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第73話「龍と人」

 東大陸南部スザク国、首都プーコランドの街外れ。

 龍と人、闇、そして神の名を冠する者たちが一堂に会し、世界の行く末についての対話が始まろうとしていた。一堂の中央の空から見下ろす真紅の巨龍アマニは、全身から立ち上る力を意図的に内に留め、極めて真剣な面持ちで言葉を発した。

《まずは……初めましてだな。シャーロット=ハイドウォークよ。俺の名はアマニ。帝龍ハーシルの“列”にして、龍族第1席に位置しているモンだ》

「初めまして、アマニ様。御高名は聞き及んでおります。私の名はシャーロットです。気軽にシャルちゃんと呼んで下さい」

 深々とお辞儀をした彼女をまじまじと見つめると、アマニは突如として表情を崩し、口角を上げて豪快に笑った。

《フッハッハ! 噂には聞いてはいたが、本当にアガナ様に瓜二つだな。纏っている雰囲気はまるで違うが》

「アガナ様をご存知でいらっしゃいますか。私は文書でしか知りませんが、どうもその様で。彼女は一体どのような御方だったのですか?」

《あの方は、なんというか……自由な方だったよ。俺はガキだったからそこまで親しくなかったが、ウチの叔父貴はあの方にぞっこんだったぜ。まあそれはいい。今は差し迫った件について話をしよう。重要な話だ。他の方々も一緒に聞いてくれ》

「うむ。では聞いてやろうではないか、アマニとやら。堅苦しくせんで良いぞ」

 金蛇屋藤兵衛はその場にどかりと腰を下ろして、悠然とキセルをふかし始めた。アマニは一瞬だけ呆気にとられた顔をすると、ざわめき立つ周囲の龍たちを気配だけで抑え、すぐにふっと笑みを戻した。

《お前さんが金蛇屋藤兵衛か。噂は聞いてるぜ。亜門の主とのことだが、なかなか肝の座った人物のようだな》

「グワッハッハ! “なかなか”で済む訳があるまいて。儂を誰と心得る? この東大陸の王、金蛇屋藤兵衛その人ぞ!!」

《フワッハッハ! そうかい。まあお手柔らかに頼むぜ。さ、そろそろ本題に移っていいか? お前さんの言う東大陸全体に帰結する問題なんだ》

 地面に足を付け翼を畳むと、神妙な面持ちでアマニは話を始めた。彼らの周囲は無数の龍族が取り囲み、極めて異様な雰囲気を作り出していた。

《まず、現状として龍と人間との間には、拭えない“壁”がある。古来より理解し合うことのなかったこの2種族は、神々との戦争により一時的に和解した。神族の暴挙に対抗すべく、俺たちは神々の反逆者アガナ=ハイドウォークの元に集まり、力を合わせて有史以来の支配者を打ち倒した。ここまではいいか?》

「……インギアもそんな話してたわね。正直信じたくないけど、どうせあんたも見てたんでしょ?」

 光術士リースは少しだけ眉間に皺を寄せて言葉を挟んだ。それを聞いたアマニは目つきを鋭くさせ、感情を抑え込むような実に複雑な表情になった。

《その装束……北の狂信者のものだな。龍と因縁深きお前らの国で、一連の事態がどう伝わっているかは知らんが、俺が語るのは紛れもない真実の一面だ。ややこしい経緯は一旦置き、結果としてアガナ様は神々に刃を向け、それに呼応する龍と人が集まり、遂に我らは世界をこの手にした。俺たちは人間と世界を分割支配する協定を作り、ひと時の平和が訪れた。だが、アガナ様が人間に殺められたことにより両種族の均衡は崩れ、龍と人は憎しみ合い殺しあった。そして……結果として龍は破れた。歴史は繰り返す。龍の一部が人に付いたことにより、新たな1人の“英雄”の働きにより、龍戦争と呼ばれた戦争は幕を下ろす。ここまでが龍と人の因縁にして、これから話す事態の大前提だ》

