表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
63/107

第57話「Front Mission」

 スザク国某地。密林の中にひっそりと佇む小さな集落。その真ん中に設営された焚き火を囲むように、一団が宴席を設けていた。その多くは見すぼらしい格好の、見るからに野蛮そうな男たちだった。彼らは側に粗雑な武器を置いたまま、実に楽しそうに次から次へと酒を飲んでいた。男たちは叫び、歌い、今日という日の歓喜を共有していた。

 その野蛮な輪の中で、凡そ似つかわしくない身なりの男女が盃を傾けていた。男はここスザク国のものではない、高級そうなスーツをラフに着崩し、周囲の屈強な男たちの話を恐々と聞いては、その端正な顔を大袈裟に動かして頷きを繰り返していた。

「いやあ、皆さんお達者でらっしゃいますなあ。あっしなんぞでは手も足も出ませんでげす」

「ゲッヘッヘ! そりゃそうさ。俺たちパゾル一味は、この国一の盗賊団。他の連中にゃ手え出せねえさ」

「しっかし、命知らずもいいとこだぜ。俺らの仲間になろうなんざ。ガキに見えてなかなか肝の座った女だぜ。なあ、姉ちゃん」

 男の1人が、火の回りでのんびりと巻きタバコをふかす、金髪の女子にに声をかけた。彼女は長い頭髪を二つに縛り、まるで幼女にしか見えない姿であったが、それに似つかわしくない堂々とした態度で返した。

「あのさ、“仲間”なんて勝手に言わないでくれる? 一時的に手を組むだけよ。あんたたち山賊と一緒にされちゃ迷惑なんだけど」

「なんだとこのクソガキ! ぶっ殺してやろうか!」

「ヒャッハー! 殺すなら俺にくれ! たっぷり可愛がってやるぜ!」

「これこれ、物騒な事はやめておけい。そんな態度では大切な商談が露と消えようぞ」

 彼女の首元からひょこりと顔を出したのは、奇妙なことに手のひらほどの大きさしかない、しわくちゃの老人の姿だった。美しい漆黒に染められた商人服の背には、のたうつ金色の蛇。垂れたいやらしい目が特徴的なその老人は、彼は小さなキセルに不思議な力で火を付けると、細い目を更に細めて男たちに笑いかけた。

「お、小人の旦那じゃねえか。調子良さそうだな。メシでも食うかい?」

「ホッホッホ。生憎儂は小食でのう。気持ちだけ有難く頂戴するわい」

「ちょっと待ってくれ。お頭が旦那に挨拶したいとよ。何せ滅多にねえ大仕事だからな。……おーい、お頭ぁ!」

「これはこれは小人の旦那。この度は俺たちパゾル一味にご依頼頂きありがとうございやす。前金は確かに頂きましたぜ」

 奥から顔を出したのは、髭もじゃの大男。全身傷だらけで臭気にまみれ、手の平で顎の下をかきながら、彼は芝居じみた慇懃さを示した。

「ほう、お主がパゾルか。噂はオウリュウ国にまで届いておるぞ。なんでもスザク国一の大物山賊とか。その辺の有象無象とは違い、金次第ではどんな仕事も引き受ける誇り高き男と。どうやら噂は間違いではないようじゃな」

「ヘッヘッヘ。確かに俺らは誰でも殺すし何でも奪うが、仕事となりゃ話は別だ。前金もたんまり頂いたことだし、この先もでけえヤマがあるときてる。俺らに危害が加わらねえ限り、この国でのあんたらの安全は保証するぜ」

「ガッハッハ! そりゃ助かるわい。さ、ここは儂の奢りじゃ。大いに飲んで騒ぐと良いわ」

 月明かりの下。山賊たちが下品な叫び声を上げた。金蛇屋藤兵衛とその仲間2人もその輪の中に加わり、世界の歪みを感じながら佇んでいた。狂宴の宴は続き、やがて漆黒の闇が完全に周囲を包み込んだ。


