64. 小野チルドレン
梅子と鬼塚と橘は、夕食後のほうじ茶を飲んでまったりしていた。実は三人がこうして食堂で一緒になるのは久しぶりだった。鬼塚にも橘にも、現世からきた職場の後輩がいて、ふだんはその後輩たちと行動を共にすることが多かった。梅子のところにも小野海斗がいるが、彼は南天寮なので、寮での生活は別々だ。
「スガちゃん、どう? ポスト小野さん、小野さんジュニア、次代小野氏?」
「普通に小野君でいいんじゃないですか。フルネームは、小野海斗君ね」
「小野さんの誘いをずっと断っていたんでしょ。やる気ありそう?」
「ありまくり。小野君の中では、法曹界という同じジャンルだと思ってる節がありますね」
「菅原さんが教育係だって聞いたけど、どんなかしら。いずれ私とも仕事上の付き合いがあると思うから、為人を知っておきたいわね」
今度は橘からの質問だ。
「優秀です。間違いなく私より。優秀過ぎて、まだ欲しい能力が思いつかないみたい。今のところ自前の能力で不足がないようなんです」
「優秀さに溺れるタイプ?」
「いえ、貪欲に知識を求めるタイプです。さらに言えば、小野篁卿のワーカホリックを受け継いでいるように思います」
「それは閻魔庁に馴染むの早そうね」
「そうなんです。来て日も浅いから、最初から飛ばし過ぎない方が、って言ったら、『ここは過労死の心配がないから安心ですね』ってイイ笑顔で言われました」
「その小野君が、閻魔様の補佐として育ったら、小野さんどうするのかな」
「閻魔様は『小野のせがれ』と呼んで、小野さんを気に入ってるから、できれば長くいてほしいみたいなんですよね。小野さんの気持ちは分かりませんけど」
「小野さんも、もう五十歳くらいに見えるわよね」
「年をとっても威厳は増さないね」
「小野君を見る目が、成長した我が子を見るそれなんです。早期退職を考えてる中高年のイメージです」
「小野さん、辞めてほしくないなあ。スガちゃんが情緒不安定になりそう」
「え、そんな風に見えますか」
「見える見える」
「見えるわね」
二人にそう言われ、梅子は余計に不安になった。
梅子による小野海斗の新人教育は、五日間で終了となった。
小野海斗は、梅子と同じ仕事をするわけではないので、今後は小野から仕事を教わることになっている。あくまでも小野の後継者なのである。
「小野君も、手習いは続けるんですね」
朝、小野家の部屋で、梅子は小野海斗と並んで手習いをしていた。
「はい、この毛筆で書くというのは、数をこなさないと慣れませんからね。俺は、美しさには目をつぶって、速さと正確さと、他人が読める、という三点をクリアしたら終了するつもりです」
「徹底して効率主義ですね。第三王の宋帝様のところにいる大伴さんと気が合いそう」
「どんな人ですか」
「バックに質の悪い守護霊を背負ってる人」
「ああ、大蛇とバトルした、新人君て呼ばれてる人ですよね。まだ来たばかりなんですか」
「いや、かれこれ百二十年かな。新人君は二つ名だから、たぶんずっとそのままですね」
「二つ名、いいな。俺も何かないかな。格好いいの」
「友達が、小野さんジュニアとか、次代小野氏とか言ってましたよ」
「・・・それくらいなら、いらないです」
「ですよね。普通にフルネーム教えておきました」
「かたじけない」
小野海斗は、それから閻魔庁の審理のシステムを学ぶべく、第一王から第十王まで、それぞれ数か月ずつ研修に出向くことになった。
研修期間中も、朝の手習いには来たので、梅子とは毎朝、顔を合わせた。時には、茶も一緒に飲む。
「今はどこで研修ですか」
「第三王の宋帝様のところです」
「大蛇とか、平気ですか」
「ええ、新人君が睨みを利かせているので、大人しいものです。それより感激したことがあって、俺、元々猫アレルギーなんですよ。だけど、化け猫に群がられても平気だったんです。前世で猫を触ってみたくてたまらなかったので、化け猫でも、嬉しいです」
「大伴さんと同じようなこと言ってますね」
「化け猫バンザイです」
「それ、化け猫だから平気なんじゃなくて、小野君が死んでるからアレルギー反応が出ないだけじゃないですか」
「え?」
「第二王の初江様のところには、証人として猫が来ていませんでしたか?」
「いえ、犬と野生の鹿くらいですね」
「野生の鹿が、何を証言したんですか」
「ジビエ料理が流行ってるからって、仲間を大量に仕留められたと、恨み骨髄という感じでした」
「それは鹿からしたら、たまったもんじゃないですね」
「だけど、人間の方も、増えすぎた鹿の食害で、山が近い所では困っているようですね」
「そうよね、難しい問題だわ」
「ところで、南天寮の食事はどうですか?」
「ボリュームたっぷりですよ。品数は少ないけど、美味しいし満足してます。死んだら何も食べられないと思ってましたから、嬉しい誤算です」
「うちの柊寮と違うんですね。。うちは基本おにぎりと具だくさん汁物です」
「あれ、そうなんですか。南天寮は、焼きそばとかラーメンとか、とにかく麺類が多いです。トッピングの種類が豊富で嬉しいです」
「ラーメンはともかく、焼きそばにトッピングですか? 青のりくらいしか思いつきませんけど」
「いや、目玉焼きだとか、ソーセージだとか唐揚げなんかも載せてくれますよ。男の食の好みを分かったやつが作ってますね。小野さんが、ここに誘うときに、福利厚生も頑張ってるからって言ってたんですよ。これのことかと思いました」
「それが誘い文句でしたか。私の時は、クリーンでアットホームって言われました」
「ぶっ、それでよく就職する気になりましたね」
「そうですね、胡散臭さ満開でしたけど、いつの間にか入庁してました。でも、正解だったなって思いますよ。楽しいですもん。百年以上ずっと」
「俺も、現世の夢は断たれてしまいましたけど、かわりにこれなら悪くないなって思っています」
「まあ、二人とも、誘ってくれた小野さんに感謝ですね」
そんな風に、知らないところで感謝されている小野であった。
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