「痛ましいお話です。人と龍は手を取り合っていかねばならぬものを……」

《その点は承服しかねるな。お前さんはあの戦争で、そこに至る経緯で、俺たちが何を失ったか知らんだろう? ……まあそれはいい。ここはイデオロギーをぶつける場所ではないからな。言いたいのは、この世界、時間軸で、龍と人はごく限定された箇所でしか交われぬ現実がある。その限定された場所が秋津国だ。あの島においては、龍は自治を守り、人と共存が可能なのだ》

 シャーロットの言葉を打ち消すようにアマニは断じた。亜門はうんうんと深く頷いて、彼の言葉に付け加えるように言った。

「その通りでござる。秋津において龍は神聖な存在。開祖たる秋津典膳様の朋友にて盟友。誰一人悪感情を持つものなど存在しませぬ」

《そう。フィキラの叔父貴の尽力もあって、秋津島は特別な場所だ。龍にとっても、人にとってもな。無数の島々から成る彼の国の中の、『冥島』と呼ばれる地。そこに龍の住まう地がある。東大陸に2つしかない、龍の巨大な集落。人と触れ合う事はないが、龍は自由にその羽を伸ばす。一種の理想郷だな》

「……胡散臭い話じゃな。現実に成立するとは思えぬわ。同じ人間ですら種が異なればすれ違い、憎しみ合い、殺し合う。異種族となれば尚更よ」

 ぼそりと口を出した藤兵衛の言葉に、空気を一変させる龍たち。慌ててレイが取りなそうとするも、アマニは鋭すぎる視線を真っ直ぐに彼にぶつけ、僅かな沈黙の後に微かに唇を曲げた。

《俺も同感だよ。そう、秋津国に存在する均衡は実に不安定なものだった。ほんの僅かな段差に躓くだけで崩れ落ちる、脆く積み重なった壁。その“壁”が3ヶ月前に壊れた。始まりは、首都キョウ北部に落下した謎の隕石。その日から氾濫した『闇』、そして人間に襲いかかる異種の化け物達》

「ま、まさか! 秋津が化け物どもに? 誠にござるか?! 皆は無事であられますか?」

《さあてな。人間の事情は知らん。だが結論として、連中は龍族を主犯と断定したようだ。突如として始まる龍と人との戦。苛烈を極まる戦いの末、彼の地の龍族の長が捕縛されるに至り、遂に俺たちに救援要請が来たのだ。そこのバルアが駆け付けてくれた》

「さすがの俺様でも、三日間飲まず食わずでの飛行はちとこたえたぜ。だがその甲斐あって、アマニさんが来てくれることになった。かつては袂を分かった関係だけど、種族のピンチとなりゃ話は別だってよ」

 龍たちは顔を見合わせて笑った。状況は整然と整理されてはいたが、実際の話は未だ終わりが見えてはいなかった。

「己も行くでござる! 故郷の危機とあらば、黙っておく訳にはいきませぬ!」

《俺がしたかったのはその話だ。亜門、確かにお前は強い。一緒に戦ってくれるなら、こんなに心強いことはない。だがお前は……本当に俺らと一緒に戦えるのか? そこを聞いておきたい。目下、俺らの敵は秋津の連中どもだ。その中には当然、人間も含まれるだろう。お前はかつての仲間を……場合によっては斬れるのか?》

「!! そ、それは……」

《つまりだ。お前が出来んというのなら、連れて行く訳にはいかん。それどころか人間どもに付くと言うのなら、何としてでも止めなければならない。例え……どんな手を使ってでもな》

 アマニの紅蓮の表皮から、活火山の如き破壊的な力が湧き上がった。現時点で龍族の最上位に位置するこの男の力は、亜門を含め全ての存在を魂から凍えさせるだけの威があった。それに呼応するかのように牙を剥く龍の群れ。亜門は返答に窮し、僅かに視線を下に向けた。仲間たちも戸惑いを隠せず対応が遅れる中、当然の如く堂々と切り込んだのは、やはりと言うべきかこの男だった。