 空には雲がたなびき、月の明かりを完全に覆い包んでいた。リースはぼんやりと空を眺めながら、ふうと一息ついて肩をすくめた。

「……隠れてないで出てきなさいよ。“本体”に似て趣味悪いわよ。一緒にどう?」

 彼女は右手に持った巻きタバコを肩越しに突き出し、振り返ることなく背後に声をかけた。するとガサゴソと茂みが揺れ、小さな姿の藤兵衛が皮肉に笑いながら出てきた。

「何じゃ、バレとったか。隙を見てお主のあられもない姿を観察してやろうかと思うとったにのう」

「嘘おっしゃい! あんた元々そういうの興味ないでしょ。まったく親が親なら子も子ね。こういう言い方が適切かどうか知らないけど」

 全身の疲労を隠し切れずに、リースは実に弱々しく笑った。一方で藤兵衛は高笑いをしながら踏ん反り返ると、傲慢極まる表情で彼女を見上げた。

「ガッハッハ! 随分と疲れておるようじゃな。まだまだ修業が足りんのう」

「ったく、人の苦労も知らないで。あんた、っていうかあんたの大元がおかしくなってる間、あたしがどんな苦労したと思ってんのよ!」

「まあそう言うでないわ。人生で上手くいくことなぞ稀よ。せめてこの儂に出会えた幸運に祈ることじゃな」

「はいはい。……ま、でもさ、本音を言えば、今日は本当に助かったわ。まさかあんな物騒な連中を手懐けるとはね」

 リースはほんの少しだけ、表情に明るさを取り戻して微笑んだ。小兵衛は悠然とキセルをふかしながら、冷静に現状を分析し始めた。

「まあ読み通りじゃて。儂が主人から受け取った力はごくごく僅かじゃ。そのままでは術式など使えぬし、何の役にも立てん。じゃが、流石は主人よ。それを見越して、賢者の石の主導権を儂に委譲してくれたのじゃ。それにより、僅かながら石に秘められし術も使える。1日に数度、しかも夜限定じゃが、こうして『転移』もできるという訳じゃな」

 小兵衛は何処かから目の前に札束の山を転移させて、得意げに言った。リースは呆れたような、それでいて何処か嬉しそうな表情を浮かべ、吐き出した煙で空に輪を作った。

「しっかし抜け目ないわね。いつの間に黒龍屋の倉庫なんて見つけたの? 確かにあそこなら金は山ほどあるだろうけど」

「グワッハッハッハ! 手続き的はあそこは既に主人のものじゃ。既に遊山には根回し済みぞ。持つべきものはコネと金じゃて」

「金……ね。ほんと大切よね。あんま認めたくないけれどさ、やっぱそうよね」

 何処か寂しそうに、それでいて自嘲するようにリースは呟いた。小兵衛はそれを見ると、ちょこんと床に腰を下ろして彼女の目を見つめた。

「前にもそのようなことを申しておったな。過去に金のことで何かあったのかの?」

「べつに。言うほどのことでもないし。ただ金がなかったせいで、今あたしはここでこんなことしてるってだけ」

「お主は北大陸の工作員じゃったな。そもそも何故ここにおるのじゃ? 主人には内密にしておく故、儂にだけこっそり教えてくれぬかの?」

「……あんた、ずいぶんガンガン前に出るわね! ちょっとクソ狸とは違う感じなんだけど! でも……そうね。なんか疲れちゃったし、気晴らしにはいいかも。本当にアレには内緒にしてくれるんでしょ?」

 リースは親指でやる気なく馬車を指差して言った。中からは大きなイビキとうわ言、歯ぎしりが波のように伝ってきていた。

「勿論じゃて。儂と主人とは今のところ記憶を共有できん。儂は儂じゃ。ほれ、何でも遠慮なく話すがよい」

「やれやれ、ほんとかしら。まあどうでもいいけどさ。べつに大した話じゃないわよ。あたしは貴族の家に生まれたの。パパは教団の大幹部でね、皆パパのことを慕って、いつだって人が集まって来てた。絵に描いたような裕福な暮らし、何一つ自分でやらなくても誰かしらがやってくれる、そんな感じね。ママはあたしを産んですぐ死んじゃったけど、その分パパは優しくって、子供はあたししかいなかったから、すごく甘くてさ。そんな平凡な地方貴族の感じ、あんたに想像つく?」

