第38話 ボラサンド
翌日、ルマカーチは「人を寄こすわね~」と屋敷には数人の使用人が訪れ、信じられないほどの手際で掃除が進められた。
埃を被っていた廊下も、蜘蛛の巣が張られていた部屋も、夕方には磨き上げられて新築同然になっていた。庭に放置されていた果樹は枝が整えられ、池も綺麗に整えられ、綺麗な水が張りなおされていた。
リンは目を丸くし、「綺麗、違う家?」と声を上げる。
コリーも真新しい部屋の扉を開け閉めしながら「鍵がかかる部屋なんて、セレブですねぇ」と嬉しそうに頷いた。
ナカムラは
「ありがたいけど……予定していた清掃作業が全部終わっちまったな」
と苦笑した。そのため次の計画を早々に実行に移す。
屋敷のそばには、都の中心を走る用水路が流れていた。水の音を耳にすると、ナカムラは懐かしい気分に浸った。
「よし、ちょっと網を持ってきてくれ」
コリーとリンに手伝ってもらい、投網を準備する。そして勢いよく用水路へ網を投げ込んだ。ばしゃばしゃと水音を立てて、銀色の魚が数匹絡まって上がってくる。
「うわっ、すごいすごい! こんなに簡単に捕れるんですかぁ!」
「……これ、食べられる?」
リンが怪訝そうに魚を覗き込む。
ナカムラはにやりと笑う。
「食えるどころか、俺の故郷じゃポピュラーなやつだ。ボラっていう魚だ。しかし、このままじゃ臭みがあることが多い。」
捕まえたボラを次々と屋敷の池に投げ込む。
だがコリーは眉をひそめた。
「でも、水がすぐに濁っちゃいますよね? 掃除とか大変じゃないですかぁ?」
そこでナカムラはルマカーチに振り向いた。
「水を浄化する装置とかって売ってないかなぁ?あると楽なんだが。」
ルマカーチは首をかしげ、指輪を見せてきた。
「こんなの?井戸水に浸ければ清水になるの。冒険のとき携帯用に使うわね」
「それって借りてもいいか?」
とナカムラが言うと、ルマカーチはけろりと笑った。
「あと7個くらいあるからいいわよ。使って使って」
その台詞に眩暈がしたが、ありがたく受け取り、池に指輪をつけてみる。濁った水が光を帯びたように澄み渡り、泳ぐボラがくっきり見えた。
「これでメンテナンスフリーの生け簀だな」
ルマカーチは訝しむ顔で、と問いかける。
「それって泥魚よね……。都で食べてるの見たことないけど」
ナカムラは自信満々に笑う。
「この世界では、泥魚なのか、まぁ、任せろ」
池の件が片付くと、今度は庭に目を向ける。果樹園にはいくつかの見慣れぬ実が生っていた。ナカムラが一つ手に取り、かじってみると爽やかな酸味が広がった。
「これは……シークアーサーに似てるな。使えそうだ」
リンがかじり
「すっぱい」
と感想を言うとナカムラは笑って頷いた。
「すっぱいけど、料理に最高なんだ」
さらに畑を耕し、葉野菜の種を撒いた。土を慣れた手つきで均しながらナカムラは説明する。
「数日で芽が出て、一、二週間で収穫できる。育つのを待つだけだ」
コリーとリンは膝をついて、小さな芽が顔を出すのを毎日のように観察した。成長する葉を見ては、
「今日少し大きくなったねぇ」
「……かわいい」
と微笑み合う姿は、仲のいい姉妹のようだった。
数週間が経ち、葉野菜が十分育った頃。ナカムラはルマカーチを屋敷に招いた。
「さて、お披露目だ。今日は俺たちの成果を食ってくれ」
テーブルの上に並べられたのは、香ばしく揚げられたボラの切り身、そこに軽く塩と香辛料をふり、葉野菜とともに焼きたてのパンに挟み、仕上げにシークアーサーを絞った特製サンドイッチだった。
「……これが、その魚?」
ルマカーチは半信半疑でパンを手に取る。
かじった瞬間、衣の香ばしさとボラの柔らかい白身が口いっぱいに広がった。そこにシャキシャキの葉野菜、ほどよい塩味、そしてシークアーサーの酸味が重なり、後味は驚くほど爽やかだ。
「なにこれ、美味しい!」
ルマカーチが思わず声を上げる。
ナカムラは腕を組み、
「ボラの臭みをとり、揚げたてを出すのがポイントだ。冷めると味が落ちるからな」
と得意げに言った。
コリーはにこにこしながら食べ進める。
「私達も手伝ったんですよぉ」
「おいしい」
とリンは短く感想を述べた。
料理を平らげたルマカーチは、目を輝かせたまま頷いた。
「これはいけるわ!本当にお店を出せそうね」
ナカムラは真剣な表情で言葉を続けた。
「この屋敷を一時的な訓練所にする。魚を捌き果樹の管理、野菜の栽培そして調理。これらを繰り返して身につければ、技術も身に付く。それに金もな。」
ルマカーチはしばし沈黙した後、心から楽しそうに笑った。
「いいじゃない。孤児院の子ども達、今度連れてくるわねぇ」
その言葉にナカムラは満足げに頷き、ルマカーチを見送った。