「何とも剣呑な物言いじゃのう。いきなり現れたかと思ったら、集団で囲んだ上で恫喝と脅迫。誇り高き龍族が聞いて呆れるわい」

 藤兵衛の虚仮にしたような、嘲笑気味の低いダミ声が辺りに響いた。ギロリと一斉に振り返るアマニ率いる龍族。慌てて止めようとする一同に反し、彼は一切怯むことなく更に踏み込んでいった。

「まだ朧げじゃが、貴様の話を聞いていて分かった事実が1つある。貴様は阿呆ではない。それどころか、中々に出来る男じゃのう。端々から才気は伝わって来るわい。そんな貴様が言うのじゃから、ある意味では本気なのじゃろう。それも分かる。じゃがな、それは貴様の独断であろう? それとも龍族の主が、厚顔無恥にも斯様な事を抜かしたというのか? だとすれば、貴様らはその辺のちんぴらと変わらぬ阿呆に過ぎん。かつて人間に破れたのも合点がいくというものよ」

《……あまり俺を刺激するな。人間よ!!》

 アマニの怒りは灼熱となり、一瞬で周囲に熱の嵐を巻き起こした。強烈な力の波動に圧される一同。しかし藤兵衛は動じない。この男は動じない。

「やめておけい。もう腹は割れておるわ。貴様は亜門を試しておるだけじゃ。戦う気など毛頭ない、そうじゃろう? 考えてもみよ。これ程の使い手で、尚且つ龍族に無類の好意を持つ者など、世界中探しても存在せぬわ。貴様らとて此奴を失うは多大な損失の筈じゃ。儂にまやかしは通じぬ。貴様の如き使える男なら尚更じゃて」

《………》

「さて、その上で儂からの提案じゃ。亜門は貴様らの命とて人を斬らぬ。かと言って単純に人の味方もせぬ。亜門が斬るのは闇に染まる秋津の国、その元凶たる闇の眷属のみ。ここで誓わせようぞ。例えどんな状況になろうとも、亜門は龍という存在に傷1つ負わせぬ。此奴の誇りにかけて、儂の名誉にかけてここに誓うわい」

「殿……」

 静かに、静かに時間が流れた。緊迫の密度は膨れ上がり、耐え切れぬように風が一陣吹いたところで、アマニは弾けるように笑った。それは天を衝くかのような、激しくそれでいて涼しさの篭った笑い声だった。

《フッハッハッハッハ! これが人間か! これが金蛇屋藤兵衛か! 成る程、お前はそういう男か。よく理解したよ。そうだな、それが最適解だろうな。まったくもってその通りだよ》

「あ、アマニ殿?! では……」

 心配そうに覗き込む亜門の肩をばんと叩き、アマニは緊張を一気に解き放ってその場で足を崩した。周囲の龍たちもそれに倣い、揃って笑みを浮かべた。

《考えてもみろ? お前を傷つけるなんざ叔父貴が許す訳ねえだろ。俺が話聞きに行くってだけで相当なお冠だったぜ。まあでも……本気は本気だったさ。俺はな。お前の意思を……覚悟を計りたかっただけだ。悪かったな》

「ったく、人が悪いトカゲだぜ。ま、とにかくだ。俺達の次の目的地は決まったな。ただ問題は……」

 従者レイはちらりとシャーロットの方を向いた。彼女は俯いて沈んだ表情で、それに気付いたリースがふっと優しく彼女の手を握った。

「そうね。シャルちゃんは海を渡れないもん。……でも安心して。あたしたちきっとなんとかするから。ね、亜門くん?」

「リ、リース殿もご一緒に? それは……」

「なに? 嫌なの? どういう意味よ?」

「そ、そういう訳ではござりませぬが、その……話によれば今の秋津は敵の巣窟。危険が大きいかと思いますので……」

「……ふぅん。あたしを秋津に行かせたくないんだ。あたしが行っちゃまずいことがあるのね。地元でなにやらかしたんだか」

「ち、ち、ち、違いまする! こ、これはですな……」

「どう違うのか、ちゃんと自分の口で説明してくださぁい。おおかた昔の女に会わせたくないんでしょ? 志乃ちゃんだっけ? あたしと違っておしとやかな人みたいじゃないの」