「何となくの。儂の家とは大違いじゃが、オウリュウ国にはそんな貴族が腐る程おったわい。して、それから何が起こったのじゃ?」

「ずっとこんな日々が続くもんだと思ってたわ。ずっと続くはずだと思ってた。でも……崩壊はいつの日も突然やってくるのね。ある日、あたしが12歳の時に、パパが教団でとんでもないことをやらかして……いろいろあって、最終的には死刑になったの。まあそれは仕方ないわ。割り切るしかないんだけど、問題はそこからよ。世の中現金なもんで、気づいたらお屋敷も使用人も、周りの人もみんなみんな何処かへいなくなってた。残ったのはお情け程度のあばら家だけ。今まで擦り寄ってきた連中は手のひら返して虐めてくるし、まあそこからはロクな人生じゃなかったわ」

「……ふむ。苦労したのう。で、そこから工作員に?」

「今から考えれば大した話じゃないけど、その時のあたしにとっちゃ大事件でね。周りにいい顔して、なんとかして教団からの信用を取り戻さなきゃならなかった。パパはね……お金の為に教団の大切なものを盗んだの。で、残されたあたしは幼馴染の伝手を伝ってアガナ神教の工作員になり、いろいろあって今に至る、ってわけ。ハイ終わり。つまんない話でごめんね」

 そこまで言い終わると、リースは静かに巻きたばこを踏み消して、野原にごろりと横になった。心なしか潤んだ瞳には、彼女の歩んで来た道に対する深い思いが込められているようだった。

「……」

「なによ。黙ってないでなんか言いなさいよ。ほんっと、あんたってあのクソ狸らしくないわね」

「いや、今の話で何かを思い出せそうなのじゃが……すまぬ! まるで記憶が雲の中にあるようじゃ。ところで、今回の旅の同行も“任務”の一環という事でよいかのう?」

「最初はね。もうなんの意味もないけど。あたしに与えられた任務は大きく2つ。1つが東大陸でのミカエルの監視、必要に応じて拿捕。教団はいつもハイドウォーク家の動向を探ってる。全ては聖母アガナ様の『遺物』を得るためにね。己の力のために、教団の発展のために、自らの正当性を誇示するために」

「……ちと待つがよい。そもそも何故東大陸なのじゃ? アガナとかいう者はシャルの祖先であろう? 遺物とやらが欲しければ、ハイドウォーク家があるという西大陸を探せばよいではないか」

「……そうね。普通に考えればそれが正しいわ。でも、アガナ様の足跡を辿るなら、ここ東大陸をおいて他はない。なぜならアガナ様は……ここ東大陸でお亡くなりになられたのだから」

「ほう。そういうことか。合点がいったわい。例の『楔』とやらに残された術の数々、あれはアガナが遺したものらしいしのう」

「あたしも『楔』の真意まではわからないわ。でもこの地には、間違いなくアガナ様の意思が込められている。ミカエルもそれを狙っていると推測するわ。あたしたちはそれを阻止したかった。言い方を変えれば、隙を見て横から掻っさらいたかったってわけ。ま、でもどだい無理な話ね。今の教団の内部はめちゃくちゃ。教皇猊下は健在だけど、末端じゃ指揮系統もへったくれもなく、勝手に暴走して、足を引っ張り合って沈んでってるだけ。ほんと、いつも困るのは現場よ」

「うむ。一団の長として肝に銘じておきたい台詞じゃな。だが話がそう来ると……お主が今もここにおる理由がはっきりするわい」

 小兵衛がにっと笑いながら言うのを横目で見て、リースはふっと笑い返し、2本目の巻きたばこの煙を天に向けて吐き出した。

「はは。そうね。確かにシャルちゃんから遺物のありかを聞き出したいって気持ちはあるわ。間違いなく出世できるだろうしね。でも……信じてもらえないかもしれないけど、あたしはシャルちゃんを助けたい。あたしには、あの子が教団で言われているような存在とはとても思えないの」

