第11話 旅立ちの決意
それからの数か月は、ナカムラにとっても、村人たちにとっても充実した日々だった。丸く膨らむ毒魚をはじめ、村周辺で獲れる毒魚の大半を何人かの村人は、安全に捌けるようになり、毒魚料理を提供する旅館もいくつか建ち、村は活気にあふれていた。
ナカムラ自身も、この数か月で毒捌きのスキルの向上を実感していた。わずか1振りで、丸く膨らむ毒魚を解体することが出来るようになり、もはや技術というよりは異能に近い現象が起きていた。どの毒魚も安全に、かつ美味しく仕上げられるようになったと実感した時、決意する。
(よし、これなら次は、魚以外の毒性生物でも、自分の力を試せるな……)
ナカムラは、自身の成長と村人の成長に後押しされ、村の外へ向かう準備をするため、村人達を集め、自分の気持ちを伝えた。もちろん、賛否両論である。
「いなくなったら、後発を育てるのが難しくなる。」
「まだ、あの味は出せてない」
「いや、こんなところで終わるわけがない、もっと行けるさ」
「もう十分、村のためにやってくれた」
様々な意見が出る中、カマヒの発言で、村人は静かになる。
「今の村は、彼が来るまではあり得なかったこと、彼が希望するなら、それを応援するのが私達の唯一の恩返しだろう」
この言葉によって、村人たちは、自分達だけで村を維持する必要性を改めて感じ、出立までの残りの期間で、出来る限りナカムラがいなくても、なんとか出来るようにならないといけないと奮い立った。
「カマヒさん、申し訳ない。せっかく助けてもらったのに」
「そんなことを言わないでほしい、もう十分に返してもらった」
村を出る……その言葉を言ったあとに寂しさもこみ上げてきた。また一人になって、知らない異世界を歩く。若干の不安もある。しかしこのまま、この村にいるべきでもないとなんとなく感じてはいた。そんなナカムラの思いを感じ取ったのか、コリーが驚く発言をする。
「私も一緒に行きたいです~」
カマヒは、あまりの唐突な発言に声を荒げる。
「コリー! 危険だぞ! 村に残るんだ!」
「姉さん、何を言ってるの!?」
リリーも一緒になってコリーを制止しようとする。
「でも、この数か月で、少しずつスキルも扱えるようになったんです。ナカムラさんが外の世界を旅するなら、怪我が治せたほうが安全なはず、だから……」
「コリー、危ない道になる。お世話になった子を危険な目に会わせるわけには……」
ナカムラも制止しようとする。
「じゃあ、なんでこのアクセサリーをくれたんですか?これの意味、知らなかったんですか!?」
コリーに都で渡したアクセサリーは、コリーの誕生花が刻まれたものだった。この世界では、誕生花のアクセサリーを渡すのは、好意という意味だった。もちろん、おっさんは知らない。なぜならおっさんだからである。
「え……あ……」
意味を知っていたわけではないナカムラだが、その言葉と場の雰囲気でなんとなく察してしまったため、言葉を続けることが出来なかった。
「……わかった。危ないと思ったら、絶対にすぐに村に戻ること。それだけは約束してくれ。」
カマヒは、ここまではっきりと意見を言うコリーは珍しいと思い、このまま反対して、あとから追いかけられても困ると思ったのだろう。頭を下げながら、伝えてきた。
「すまない、連れていってやってはくれないだろうか、どこからでも便りさえくれれば連れ帰りにいく。だから、頼む。」
ここまで言われると、断りにくいというか断る理由がなくなった。感情的になったせいで、少し涙を浮かべるコリーに向かって、ナカムラは伝える。
「よし、じゃあ一緒に行こう。」
「はい!」
都に向けて出立するための準備が始まった。
~準備編~
ナカムラは、自室にて今あるものを整理していた。今、自分が持っているものは、
60ℓサイズのバックパック
コンパクト釣り竿とリール
伸縮性の玉網
釣り用の小物と替えの釣り糸
ケース入りの出刃包丁
まな板
折り畳みバケツ
水の入る水筒
ライター
財布
携帯電話
懐中電灯
「こんなとこか」
村の外に出る以上は、誰かの助けがない状態でなんとかしなければならない。今あるものを確認して、足りないものは自分の力が揃える必要がある。
「こっちのほうはなんとかなりそうだなぁ」
そういって、財布を眺める。この半年程度で、この世界の通貨は大分貯まっていた。最初は無償で提供していた食堂だが、だんだんと収益が出るようになり、仕事に没頭していたら、かなりの額になっていたのだった。
「最悪、誰かを雇って、でも雇うっていっても信用できる人がどうか分からないよなぁ」
フグを捌く流れで、はっきりと物を言う姿を見せていたが、一人になると自信がなくなる。おっさんというのはそういう生き物なのだ。
「コリーもいるから、あんまり危ない事するわけにもいかないしなぁ」
独り言も多くなる。いっその事、村にずっと残るって言ってれば、安心して生活できたかもしれない。そんな考えすら浮かんでくる。
「でも、外の世界を探していけば、元の世界に帰れるかもしれないしな」
そう言いながら、電源の入らなくなった携帯電話を見つめ、今後の事を考えすぎると憂鬱になる気持ちを誤魔化すように床についた。たまには弱音を吐いてもいいじゃないか、おっさんだもの……。