「!! そ、そ、そ、それは……」

 しどろもどろになりながら弁解する亜門に、頬を膨らませて目を合わせないリース。それを呆れた顔で見守る一同。中でもアマニはにやにやと笑みを浮かべ、レイに向かってこそりと耳打ちした。

《なんだ、いい感じの女がいるじゃねえか。俺も叔父貴も、あいつは未来永劫種を残せねえんじゃねえかって心配していたんだがよ》

「ああ、いい雰囲気ではあるぜ。でもたぶん……ここからが絶望的な遠さだろうな」

「……じゃろうな。高堂家の未来は暗いわい。見よアマニ。あの情け無い土下座の姿を。あれが誇り高き侍のやる事かのう」

《フワッハッハ! 確かにな。完全に尻に敷かれてるじゃねえか。褥など夢のまた夢だな》

「ガッハッハッハッハ! 間違いないわい! じゃがの、アマニよ。あの女狐はまともな神経ではないからのう。やもすれば奇跡も起こり得るかもしれぬぞ」

《いやあ、そりゃねえだろ。だって聞いたか? うちの郷に女が迷い込んだ時のことをよ》

「何じゃその愉快そうな話は?! 詳しく話すのじゃ! 早うせい!」

《落ち着けって。それが傑作でよ。実はな……》

 他の者たちをそっちのけで、藤兵衛とアマニは実に楽しそうに顔を突き合わせて馬鹿話を始めた。ぽかんとする一同、そして龍たち。痴話喧嘩真っ最中の亜門とリース。実に気持ちのよい秋風が、人龍の間を吹き抜けていった。


《……でな。ここからが傑作なんだ。ガタガタ震えながら「お、お、お、己の腕に、つ、つ、つ、掴まるがよい」とかほざきやがってよ。俺もマジ笑い堪えんのに必死だったぜ》

「ケヒョーッヒョッヒョッヒョ! 容易に表情1つまで想像付くわい。実は過去にも同じことがあっての……」

 2人の会話は極度に盛り上がり、互いに体を叩き合いながら弾けるような笑顔を見せていた。眠りこけるシャーロットに毛布をかけつつ、レイはため息混じりに呟いた。

「おいおい。いつまで話してやがんだ? このままじゃ夜が明けちまうぞ」

「はっはっは。随分と気が合うことにて。アマニ殿は人間嫌いな御方でありましたが、これも殿の人徳ですな」

「相変わらず変人を落とすのだけは上手いわね。はあ、そろそろ眠くなってきたんだけど」

《ア、アマニ様。その……ちと時間がないかと……思うんですがね》

 遠慮がちに声を掛ける龍の1人。アマニはふと空を見上げ、驚きを隠し切れずに叫んだ。

《何だと?! もうこんなに経ったのか。すっかり夜も更けちまったな。いやあ、久々に楽しかったぜ。こんなに笑ったのは久々だ》

「こちらこそじゃて。種は違えど、見識深き者と言葉を交わすのは有意義なことじゃ。儂はお主の名を忘れぬぞ。偉大なる赤龍アマニよ」

《そりゃ俺の台詞だ。世界は広いな。まさかこんな人間がこの世にいるとは。勉強させて貰ったよ。商と銭の王、金蛇屋藤兵衛》

 アマニと藤兵衛は笑い、目を合わせ合って頷いた。それを合図に龍族は飛行を始めた。突風が一同の間を吹き荒れ、

《俺らは先に行くぜ。じゃあな、亜門。彼の地でまた会おう》

「ええ。必ずや御力になるべく腐心するでござる」

《おっと、忘れるとこだった。おいレイ。うちの叔父貴がお前さんに用があるそうだ。例の術が完成したみたいだぜ。シャーロットにも会いたがってたから、その辺も含めて一度郷に寄ってくれ》