「? シャルについて何ぞ言われておるのか? 儂は全く知らぬぞ」

「……ハイドウォーク家は地上に残された、最後にして最強の神の系譜。神の一族には常に一子のみが産まれ、その力を代々継承し強くなっていく。ところが長い歴史の中で、ごく稀に双子が産まれることがある。そこから分岐した系譜は、常に世界規模の争いを生んでいったの。もうわかるわね? それがシャルちゃん。そして……アガナ様も」

「ほう。アガナとやらもそうであったか。確かにミカエルとやらはシャルに似ておる。ただ瓜二つというよりかは、何というか……ただの兄妹にしか見えぬがのう」

「そんなもんよ。似てない双子もいるでしょ? ただね、彼女の存在は、あたしのいたところじゃ……世界の危機とされているわ。現にアガナ様の時は世界を巻き込む大戦へと発展し、結果として地上を支配していた神々は全て滅んだ。じゃあ今度滅ぼされるのは……って話よ」

「ば、バカな! シャルがそんなことをする筈がないわ! 与太話も大概にいたせ!」

 勢いよく地に拳をぶつけて、小兵衛は顔を真っ赤にして叫んだ。リースはそれに反応すらせず、ただ空を眺めて独り言のように呟いた。

「……あたしだって、今はそんなこと思わない。でも、ほとんどの教団の連中はそう考えている。さらに言えば、闇の眷属達もそう考えている。あの下賎な存在は、かつての大戦の生き残りと聞いてるわ。神々の僕として大きな力を振るった者達も、ほとんどがアガナ様に滅ぼされた。あいつらは恐れているの。シャルちゃんが成長して、かつてのように自分達を滅ぼそうとすることを。だからミカエルに協力して、必死で襲いかかってくる。理解した?」

「む……むう。否定したいところじゃが、実に理に適う話じゃ。今までの彼奴の苦難はそこが源か。……と言うか、よく考えればシャルは一つも悪くないではないか! どいつもこいつも妄言で動きおってからに!」

「……そうかしら。必ずしも妄言とは言えないと思うけどね。まあいいわ。そろそろ夜も更けてきたわね。明日に備えて寝ましょう。明日の夜までお別れね」

 タバコを足で踏み潰して消し、リースは小さな体で大きく伸びをした。だが小兵衛はまだ不満そうにそこに立ち尽くしていた。

「ちょっと待つがよい。まだ申しておらぬ事があろう? お主のもう一つの任務とは何じゃ? ここまで言うたのなら最後まで言えい!」

「? ……ああ、あれね。べつにいいけど。あたしの任務はね……あんたよ」

「わ、儂じゃと? 何故ここで儂が出てくる? 儂のような善良な市民を捕まえて、神々だのアガナだのの与太話に巻き込むでないわ!」

「あんたが知らなくとも、大商人金蛇屋藤兵衛は昔からウチに1枚噛んでるのよ。……10年くらい前に北大陸来たの、覚えてる?」

「知らぬ! 今の儂では、主人の深い意識下にある記憶までは引き継げぬ故な。つまり、主人はそのことを完全に忘れておるか、もしくは……」

「……そう。ならいいわ。おやすみなさい」

 そう言って話を打ち切りその場を後にするリース。騒ぎ立てる言葉を置き去りにされた小兵衛は、頭を抱えて悩んでいた。

(むう。やはりこのままではいかん。何としてでも主人を取り戻さねばならぬ!)

 しかし彼には何の方策もない。朝を待てば消えてしまうだけの、儚い存在。けれど、彼は心に強く思う。今自身の中に沸き起こる思いを忘れることはない。

(ただ、ひたすらに神都へ。ただそれだけが儂の出来ること。そして……亜門や。お主はスザク国におるのじゃろう? 頼む! 儂らにはお主が必要なのじゃ! 儂を幾ら恨んでも構わぬ! じゃが、どうかリースを救ってやってくれい! お主が惚れた女じゃろうが……)

 その思いは闇と共に光の中へ溶けゆく定め。しかし、確かに今日この場に存在していたことは疑いようもない事実。彼は静かに目を閉じて、自らの意識を闇に委ねていった。


 大陸歴1279年8月。

 スザク国の夜は更けに更けていくのみだった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