第5話 村の特産品
小さな食堂が開かれてから、ひと月が経った。
最初は恐る恐る訪れていた村人たちも、今では連日笑顔で席を埋め、昼夜を問わず賑わっていた。あまりの忙しさに一人では対応しきれず、コリーとリリーの姉妹も接客を手伝っていた。
「今日のおすすめはなんだ?」
「リリーちゃん、塩焼き3人前頼む!」
「俺はあの白身の刺身がいい!」
村人たちの声が飛び交い、炭火の香ばしい匂いが漂う。
かつて飢えと恐怖に覆われていた村は、活気に満ちていた。
そんなある日、海沿いの道を歩いていた旅の商人が、村のざわめきに気づいて立ち寄った。
「おい、あの村……えらく人が集まっているな」
興味を引かれて足を運んだ彼は、偶然食堂の前に出た。窓からは活気に満ちた声と、食欲を刺激する匂いがあふれ出ている。試しに中へ入り、一皿を頼んだ。
「おすすめを1つお願いします。」
「いらっしゃい、旅の商人さんですね。この村で一番のおすすめはフグになります。刺身と塩焼きはどちらが好みですか?」
「へぇ、聞いたことない魚だねぇ、生はちょっと怖いんで、塩焼きをもらえるかな?」
「かしこまりました、少々お待ちください」
少し待って出されたのは、フグの塩焼き。炭火の上でじっくり焼かれたフグ。
皮目からじゅわっと脂がにじみ出し、炭に落ちた瞬間、香ばしい煙がふわりと立ちのぼる。その香りだけで、もう手を伸ばさずにはいられない。
焼きあがった身は、うっすらと黄金色をまとい、表面はパリッと、中はふっくら。身を軽くつつくとほろりとほどけ、湯気とともに甘い香りが立ち上がる。ひと口頬張れば外側の香ばしさのあとに、フグ特有の上品な甘みがじわりと広がり、歯を押し返すような弾力が心地よい。塩のシンプルな味付けが、旨味をまっすぐに引き立てている。噛むほどに染み出す旨味はまさに海のごちそうと言える。
一口食べた瞬間、商人は目を見開いた。
「こ、これは……! こんな旨い魚、都でもお目にかかれんぞ!」
感激した商人は、身を乗り出してナカムラに尋ねた。
「もし可能なら、この魚を分けていただけませんか? 都の料理屋に持っていけば、飛ぶように売れるでしょう!」
ナカムラは首を横に振った。
「魚そのままを渡すわけにはいかん。捌き方を知らなければ、ただの毒にしかならんからな」
商人の顔に落胆が浮かんだ。だが、諦めきれずさらに食い下がる。
「せめて……持ち帰れる方法はないのですか?」
ナカムラは少し考え込み、やがてニヤリと笑った。
「……あるにはある。干物だ。水分を飛ばして保存すれば、都まで持って行っても傷まない。ただしすぐには用意できん。2日後にまた来てくれ。その時には“都に持って帰っても平気な状態”を渡せる。」
商人は顔を輝かせ、深々と頭を下げた。
「感謝します! 二日後、必ず寄らせてもらいます。」
その次の日から、ナカムラは村人たちを集め、干物作りを始めた。捌いた魚を塩に漬け込み、潮風に晒して干していく。最初は半信半疑だった村人たちも、作業を重ねるうちに興味津々となり、やがて自ら進んで手伝い出した。
「こんな風にすれば、毒魚が都まで運べるようになるのか……!」
「ただの厄介者が、金に変わるぞ!」
村人たちの目は期待に満ちていた。
2日後、商人が約束通りやってくると、そこには見事に乾きあがった魚の束が並んでいた。
「こ、これが、あの魚の干物か」
「まずは、試食してみてくれ」
そういって目の前の炭火の上でゆっくりとフグの干物を炙る。薄く乾いた身が熱を受けてふっくらと膨らみ、脂がじわりとにじみ出す。その瞬間、香ばしい香りが鼻をつき、思わず喉が鳴る。一枚を手で裂けば、繊維がほろりとほどけ、透きとおるような身から湯気が立ちのぼる。指先に伝わる弾力と、その温かみにさえ食欲を誘われる。
口に含むと、まず広がるのは炙られた身の香ばしい匂い。続いて、干すことで凝縮されたフグの甘みと旨みが、じんわりと舌を包み込み、しっかりとした歯ごたえの奥から、噛むたびに旨みが湧き出してきて、塩気がその輪郭をくっきりと際立たせてくれる。
「都なら旨い酒もあるだろうから、ぴったりのつまみになるはずだ」
「う、うまい、日持ちもしてこの味なら間違いなく評判になるはずだ!」
商人は興奮気味に金貨を差し出し、干物をすべて買い取った。
「必ず都で評判にしてみせます!」
そう言って馬車に積み込み、意気揚々と村を後にした。その後「毒魚を干物にして売る村がある」「一口食べれば忘れられぬ旨味」という噂は都へと広がっていった。やがて海沿いの村へうまい魚を求め、または買い付けを目当てに旅人や行商が訪れるようになる。村は以前とは比べ物にならないほど賑わい、ただの寂れた村から「うまい特産物を扱う村」へと変貌していった。食堂は客で溢れ、宿も建ち、村人の暮らしも徐々に豊かになっていった。
寂れた村は過去の話、活気に溢れ、発展していく兆しがはっきりと見えてきた。