「おお。助かるぜ。しばらくウチの“小娘”は寝込んでるが、それ知ったらきっと喜ぶからよ」

 そう言って2人は爪と拳を合わせて微笑み合った。そんな中うたた寝中のシャーロットが、目を擦りながら起き上がった。

「ふわ……出立ですか、アマニ様? 御武運を祈っております……zzz」

《シャーロットの身を守るにも最適な場所だろう。バルア。お前はこいつらを運んでやれ。戦いは俺らに任せとけ》

「へいへい。俺は戦いなんざまるでダメだかんな。せいぜい輸送に精を出すとするよ」

《バカ言ってんな。こんな仕事はお前にしか出来ねえよ。本当によくやってくれた。この感謝は忘れねえ。それでは行くぞ……野郎共!》

《は!》

 一斉に飛び立つ龍族。プーコランドの空は再び黒く染まり、直ぐに風と共に消え去っていった。残された彼らは互いに顔を見合わせると、意を決した表情になった。そんな中、亜門は一歩前へと歩み出て深々と頭を下げた。

「皆様方。先も申しました通り、己はすぐにでもアマニ殿を追って秋津に行こうと思いまする。異論はお有りか?」

「ありゃしねえよ。故郷のピンチなんだろ? いっぱつブチ食らわしてやれや。俺も後から追っかけるからよ」

「御意にて。ただレイ殿の獲物を残せる程、己は行儀良くはないでござるが」

「あたしも行くわ。亜門くんの背中に1人くらい乗るでしょ?」

「も、もちろんにござる。しかし何度も申し上げますが、大きな危険が……」

「行くから」

「か、かしこまりました。遠慮なく己にお乗り下され」

「ったくよ、そういうのは後でやれや。俺は一度お嬢様と一緒に龍の郷に行くぞ。クソ商人はどうすんだ?」

 急かし立てるレイを無視して、藤兵衛はゆっくりとキセルをふかし、じろりとシャーロットの方を眺めた。

「シャルや。先程から何故何も喋らぬ? お主はこの旅団の長であろうが」

「……自分が、情けないです」

「え? シャルちゃん……」

 シャーロットの美しい瞳には、薄らと涙が浮かんでいた。やがて粒になり頬を伝う涙を擦りながら、彼女は心底申し訳なさそうに頭を下げた。

「こんな危機に、仲間の国まで巻き込んだ事態だというのに、私は行くことが出来ません。私が引き起こした話だというのに、皆にばかり負担をかけてしまっています。それが……とても情けないのです」

「お、お嬢様。そりゃ違いますよ。俺たちはべつに気になんてしちゃいませんよ」

「でも、これはハイドウォーク家の話です。皆様にだけ迷惑をかけるなど、許される話ではありません」

「……」

 振り絞るように言いながら涙を流し続けるシャーロット。あたふたと言葉を探すレイ、無言のまま彼女を見つめる藤兵衛、そっと立ち上がり彼女の側に詰め寄る亜門とリース。特にリースは少し怒ったような顔で顔を突き付けると、静かながらも強い口調で話し始めた。

「あのね、シャルちゃん。負担とな迷惑とかさ、そういうつまんない言い方するのやめて。そういうの……あたし要らない。みんなだってそうよ。あそこのクソ狸は知らないけどさ」

「……リース」

「それにね、これはシャルちゃんだけの問題じゃないわ。あたしたち1人1人に関わることなの。だから、何も気にすることないから。ゆっくり休んでて。必ず敵を仕留めてみせるから。ね、亜門くん?」

「ふん。リース殿の言う通りにござる。別に最初から己は、其方になど協力するつもりはない。己は己のやるべきことを果たすべきでござれば。自らを過信した勘違いは即座に止めるでござる」

