第21話 商人からの依頼
週に一度のギルド特別メニューの日。
ギルドの台所は、いつにも増して活気に満ちていた。炭のはぜる音、醤油と甘い蜜が焦げ付く香り、焼き上がったドクウナギの蒲焼きが皿に盛られていく。
「おお、この匂い、たまらんな!」
「このタレの照り、見てるだけで酒が進むわ!」
冒険者たちが次々と注文していく。ギルドの食堂が、今ではこの曜日だけはまるで宴会場のようだ。焼き立ての蒲焼きを前に、互いの仕事や依頼の話を笑いながら語り合う姿が広がっている。ナカムラは炭の前でうなぎを返し、香ばしく焼き上げる。横ではコリーが器を用意し給仕係に渡していく。
そこへ、一人の見慣れた人物がギルドの扉をくぐった。薄茶色の外套を羽織り、相変わらず商売人らしい愛想笑いを浮かべている。ナカムラはすぐに気づいた。
「アキードさんか?」
「おお、ナカムラさん、やはりここでしたか」
以前、フグの干物や都の行き来で世話になった商人、名前はアキード。彼は香りに誘われるように台所へと歩み寄る。
「噂は本当だった。冒険者ギルドで、週に一度だけ出される特別メニュー……まさか、その料理人があなただとは」
「まあ、色々あってこうなった」
ナカムラは苦笑する。
アキードは腕を組み、しばし蒲焼きを焼くナカムラの手元を眺めていた。やがて、目を細めて切り出す。
「実は、相談がありまして、商業ギルドからの正式な依頼と思ってくれて構わないです」
「商業ギルドから?」
「そう。毎年一度、組合主催の料理コンテストが開かれる。料理の腕に自信を持つ者が集まり、腕を競い合う事になります。。単なる娯楽ではない。王族や貴族の目にも留まる大舞台であり、優勝すれば料理人として名声を確固たるものにできる」
ギルドのざわめきが、まるで遠のくように感じた。料理大会。ナカムラにとってそれは、自分の腕を堂々と示せる機会に他ならない。
「ただし……公平を期するために、使う食材は当日にくじ引きで決まります。」
「なるほど。その場での対応力が求められるということか。」
「……だが、ここ数年は奇妙な噂がありまして、一昨年も、昨年も、有力候補の料理人だけが毒を持つ生き物を引き当ててしまう。そして、なぜか必ずある料理人が優勝しているのです。」
アキードの表情が曇る。
その言葉の意味を、ナカムラはすぐに理解した。
「つまり……仕組まれている、ということか」
「可能性は高いです。今年も同じことが起こるなら、毒のある生き物を扱える料理人がいなければ勝負にならない。そして今年は私が推薦料理人を選ぶ役を任された。だから、あなたを指名したいのです。」
周囲で聞いていたコリーが目を丸くする。
「すごい大舞台ですねー!」
「ナカムラさんの事は、すぐれた技術を持つ地方の料理人として、私の方で宣伝しておきます。優勝候補という噂も流すので、どうかお力添えをお願いしたい。」
ナカムラは少し考え込み、手元のうなぎを返した。炭火の上でパチパチと脂が弾け、甘辛い香りが鼻を突く。目の前には笑顔で蒲焼きを頬張る冒険者たち。その姿が、彼の心を後押しした。
「……やるしかないな」」
ナカムラは頷いた。
「依頼を受けよう。もし不正があるなら、なおさら見過ごせない」
アキードは安堵の表情を見せ、手を差し伸べた。
「ありがとうございます。期待していますよ。」
握手を交わした瞬間、ギルドの食堂に再び賑やかな声が広がった。冒険者たちの笑い声と、蒲焼きの香りに包まれながら、ナカムラの胸には新たな決意が芽生えていた。
一年に一度の料理大会。不正がはびこる場であろうと、毒が仕組まれようと、立ち向かう価値はある。こうして、ナカムラは大舞台に挑むことを決めた。火と香りと笑顔に満ちたこの日が、新たな挑戦の始まりとなった。




