第17話 淡水での出会い
夜の湿地は、昼間以上に不気味だった。無数の虫の声が重なり合い、時折、水面を跳ねる音が響く。月明かりは雲に隠れ、見えるのはランタンの揺らぐ灯だけ。
「じゃあ、次は俺が見張るよ」
カイルが小声で言い、火のそばで横になっていたミナの肩を軽く叩いた。
「ふぁ……。ごめん、すぐ交代する」
眠そうに目をこすりながらミナが起き上がる。彼らは順番に見張り番を務めていた。湿地には、昼夜を問わず捕食者が潜む。水面下から忍び寄る蛇、夜目を光らせる鳥類、気を抜けば、襲われる可能性がある。
ナカムラも眠りは浅かった。時折目を開けては、火に照らされた仲間の姿を確認し、またうつらうつらとまぶたを閉じる。湿地の夜は長く、体の芯まで湿気が入り込むように冷たい。やがて、東の空がうっすらと白み始めた。
「……朝だ」
カイルがつぶやくと、眠っていたミナとコリーも身を起こす。焚き火の赤い残り火を確かめ、ナカムラは立ち上がった。
「さて、そろそろ釣りを始めようか。オニガラエビは朝方が活発だ。今が狙い目だぞ」
湿地の大河から分かれた細い水路のほとりに移動する。霧が薄く漂い、ひんやりとした風が肌を撫でる。足元はぬかるんでいたが、水面は静かで、朝の光を反射して銀色にきらめいていた。
ナカムラは釣り竿に餌を仕込み、水面へと投げ込んだ。餌は前夜に仕留めたワニの肉片。死肉を好むオニガラエビには格好の誘い餌となる。
「よし、あとはじっくり待つだけだ」
しばらく沈黙が続く。鳥のさえずりと水音だけが響く。
突然、竿先がぐん、としなる。
「きた!幸先がいいな」
ナカムラは慌てずに糸を引き上げた。水中から現れたのは、茶褐色の殻に覆われた大ぶりのエビ。鋭いハサミを振りかざしながら暴れるその姿に、カイルとミナが歓声をあげる。
「これがオニガラエビか!」
「ほんとだ、三十センチはある、いいサイズね」
ナカムラは素早く網籠に放り込む。
中でエビがごつごつと跳ね、殻が籠とぶつかり合って音を立てた。
釣りの合間に、前夜仕掛けた罠籠も確認していく。草むらの奥、水路に沈めていた籠を引き上げると、ずっしりとした重みが手に伝わった。
「おお……!」
網を開けると、中には二匹、三匹とオニガラエビがもがいている。硬い甲羅が水に濡れて鈍く光り、太いハサミが網を挟んでぎしぎしと音を立てる。他の魚もいたが依頼には関係ないため、逃がしておく。
「これなら報酬も期待できそうだな」
ナカムラは満足げに頷いた。ミナが笑顔を見せる。
「昨日のワニ退治は冷や汗ものだったけど……エビがこんなに捕れるなら、頑張った甲斐があったね」
カイルも肩の力を抜き、安堵したように頷く。
「やっと報酬に繋がる実感が湧いてきたな」
コリーはと言えば、網籠の中をじっと覗き込み、
「美味しいのかな……」
と、口の端をちょっと上げている。
そんな中、そろそろ仕舞おうとしていたナカムラの竿がオニガラエビの比ではない力でひったくられる。
「ん?なんだ……」
竿がぐんぐんと曲がり、激しく水面が揺れる。
「これは!相当大物だぞ」
仲間たちが見守る中、ナカムラは慎重に糸を手繰り寄せた。水面を割って飛び出したのは、長く、ぬらりと光る体。太い胴をくねらせ、鋭い歯を見せて威嚇するその姿に、一同は息を呑んだ。
「うわっ! 何あれ!」
「ウナギ? いや、待て、これは」
カイルが青ざめた表情で叫ぶ。
「それはドクウナギだ! 体中に毒の粘液をまとってる!」
「まさか、この世界で出会えるとはな……」
粘液を滴らせるウナギをナカムラは、回収した内の1つの罠籠に放り込んだ。
ミナは一歩下がり、顔をしかめた。
「そ、そんなの捕まえてどうするの!? 危ないよ!」
しかし、ナカムラの瞳だけは、ぎらりと輝いていた。
「ドクウナギか。思わぬ収穫だった、都に戻ったら最高の食事を提供できる。」
仲間たちが驚き不安を入り混ぜた視線を向けるが、ナカムラは意に介さない。
「とりあえず籠に入れておこう。毒が不安なら、俺が捌いて最初に食べる。やはりかば焼きだろうなぁ、そうするとどこか台所を借りないといかんな、ギルドで相談すれば、あそこを貸してもらえるかもしれん……白焼きが妥当だろうか……。」
カイルは渋い顔でため息をついた。
「信じられない。普通なら絶対に近寄らない獲物なのに」
「物好きなおっさんって感じ」
ミナが呆れ半分で笑い、コリーは小声で、
「でも、なんか楽しそう」
とつぶやいた。
釣りと罠の回収を終え、結果はオニガラエビ十数匹。籠を背負えばずしりとした重みが背中にのしかかる。だが、それ以上に収穫の手応えが心を満たしていた。
ナカムラは仲間たちに向かって言った。
「よし。これで都に帰れる。……ただし、もう一つの籠も一緒に、な」
そう言って彼が背負い直したのは、ぬるりとした粘液に包まれたドクウナギの籠。ミナが不安そうに眉をひそめ、カイルは息をのむ。
こうして二つの籠を抱えた一行は、都へ戻るため湿地を後にした。




