第7話 都への誘いと新たな可能性
小さな食堂で日々の仕事に追われるナカムラ。干物の出荷は順調で、すっかり商人とも仲良くなり、色々な話をするようになった。ちなみに賄いの油は商人からこっそり買っている。
そんな時、商人からある誘いがあった。
「今度よかったら一緒に都に来てみませんか?」
ナカムラは一瞬目を丸くした。
都――異世界の中心であり、交易も文化も集まる場所。考えたこともなかったが、興味は湧く。
「都だと……人も多いだろうな。興味はあるが……」
商人は笑いながら答えた。
「おっ、どうやら都は初めてのようですね、実は誘うのは理由がありまして、都にはスキル鑑定師ってのがいて、もしかしたら、貴方の力もスキルの一種じゃないかと思って、一度会ってみてもらいたいんです。」
ナカムラは眉をひそめる。
「スキル?」
「ある技術を極めることで特殊な能力“スキル”に目覚める人間が一定数おりまて。鑑定師はその能力の有無と種類を見極めることが出来るんですよ。世話になってる礼に、無料で鑑定してもらえるようにしておくから、どうでしょう」
ナカムラは少し考えた。もしかしたら、自分にも何か力があるのであれば、この世界をより深く知るための行動に役立てられるかもしれない。そう考えるとこの提案は渡りに船といったところだろう。
「……わかった。都へ連れて行ってくれ」
「おっ、行く事に決めたんですね、そうすると今は荷物でいっぱいなんで来週来るときに、一緒に行きましょう」
「助かる。俺一人だと不安なんで、もう一人連れていくかもしれんが、よろしくな」
その夜に、カマヒの家で、都に行く事を一家に伝えた。都に行く事を報告し、誰に同行を依頼しようとするとコリーは目を輝かせて
「私も一緒に行きたいです~!」
普段は、どちらかという控えめのコリーが珍しく積極的に手をあげてきた。
カマヒとしては
「コリー、危ないぞ。都は人も多いが犯罪も多い。」
心配するカマヒに対して、ナカムラは笑顔で伝える。
「カマヒさん、俺はこのあたりの知識がないから、誰かに頼むならこの家の人がいい」
カマヒは、一瞬ためらったが、コリーの真剣な目とナカムラの言い分も最もだと思い、やむなく頷く。
「リリーもそれでいいか?」
そんな問いかけにリリーは
「ナカムラさんいなかったら、店どーするの?だとしたら、コリー姉さんには店の切り盛りは難しいでしょ、私がのこるわよ」
とあっさりとしていた。
「すまんな、ナカムラさんに迷惑をかけるんじゃないぞ、コリー」
「はい、行ってきます~」
翌週の商人の来訪に合わせて、ナカムラとコリーは荷物をまとめ、商人の案内で都へ向けて出発した。干物の取引も兼ねての旅だが、ナカムラの胸には不思議な高揚感があった。数日の行程を経て、ようやく都の中心部に到着する。その都は「ヤゴナ」と呼ばれていた。
幾つもの街道が放射状に集まり、遠くから見てもひときわ高くそびえる白亜の城とその城壁に囲まれた巨大都市だ。壁の外側には無数の畑と牧草地が広がり、近隣の村から運ばれてくる作物や家畜が都の膨大な人口を支えている。 城門をくぐれば、そこはもう別世界だった。
石畳の大通りの両脇には、異国の商人たちが並べる露店が連なり、焼きたてのパンの匂い、香辛料の刺激的な香り、焼き肉の煙が入り混じり、旅人の食欲を誘う。色鮮やかな布地や宝飾品、そして珍しい獣の革や薬草が並び、村では決して目にすることのない品々が手に取れる。 昼夜を問わず人が行き交う都は、情報と富と権力が集まる場所であり、同時に陰謀や犯罪も絶えない混沌の坩堝でもあるのだろう。
それでも、各地の人々が「一度は訪れるべき場所」と口を揃えるほど、この都には夢と希望があった。
「すごい……村とは全然違うな」
商人が笑いながら案内する。
「少し待ってください、品物をおろしてきます。その後に噂の鑑定師のもとへ案内しますんで」
しばらく、待っていると商人が歩いて向かってくる。
「お待たせしました、さぁ行きましょう。」
一同は、都のある一画に到着した。商人に案内され、薄暗い部屋の中に入ると、壁に並べられた様々な道具や書物が異世界的な雰囲気を漂わせていた。
「おや、こないだの商人か。隣にいるのが、この前話していた……」
声の主は、薄暗い室内、蝋燭の炎が揺れる中に座るその女性。一目で只者ではないと分かる雰囲気を纏っていた。長く波打つ漆黒の髪は夜の帳のように肩から背へと流れ落ち、灯りを受けるたびに紫がかった光沢を放つ。透き通るほど白い肌には、かすかに影を宿したような冷ややかさがあり、年齢を推し量ることを難しくしていた。彼女の瞳は深い琥珀色に輝き、覗き込む者の心の奥底を暴き出すような力を秘めている。視線を合わせた瞬間、胸の内をすべて見透かされているような錯覚を覚え、誰もが息を呑む。
「あぁ、その彼だ。頼めるかな?」
「ふむ……では、こちらに手を……」
鑑定師の女性に促されるままに、ナカムラは手を預ける。彼女の手が触れた瞬間に全身に何か得体のしれない感覚が走るが、彼女の真剣な眼差しを見て、振り払うことはしなかった。
しばらく、考えるような仕草をした後、鑑定師の女性はこう告げる。
「お主の技術……“毒捌き”といえばいいか。」
「いえばいいか、とは?」ナカムラは目を丸くした。
「見かけぬスキルのため、一応、なんとなくだが、そういう名前ということにした。このスキルは、君が毒性のある魚を安全に捌ける能力として発現している。しかし、これは魚だけに留まらぬ」
鑑定師は少し身を乗り出し、静かに語る。
「毒を持つ爬虫類や虫、場合によっては魔獣と呼ばれる危険な存在にも応用できる可能性がある。つまり 君の腕次第で、命を脅かすあらゆる生物を安全に扱える力になるということだ」
ナカムラは拳を握る。
目の前で見せられた未来の可能性――魚を超えて、未知の生物にも通用するスキル。胸が高鳴る。
「俺の技術が、魚以外にも応用できる可能性があるのか」
コリーも驚いた顔で見上げる。
未知の生物、魔獣――その言葉に、まだ想像もつかない世界の広がりを感じた。
「いずれこのスキルを高めていけば、いろいろな場所で毒のある生物を捌くことが出来るようになるんですね」
ナカムラは再度、確認する。
「そういうことだ。だが焦るな。まずは基礎を固め、鍛錬を続けることでスキルも成長していくはずだ」
ナカムラはうなずき、心の中で誓った。
(毒捌きスキル……まだ始まったばかり。この世界で、俺の力が通用するかもしれない可能性が広がった。)
彼の胸には、村では味わえなかった未知の冒険への期待が静かに灯っていた。