「ま、まあ亜門くんはほっといてさ。少なくともあたしはシャルちゃんのこと大好きだよ。だから力になりたいと思う。だって……あたしたち友達でしょ?」

「うっ……ありがとう、リース……私は本当に幸せです」

「だ、そうじゃ。お主は1人ではない。お主の側にはいつも此奴らがおり、何よりこの儂がおる。儂を誰と心得るか? 大船に乗った気でおるが良いぞ。ウワーッハッハッハッハッハ!!」

 一層流れ出す涙にくれながらも、とても美しく微笑むシャーロット。釣られるように笑う一同。進むべき道は決まっていた。あとは、進むのみ。誰もが同じ気持ちを胸に抱き、強く腕を突き出した。

「へっ。てめえが1番アテにならねえんだけどな。まあいい。亜門とリースは直行で、俺はお嬢様を送り届けてからすぐに向かうからよ。てか、さっきから聞いてんだけどよ、いったいてめえはどうすんだ? さっさと答えろや」

「1つだけ儂に案があるのじゃ。シャルを秋津国へと送る唯一の手段がの。とは言え、今の段階では只の儂の夢想に過ぎぬ。現実化するには、時間と発想と知識が要る。となると、儂の行くべき場所は時を歪ませし秘境……龍の王がおる郷しかあるまいて」

「流石は殿! 策がお有りでござるか! 協調性のない魔女めはさておき、殿も来ていただけるのなら百人力にて」

「策と呼ぶにはあまりに無謀じゃがの。これに賭けてみるしかあるまい。先陣はお主に任せるぞ、亜門。くれぐれも先の誓いを忘れるでない」

「はっはっは。殿、そういうのを秋津国では『典膳に道理を説く』と言い申す。必ずや己は故郷の闇を払うでござる」

「シャルちゃん、あたしのことは安心してね! 必ず亜門くんが守ってくれるから!」

「ふふ。いつもありがとう、リース。お願いしますよ、亜門」

「ふん。其方が偉そうに命ずるでない! だがまあ……秋津に来るなら茶ぐらいは用意するでござる。せいぜい殿やレイ殿のお手を煩わせるでないぞ。……それでは御免!」

 高らかに宣言した亜門は足先からゆっくりと龍の姿を纏い、そっと優しくリースを背に乗せてから、手を振るように翼を広げて天高くまで飛び去っていった。その美と力を併せ持った華麗な姿に、一同は揃って見惚れていた。シャーロットがどこまでも手を振りながら追い掛けて行く中、金蛇屋藤兵衛は微笑みこそ浮かべながらも、その目の奥に微かな翳りを秘めつつ、独り言のように呟いた。

「透き通って……おったの」

「あ? なに言ってんだてめえ? 頭でも打ったか?」

「ふん! 貴様のような年中脳震盪の阿呆には分かるまいて! ただ……ふと思い出しただけじゃ。かつて……あの日の龍牙の後姿をの」

「龍牙っつうと、亜門の昔の主人で……てめえのダチっていう侍か?」

「うむ。最後に会ったあの日、儂と龍牙はセイリュウ国のペントン港にて別れた。彼奴は言っておった。『必ずや秋津に巣食う敵を討ち滅ぼすでござる』と。儂はその力強くも何処か儚い姿に心奪われ、作戦の成功を心底確信した。が……現実は無残なものよ」

「……死んじまったんだろ? やっぱ眷属がからんでやがるのか?」

「恐らくの。龍牙は決して口を割らんかったじゃろうが、何らかの切掛となった可能性は高いわ。全て儂のせい、そう断じて差し支えなかろう。そして今……儂は亜門の背に龍牙を重ねた。透き通る程に美しい姿にの」

