能だ」
教室の空気が一気に緊張で強張る。
受講生のリィベルが真剣な顔で手を挙げた。
「でも、それならもっと普及してるはずでしょ?みんなが毒矢を使えば、簡単に仕留められるんじゃないの?」
「いい質問だな。簡単な話だ」
「毒の回った獣なんて“食えない”。依頼内容によっては、それを持ち帰っても“失敗”扱いだ。毒は狩猟資源を台無しにすることがある。でも、自分が死にそうなら……手段として知っておいて損はない」
「なるほど……」
リィベルは少し残念そうにつぶやく。
「かすり傷でも倒せたら楽なんだけどなぁ」
「気持ちは分かりますよぉ」
コリーが穏やかに言葉を添える。
「私も最初、みんなよく当てられるなぁって思ってましたし……来週は実技の話ですから、少しでも力になれるよう頑張りますねぇ」
ナカムラはそんな二人を見て笑う。
「向き不向きってのは誰にでもある。どの武器にこだわるか、あるいは切り替えちまうかも冒険者の素質の一つだ。俺なんてずっと“包丁”だしな」
教室に笑いが起きる。
「まぁ色んな選択肢を知っておけってことだ。選べる幅が広いほど生き残りやすくなる」
ひとしきり笑いが収まったところで、ナカムラは表情を引き締めた。
「今日の話で一番大事なのはここだ。冒険者という職業は、正規に頼むのが高くつくから、“誰でもいい仕事”が回されることが多い。それだけ、命が軽く扱われやすい」
受講者たちは息を飲む。
「だからこそ、自分の命は自分で守る。知識を持つだけで、生存率は倍にも三倍にもなる」
そこから講義は、より実践的な内容へ移っていく。
湿地帯のぬかるみは見た目以上に歩行を奪い、毒虫が繁殖し、視界も悪い。
密林では昼でも薄暗く、天敵にとっては隠れる場所だらけだ。
「茂みの中なんて、好き好んで近づく場所じゃない。何が潜んでいるか分からない。夜の行動はなおさら最悪だ。自分が見えないだけじゃない。他人の家に入った感覚と同じだ。“相手からはよく見える”と思え」
全員が静かに話を聞き続ける。
「どれだけ学べるかはお前ら次第だが、知っていて使わないのと、知らなくて使えないのは天地の差だ。今、この場で学べる機会を最大限に生かしてくれ」
ナカムラはそう締めくくり、受講者たちは真剣そのものの表情でメモを取り続けていた。
──危険はすぐそこにある。
それを“知っているかどうか”で、生死が分かれる世界なのだ。




