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おっさん異世界でフグをさばいていたら伝説になる  作者: 北真っ暗
1つ目の伝説

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第16話 湿地に潜む危険とうまい肉

 都を出発してから半日ほど。四人は、東の湿地帯へと足を踏み入れていた。

 大きな川が山脈から流れ下り、湿地の中央を貫いている。その川の水は複雑に枝分かれし、大小無数の湖を作り出していた。湖同士は細い水路で繋がり、まるで血管のように地形全体を潤している。


 一歩進めば足が泥に沈み、靴の底が吸い付くようにぬかるむ。勢いよく踏み込めば、膝まで埋まりかねない。乾いた場所を選んで歩かねば、移動だけで体力を消耗してしまう。さらに厄介なのは植生だ。腰の高さまで伸びる草や低木が生い茂り、足元の状態を隠している。水たまりか、乾いた地面か、あるいは小動物が潜む穴なのか――。一歩ごとに確かめながら進まねばならなかった。

 そんな環境を警戒しつつ歩き続けるうち、やがて開けた場所に出た。


「……ここなら良さそうだな」


 ナカムラが立ち止まり、周囲を見回した。そこはわずかに盛り上がった高台になっており、地面は乾いて固い。視界も広く、周囲の湖や草むらを一望できる。


「キャンプ地にぴったり!」


とミナが声を上げる。


「夜の見張りもしやすいし、罠を仕掛けた場所の確認もできる」


 拠点が決まれば、次は実作業だ。ナカムラは地図代わりに枝で地面に線を引き、簡単な方角を示す。


「俺たちはここを基点にして周囲を回り、エビのいそうな水際に罠を仕掛ける。死肉を餌に使えば寄ってくるはずだ」


 目星をつけた何か所かに罠を仕掛けて回っている、その時だった。


「きゃっ!」


 突然、ミナが短い悲鳴を上げた。彼女の足元で、泥と草をかき分ける鈍い音が響く。ぬらりと光る鱗、低い唸り声。1つの影が泥水から跳ねるように飛び出した。


「ワニだっ!」


 ナカムラが叫ぶ。

 全長1.5メートルほどの湿地ワニ。強靭な顎を開き、鋭い歯を剥き出しにしている。噛みつかれれば、そのまま回転して肉を引きちぎる――恐ろしい習性を持つ生物だ。


「下がれ! 距離をとれ!」


 ナカムラの指示に従い、全員が一斉に後退する。ワニは短い足で素早く追いすがり、尾を振り回して草をなぎ倒した。


「コリー!投網いけるか!?」


「はいっ!」


 コリーが魚をとるための投網をワニに向かって投げる。回転しながら大きく広がる網にワニは絡まり、動きづらくなった。そのワニに対して、ナカムラは近くの石を掴んで投げつける。ゴッ、と鈍い音を立ててワニの頭に当たり、さらに激しく暴れる。ワニは低く唸り、首を振って怒りを露わにする。


「カイル、ミナ、準備しろ! 弱ってきたら突っ込むぞ!」

「了解!」


 カイルが盾を前に構え、剣を抜く。ミナも槍を握り直し、恐怖を押し殺して前へ出た。その間も、ナカムラとコリーは石を投げ続け、距離を保ちながらワニを消耗させる。やがて、動きが目に見えて鈍り始めた。息も荒く、泥の上で身体を引きずるようにしか進めない。


「今だ!」


 カイルが先に飛び込み、盾でワニの鼻先を押さえつける。次の瞬間、ミナの槍がその眼窩へ突き刺さった。苦悶の咆哮が湿地に響き、ワニの巨体がのたうつ。カイルは渾身の力で剣を振り下ろし、首元に刃を叩き込んだ。バシャ、と泥が跳ね、やがてワニは力を失って動かなくなった。


「はぁ、はぁ……」


息を切らしながら、ミナは槍を握り締めたまま立ち尽くす。


「ご、ごめんなさい。きっと私が刺激しちゃったから」


ナカムラは肩で息をしつつも、落ち着いた声で言った。


「気にするな。むしろいい経験になった。俺達の初めての成果だ。」


「……はい」


 ミナは真剣な顔で頷く。


 ひとまず周囲の安全を確認し、罠をいくつか仕掛け終えると、四人は拠点へ戻った。


「さて……せっかくだから、この獲物をいただくとしよう」


 ナカムラが出刃包丁を取り出す。魚を捌き慣れた手は、爬虫類相手でも迷いがない。鱗を削ぎ、分厚い皮を剥ぎ取ると、白い身が現れた。


 焚火の上で鉄串に刺した肉を焼き始めると、香ばしい匂いが漂ってきた。肉からは余分な脂が滴り落ち、ぱちぱちと音を立てる。


「うわぁ!おいしそう!」


 コリーが目を輝かせる。焼きあがった肉をひと切れ口に運ぶと――。


 ナカムラは目を細めた。

「淡白だが、しっかりとした噛み応えがあるな。鶏肉に近いが、もう少し弾力が強い」


 コリーも一口食べ、思わず声を上げる。


「ほんとだ! ぷりぷりしてる! でも、噛んでるとほんのり甘みがあって、おいしいですー」


 カイルはがっつくように肉を食べ、嬉しそうに笑った。


「こんなでっかい肉、村じゃ食べられなかった! 冒険者って悪くないな!」


 ミナも口いっぱいに肉を頬張り、満足げに頷く。


 湿地での初戦闘。恐怖と緊張の中で掴んだ勝利の味は、ただの肉以上に格別だった。


 四人は焚火を囲み、笑いながらワニの肉を分け合った。夜の帳が降り始め、湿地の霧が濃くなる。その静けさの中、冒険者としての初めての一日がゆっくりと終わっていった。

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