第63話 焼き魚で仲直り
都の空気が少し冷たくなり、風に赤い落ち葉が混じり始めたころ。
冒険者ギルドの食堂では、ある魚の話題で持ちきりになっていた。
「なぁ、もう秋剣魚の季節か」
「炭火で焼いたあの香り、たまんねぇよな」
それはまるで剣のような形と色をした魚。脂が乗り、しっかりとした重さをもった銀色の魚は剣のようだと言われ、この季節が旬だからか、ついた名前が秋剣魚。
厨房の奥では、炭を起こす音が心地よく響いていた。
火が落ち着き、白い灰が炭を包んだころ、ナカムラは銀色に輝く秋剣魚を網の上にそっと置く。
じゅうう、と脂が落ち、火の粉が小さく弾ける。
香ばしい匂いが煙と共に漂い、秋の空気をゆっくりと染めていった。
皮がぱりぱりと音を立て、脂が黄金色に輝く。
身がふっくらと膨らみ、箸を入れれば湯気が立ちのぼる。
この季節だけの贅沢な調べだ。
「……今年は当たり年だな。これなら文句なしだな」
ナカムラは満足げに頷き、皿に魚を盛りつけていく。
外は香ばしく、中はふんわり。
脂の甘さを塩が引き締め、噛むたびにじゅわりと秋の旨味が広がる。
柑橘をひと搾りすれば、香りがぱっと弾け、爽やかにほどけていく。
厨房からは次々と焼き立てが運ばれ、食堂は一気に活気づいていた。
香りだけで酒が進むような夜。
だが、そんな中でひときわ目立つ声が上がった。
「どう見ても、俺の方が多くの獣を狩っただろ! 報酬は俺が多くもらうべきだ!」
「はぁ? お前は突っ走ってケガしてただけだろ。俺がバックアップしてたから、その程度で済んだんだぞ!」
周囲の客たちがちらりと振り向く。
せっかくの香ばしい秋の夜に、妙な空気が流れ始めた。
魚を焼きながら、ナカムラは小さくため息をつく。
「まったく……焼き場より熱いじゃねぇか、あいつら」
あまり気にしていると、魚を焦がしてしまう。タイミングが重要だ。
炭の火を見ながら、彼は淡々と次の一匹を網にのせた。
やがて、口論していた二人の冒険者が席に着き、焼き魚と酒を注文する。
だが、厨房は大忙し。二人の皿がなかなか届かない。
「おい、遅ぇな!」
「酒しか来てねえぞ」
その時、ようやく二人の前に皿が置かれた。
……ただし、魚は黒く焦げていた。
「おい! なんだこれ、炭じゃねぇか!」
「どういうつもりだ」
怒鳴る二人に、ナカムラはゆっくりと顔を上げた。
その表情はどこか、いたずらを仕掛けた子供のようだった。
「“もうすぐ焼きあがるから取りに来てくれ”って言葉、聞こえなかったか?」
二人は顔を見合わせる。
どうやら、言い合いに夢中で、厨房の声なんて耳に入っていなかったらしい。
「焦げてるのは見た目だけだ。中は旨いはずだ。食ってみな」
渋々箸をつける二人。
次の瞬間、驚きの声が漏れた。
「……あれ、意外と旨いな」
「皮さえ外せば、中はふっくらしてる」
ナカムラはにやりと笑った。
「まるでお前さん達みたいだな」
「は?」
「目の前のことにムキになって、関係まで焦がしちまう。依頼は達成したんだろ?なら、旨い部分をちゃんと見たほうがいい」
そう言って、ナカムラは2人の口論の火種となった報酬袋を指さした。
二人は顔を見合わせ、そして笑った。
「……確かに、俺が動けたのはお前の援護のおかげだ」
「いや、あれだけの数を狩れたのはお前の腕だよ」
今度は譲り合うように報酬を押しつけ合う。
最終的に半々に分けたあと、先に騒いでいた方の男が笑って言った。
「悪かったな。……今日は俺の奢りだ」
「へぇ、どういう風の吹き回しだよ」
「焦げた魚の教え、ってやつだ」
二人は再び酒と魚を頼み、今度は笑いながら盃を交わした。
新しく焼きあがった秋剣魚は、完璧な焼き加減。
塩を振られ、ほどよく焼けた皮に箸を入れると、脂がとろりと溶け出し、湯気が立ち上る。
添えられた柑橘を絞り、1口頬張る。
「焦げてなければ、もっと旨いな」
「だな、次は焦がさずにいこうぜ」
その笑い声に、周囲の客たちもつられて笑った。
先ほどまで重たかった空気が、炭火のように暖かく輝いていた。
――まるで二人の笑い声に合わせるように炭の上で、脂がひとしずく落ち、ぱちりと弾けた。
厨房の奥で、その様子を見ていたコリーが、申し訳なさそうにしていた。
「申し訳ないですー、私が焦がしたのに……」
どうやら忙しい中コリーも手伝っていたようで数匹を焦がしてしまったのだ。
ナカムラは苦笑しながら、問題ないと言うように手を振る。
「気にすんな。ちょうどいいお客様がいたからな」
「ありがとうございます」
コリーは顔を赤くして、作業に戻る。
ぱちぱちと炭が鳴り、煙がゆらりと舞う。
秋の風が吹き抜けるギルドの食堂。
焦げた魚ひとつが、今日も誰かの心を少しだけ温めていた。