 次の瞬間、レイは藤兵衛の襟首を掴み上げた。彼は何も言わずに黙ってされるがままにしていたが、すぐに彼女は舌打ちをしながら突き飛ばした。

「……おい。2度とつまんねえこと言うな。俺ほどじゃねえが、あいつは強え。妙なことになんざなるわけがねえ。絶対だ!」

「……すまぬ。この件については儂が全面的に悪かったわい」

「けっ。辛気くせえクソだぜ。今に始まったことじゃねえけどよ。……っと、お嬢様がお戻りだ。さっさと出発の準備しろや」

 2人の遣り取りはこれ以降、宙に舞ったまま降りては来なかった。彼らは何事も無かったようにシャーロットを迎え入れ、話はここで終わった。そう、終わったのだった。

「シ、シャーロットちゃん! そんなに暴れたら落ちちゃうぜ! レイちゃん、なんとか言ってやってくれよ」

「諦めろ。俺にゃお嬢様を止められねえ。不用意に乗せた自分の甘さを恨め」

「そ、そんなあ。参るぜえ。……ってかさ、レイちゃん。あのイモ侍、本当に龍の力纏ってんのな。こないだはバタバタしてたけどよ、間近で見てみると圧巻だぜ」

「なんかよく知らねえけど、そうみてえだぜ。ま、あいつのことは心配いらねえさ」

「どうかねえ。あいつは確かに強えだろうな。それは認めるよ。けど……強さと弱さは裏返しっつってな。ま、いいか。男のことなんてどうでも。じゃあシャーロットちゃんにレイちゃん、乗りな。郷までひとっ飛びと行こうぜ」

 露骨に藤兵衛を無視し、バルアは女性陣に向けてウインクをした。彼はキセルをふかし、不気味に黙したまま飛龍の目の奥を見通し続けていた。

「……」

「おい、どうした? なんか……らしくねえな。普段なら『儂を忘れておるわ!』とかぬかすだろうが」

「この手の阿呆に何を言っても無駄じゃ。……おい、シャルや。どうも儂は乗せて貰えぬようじゃて。後から行く故、待っていてくれい。なあに、1月もあらば十分じゃろう」

「ええ! 藤兵衛が乗らないのなら、もちろん私も乗りません! 一緒に徒歩で向かいます」

「え? ええ! シャーロットちゃん、そんな……」

「(なぁるほどね)……おいバルア。お嬢様が乗らないなら俺も乗らねえぞ。てめえは先に行ってろや。まったくとんだ遠回りだぜ。これじゃハーシルの爺さん、さぞかし怒るだろうなあ」

「ええええ!! そ、そりゃ困るぜ! 俺だって一応立場ってもんがあるんだからよ!」

「本当に困ったもんじゃのう。誰のせいとは言わぬが、これでは帝龍閣下の面目は丸潰れじゃて。まあ、説明は謁見の際にゆっくりさせて貰うとしようかのう。シャル、虫や。こうなっては仕方あるまい。徒士でのんびり参るとするかのう」

 慌てふためくバルアに背を向け、3人は揃って明後日の方向へと歩き始めた。楽しそうに談笑しながら旅路を進まんとする彼らに、やがて懇願するような哀れな声が届いた。

「わ、わかった! 乗ってくれよ! もちろんそこの男もさ! 頼むよお……」

「ふん。最初からそう言えばよいのじゃ。まあ今回だけは許して進ぜよう。バルアとやら、1つ貸しじゃぞ。気合を入れて全速力で進むがよいわ」

「ったく、なにがどう貸しなんだかよ。ま、とにかく進めや。死ぬ気で飛びやがれ!」

「ふふ。頼りにしてますよ、バルアさん」

 クスクスと美しく微笑むシャーロットを抱え、風を纏い乗り込むレイ。一足先に乗り込み風を感じる藤兵衛。彼らの姿はすぐに世界の縁と同化し、地平線の彼方へと消えていった。


 世界は動き出していた。破滅の未来へと向けて、着実に。事ここに至り、遂にシャーロットたちの冒険は佳境へと達しようとしていた。

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