第18話 おっさんの変化と絶品かば焼き
湿地での依頼を無事に終え、オニガラエビを抱えて都へ戻った頃には、すでに昼を過ぎていた。冒険者ギルドの大扉を押し開けると、喧騒と熱気が一気に飛び込んでくる。依頼を終えて報告する者、酒を片手に仲間と騒ぐ者、それぞれの声が重なり合っている。カイルが前に立ち、納品窓口へエビの詰まった籠を差し出した。
「湿地での依頼の品です。十匹全部無傷、3匹は爪がとれてしまいました。」
職員が数を確認するとすぐに帳簿へと記入した。
「綺麗な状態が多いですね。ありがとうございます。確かに受領しました」
しばらくの後、規定通りの報酬が袋に分けられ、三人の手に渡る。
コリーは目を細めて喜び、カイルは安堵の表情を浮かべた。ミナも胸を張り、冒険者として初めての達成感に頬を紅潮させていた。
だが、ナカムラの眼差しだけはすでに別の方向へ向いていた。
受付嬢のカウンター前へ進み出ると、彼は声を落として切り出した。
「ひとつお願いがあるんだ。ギルドの台所を、少し借りられないだろうか?」
受付嬢はきょとんと目を丸くした。
「台所……ですか?」
「調理場があると聞いた、どうしても試したいことがあるんだ」
彼女は一瞬ためらったものの、真剣な表情に押され、結局首を縦に振った。
「調理器具を壊したり、他の人に迷惑をかけたりは困りますよ?」
「もちろんだ」
許可を得たナカムラは、すぐさまカイルとミナを呼び寄せた。
「二人にご馳走したいものがある。例のドクウナギだ」
途端に二人は顔を引きつらせた。
「え、あ……やっぱり食べるんだ……?」
だが、ナカムラは揺るぎない声音で答えた。
「心配はいらん。まずは俺が食べて毒見をする。それで平気だと分かれば、二人にも振る舞う。こいつを最高の味に仕上げる。信じてくれ。」
あまりに自信に満ちた声に、二人は顔を見合わせる。
「……そこまで言うなら」
「し、仕方ないか……付き合うよ」
不安は残るものの、その態度を信じて待つことにした。
ギルドの裏手、調理場の石造りの台にドクウナギが置かれる。まだ籠の中でぬらぬらと身をよじらせ、毒の粘液を滴らせていた。自信を持って話していたが、実は不安もあった。
(この世界のウナギは、はたして俺の知っているウナギなのだろうか?もし違う場所に毒があったり、加熱しても食べられない……そうキタマクラのような生き物だったら……)
包丁を握る手が汗ばむ、しかし、挑戦してみたい。その想いが勝った。
ナカムラは包丁を構え、鋭く睨み込む。
――その時だった。
ウナギの表皮が、淡い黒緑の光を放った。まるで血管を走るように、毒のある部位だけが鈍く明滅している。腹を裂くと、内臓の一部も同様に光を宿していた。
「なるほどな」
ナカムラは口の端を吊り上げる。
「この光、毒が存在する箇所を示している……そういうことか」
ナカムラは迷いなく、光を発する部位だけを取り除いていく。表皮の粘膜、発光した内臓の塊。毒のある部分を次々と分離し、残された身は透き通るように白かった。
「これでいい」
彼は包丁を拭き、身を串に刺す。都で見つけた醤油に近い液体と砂糖、酒を混ぜ合わせ作ったタレに漬け、炭火の上へ。
炭火の上でじゅうじゅうと音を立てながら焼かれるウナギ。タレがしたたり、炭に落ちるたびに香ばしい煙が立ちのぼり、辺り一面に甘く香ばしい匂いが広がる。その香りだけで、もう胃袋が目を覚まし、箸を持つ手がうずいてしまう。
焼き上がったウナギは、照り輝くタレをまとい、黄金色と飴色のコントラストが美しい。箸を入れれば、表面は香ばしく、中はふっくら。湯気とともに甘辛い香りが立ち上がり、思わず唾を飲み込む。完成したかば焼きが、テーブルで緊張して待つカイルとミナの前に、どんと置かれた。
「まずは俺が食ってみよう」
アツアツのウナギのかば焼きを、口に運ぶ。ひと口頬張れば――タレの甘みと香ばしさが広がり、すぐにウナギのとろけるような脂と身の柔らかさが追いかけてくる。外側の香ばしさと内側のふわふわの対比が絶妙で、噛むたびにじんわりと旨みがにじみ出す。ウナギのかば焼きは、香りで誘い、見た目で魅せ、口に入れた瞬間にすべてを虜にする。まさに“食欲の魔力”を持つ一品と言える。
「さぁ、どうする、俺の様子を少し待つか?しかし今が一番うまいぞ」
不安もあるが、それ以上に食欲をそそる見た目と香りに負け、かば焼きを口に運ぶ、二人の目が見開かれる。
「な、なにこれ!」
「うまい! 信じられないくらい、うまい!」
身はふっくらとして、噛めばじゅわっと甘い脂が溢れる。タレの香ばしさが後を追い、思わずもう一口、さらにもう一口と止まらなくなる。二人は、夢中になって食べ始めた。
その様子に、近くの冒険者たちが次々と集まってきた。
「おい、何食ってんだ? やけにいい匂いがするな」
「ドクウナギ……? あの毒まみれのやつか?」
「嘘だろ、そんなもん食えるわけ……」
だが、二人が至福の表情で頬張るのを目にし、声色が変わった。
「なあ、ひと口でいいから……俺にも食わせてくれ!」
「頼む! ずっと気になって仕方ない!」
ナカムラは苦笑しつつ、台所でもう一匹捌く。
一口食べた瞬間、冒険者たちの顔が一様に驚愕と歓喜に染まった。
「う、うますぎる!」
「こんなの、都の高級料理でも食えねえぞ!」
「まさかドクウナギが、こんな……!」
たちまち人だかりができ、台所の空気は異様な熱気に包まれた。やがて職員までもが口にし、思わず感嘆の声を漏らした。
「信じられない。本当に無毒化されている。しかも、絶品です」
食べ終えた冒険者たちは、口々に「また食べたい」と懇願する。
中には「金なら払う、次はいつ食える?」と詰め寄る者までいた。
受付嬢が困惑気味にナカムラへ向き直る。
「これほど話題になるとは思いませんでした。もしよければ、週に一度でも構いません。ギルドの台所を使って特別に、この料理を提供していただけませんか?」
場は静まり、冒険者たちが期待の眼差しで彼を見つめる。
ナカムラは少し考え、にやりと笑った。
「なるほど……毒魚食堂都支店ってとこか。やってみようじゃないか」
その言葉に歓声が上がる。都の冒険者ギルドに、新たな名物が誕生した瞬間だった。




