第75話 冒険者の心得
養成コースが始まった。
六名の受講生が円卓を囲み、ナカムラの前に整列していた。
今日は座学――冒険者として最初に理解すべき「心得」を学ぶ回だ。
「さて……まずは座学を通して、色々と知識を身に着けていってくれ、最も重要なのは冒険者としての心得だ」
ナカムラは腕を組み、静かに語り始める。
「冒険者ってのはな、戦って倒して終わりって仕事じゃない。最低限の礼儀、相手とちゃんと話せる交流――これが求められる」
その言葉に、数人がうなずく。
しかし、一人だけあからさまに退屈そうにしている者がいた。
元貴族の娘――ライカだ。
椅子にふんぞり返り、足を組み、あくびをかみ殺すような顔。
そして、口を挟んだ。
「礼儀だの交流だの……商人じゃあるまいし。冒険者なら目の前の敵をぶっ倒す技量があれば十分なんじゃないの?」
噛みつくような声音。腕に自信があるのだろう、それ故に出てくる力任せの理論だった。
他の受講生が少し身じろぎする。
だがナカムラは、むしろ嬉しそうに笑った。
「へぇ、そういう口をきくやつは――今日の飯は芋虫のフライがいいところだな」
「……は? 職権乱用だろうが!」
「冗談だよ冗談。半分くらいはな」
ライカがむっとして目をそらすと、コリーが横からフォローをいれる。
「ライカさんの言いたいことも分かりますよぉ。戦闘技術が必要なのは間違いないですからねぇ。私も最初はそこが一番不安だった側の人間ですしねぇ」
ライカはふっと息を吐き、コリーを見て肩の力を抜いた。
「へぇ、わかるやつもいるじゃん」
その瞬間、ナカムラがニヤリと笑いながら言った。
「だろ?俺よりもコリーの方が話しやすいと思っただろ。冒険者と依頼人も同じようなもんだ」
「……っ」
ライカは言葉を失う。
返す言葉がなかったのだろう。
ナカムラはその反応を見て軽く目を細めた。
「さすがに教養があるな。愚かなやつは今のでも感情的に噛みついてくる。その結果、依頼主との関係性を悪化させて、冒険者ギルドでの居場所を失うやつがいる」
受講生たちは自然と姿勢を正す。
ナカムラは続けた。
「自然を相手にすることが多い冒険者だがな。実際は人間と人間の契約で動く仕事だ。依頼主との信頼があって、初めて依頼が成立する。だから――まずはそこを学んでいってくれ」
静かな朝の空気に、ナカムラの声だけが響く。
戦い方より前に、人との関わりを学べと言われるとは思っていなかったのだろう。六人とも真剣な顔になっていた。
ナカムラは机に手を置き、話を続ける。
「次に、冒険者として最初に活動したときの話をする。まず、絶対に一人で行動しなかった。最初は必ず集団で動く。それからルート選び、安全地帯の確認、依頼内容は“絶対に達成できそうなもの”からだ」
実体験を交えながら、淡々と語る。
「依頼をこなし、大きな怪我をせずに報酬を得る。それを続けるんだ。最初の頃は武器も防具もろくなものが手に入らない。だから好戦的な生き物には絶対に近寄らないようにしろ、地形を憶えて勝てる自信をつけてから挑むんだ」
そこまで聞いたところで、もっとも体格のよい男――ハーネスが手を挙げた。
真面目で慎重な性格だけに、疑問も多いのだろう。
「あの……活動するうえで、突然、狂暴な獣などに遭遇した場合は、どう対応したんですか?」
「おお、いい質問だ」
ナカムラはうなずき、目を細めて思い出すように語る。
「もちろん、安全なルートを選んでも遭遇は避けられない。だから常に“どうするか”を考えて動くんだ。……俺の最初の依頼のとき、大きなワニに襲われてな」
「ワ、ワニ……」
ハーネスが思わずごくりと喉を鳴らす。
他の受講生も身を乗り出した。
「どうやって……倒したんです?」
ナカムラは肩をすくめた。
「投網を投げて動けなくして、全員で石を投げた」
「…………え?」
「石……ですか?」
微妙な空気が広がる。
どうやら受講生たちの脳内にあった「冒険者像」とだいぶ違ったらしい。
ナカムラは笑った。
「あんまり格好よくないだろ? でもな、相手が俊敏な生き物である以上、怪我人を出さないにはあれが最善だったんだ。全員が初心者で、武器の扱いにも慣れてなかった。一番簡単に“武器”になるのは、地面に落ちてる石なんだよ」
言葉に隠しようのない誇張も虚勢もない。
ただ、生き延びるための現実を語っていた。
その言葉は、聞く者すべての胸に重く落ちる。
ナカムラは腕を組み、受講生を順に見回した。
「俺が伝えたいのはこれだ。魔獣と一騎打ちして首を掲げる冒険者でも、最初はそんなもんだ。最初から強いやつなんて、そうはいない」
そして、言葉に力を込めて続ける。
「だからこそ、今この場で全員に話している。まずは冒険者の心得を身につけろ。強さは依頼を重ねるうちに自然とついてくる。――だが、その前に怪我をして前線に立てなくなるのが一番ダメだ」
静まり返る訓練場。
六人の瞳には、緊張と覚悟、そしてわずかな期待が宿っていた。
今日から、本当の冒険者への第一歩が始まったのだ。




