第3話 小さな食堂の始まり
カマヒの家で初めてフグを捌いた翌日、カマヒは村人達にこの事実を告げて回った。
村人の間で「本当に食べられたのなら、この村に活気が戻る」「話だととても美味いらしい」と噂が駆け巡っていた。だが同時に「偶然だろう」「たまたま毒が無かっただけかもしれない、そんな博打には付き合えん」という懐疑の声も混じっていた。
カマヒの家では、それ以降連日、フグ料理が提供されていた。村の認識を変えたい、そんな想いから信頼できる人間を集め、今日もフグ料理を皆で囲んでいた。
「大勢で食べるなら、やはり鍋だろうな」
ナカムラは、海藻と売り物にならないクズ野菜をフグと一緒に煮込み、フグチリを用意していた。何度も食べているカマヒ一家と今回初めての村人達、期待に胸膨らましながら待っていると、大きな土鍋が目の前に置かれた。
「熱いから、気を付けて食べてくれ」
土鍋のふたを開けた瞬間、ふわりと立ち上がるのは、海藻からとっただしの優しい香り。派手さはないけれど、どこか懐かしい磯の匂いが、心をほっと和ませる。そこに入っているのは、村で採れたクズ野菜たち……大根の端切れや曲がった人参、白菜の外葉。形は不ぞろいでも、煮込まれた姿はどれもつややかで、鍋の中で寄り添うように踊っている。 その中に浮かぶのが、ふっくらとしたフグの身。熱を受けて白く花のように開き、見るからにぷりぷりと弾力を帯びている。
例によってまず、毒味のために最初の一口をナカムラが担当する。
スプーンですくうと身がほろりと崩れ、だしを吸った野菜と一緒に口の中へ。 まず広がるのは、海藻だしの深い旨み。その柔らかな波に、フグの上品な甘さが溶け込み、さらに野菜の自然な甘みが重なっていく。噛むごとにフグ特有のしっとりとした食感が心地よく、次のひと口をすぐに誘ってくる・・・。
「さぁ、食べてみてくれ」
それぞれ、器に盛られた料理を口に入れる。
「うまいな!これが毎日食べられるなんて贅沢すぎる」
「これは村の特産品になるっ」
「あとで他のやつらに自慢しないとな」
それぞれ感想を言い合い、料理の美味しさに感動している。
「しかし、ナカムラしか捌けないとなると、どうやって広めていくかが問題だよなぁ」
「うーん、他のやつらも疑っているやつもいる……」
「何かいい方法がないものか」
ナカムラは、少し考えこう告げた。
「こうしてみてはどうだろうか、空き家があったら、そこを貸してほしい。小さな食堂を開いて、このフグ以外でもあまり扱ってない毒魚を料理して、皆に振る舞えば、噂が流れて村の外からも客が来るかもしれん」
集まった村人は、全員賛成した。
「それはいい、毎日いくぞ!」
「他のやつらも誘っていくか」
「なあに、疑ってるやつも、こんなにいい飯が食えるなら勝手に集まってくるだろ」
こうして、ナカムラは村での役割を得ることができ、当面の資金稼ぎも期待できるようになった。
村人達が帰ったあと残ったカマヒ達にこれまでの話を聞く、妻に先立たれ娘も病死してしまったそうだ。娘が残していったカマヒにとっての孫にあたる2人の姉妹コリーとリリーは、少しずつ顔色もよくなってきており、表情も豊かになった。それだけでもカマヒにとってナカムラは信頼に足る人物と思ってくれたのか、ナカムラの話を素直に受け止めてくれた。
「なるほど、もしかしたら異世界からやってこられたかもしれませんね」
「そんなことがあったのか?」
「私は見たことはありませんが、言い伝えで、そのような者がいると聞いたことがあります。」
「まぁ、でも今のところやることは決まっている。すまないが、もう少し世話になりたい。」
「それは、もう……感謝してもしきれないのですから、ぜひこのまま村でお過ごしください」
色々と考えることはあるが、当面は自分の役割の確保と、資金稼ぎをしないと次が決まらない……。
カマヒにとっても、食材の確保が出来、愛する孫達の健康状態が改善していってる最中でもある。出来るだけ長くいてほしい。互いの利害が一致している状態である。それに
「毎日、美味しいご飯が食べれて幸せです~」
「ご飯屋さんにも行きたい」
コリーとリリーもすっかり、フグ料理の虜になっていた。
「じゃあ、明日から忙しくなる。もしよかったら手伝ってくれ」
数日後、寂れて消えてしまいそうだった村に、小さいが賑わう食堂が開かれた。