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なりきり閻魔ちゃんの冥界ライフ ー私の人生、死んでからが本番ですー   作者: バラモンジン


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55. 変わるもの 変わらないもの

 日々は、淡々と過ぎていった。

 冥界内は変わらないようでいて、個々を見れば少しずつ変化が生まれていた。


 業務効率化のコンサルタント業を始めた橘は、梅子が食堂でいつ会っても、できる女オーラをまとわせている。年を取らないから、外見は変わらないはずなのに、ますます大人の余裕を感じさせる。永遠に追いつけない憧れの人だ。鬼塚も、橘のことは認めているようだ。


「橘さんて、かっこいいよね、いつ見てもスーツをぴしりと着こなして、ヒールをカツカツ鳴らして歩くのは、ドラマの中の頼れる女上司か、敵対する性悪のお嬢様OL」

「偏見が過ぎますよ、鬼塚さん。だいたいヒールを鳴らしていませんから。急いでいるのに、むしろ音がしなくて不思議なくらいです」

「カツカツ音は、脳内イメージで補完している」

「何のために!」



 一方、鬼塚は、この度、念願かなって等活地獄の一つ下、黒縄こくじょう地獄に異動となった。


「いやあ、新しい世界が開けたわ。斬新、新鮮、もうね、私の想像する地獄の風景にはなかったから、どっちを向いても、画題がころがってて、目も手もいくつあっても足りないくらい。今ほど阿修羅が羨ましいと思ったことはない」

「千手観音はどうですか」

「多すぎ。物持ちすぎ。私の脳を千分割したら、ありんこレベル。阿修羅くらい、すっきりと周りを見回しているのが理想だよ。手が長いのも良さそう。

 でもね、熱した鉄の鎖を、黒鉛筆一本で表現しようと今頑張ってるんだ。難しくてやりがいがある。今度のところも、獄卒たちが面白がって絵を見に来てくれるから、張り切らざるを得ないよね。あー、しあわせ」

 相変わらずのオタクの熱量がすごい。生き生きしていて何よりだと梅子は思う。


 

 梅子はというと、体は十九歳のままだが、毛筆の字は上達し、罪状のまとめもコツをつかんできた。最近では、司命の読み上げる罪状の下書きを任されることもある。

 喫茶室では、よその部署の人の顔と名前を覚え、名前を忘れたという人には心の中で日本名を与えて覚え、着々と人脈を広げてきた。顔見知りが増えると、あちこちで会話がはずんで楽しい。

 


 十王様のところの視察も、この間の五官王で終了し、梅子の依り代の仕事も一段落ついた。


「地獄への視察は、どうする?」

 閻魔様に聞かれた。

「どうするって、何ですか? 私に行けと? 地獄へ?」

「菅原さん、目が据わっています。閻魔様も、無茶ですよ」

「む、そうか、あまり何事にも動じなさそうではないか」

「いえいえいえ、宋帝様のとこの大蛇でさえ、無理だったじゃないですか。地獄の責め苦なんて、正視できません。鬼塚さんじゃあるまいし、地獄に足を踏み入れた途端、気絶する自信がありますよ!」

「さすがに、菅原さんには荷が重すぎると思います」

 そう小野がフォローしてくれたので、地獄の視察は、晴れて免除となった。


 それに、閻魔様が身外身の法を使うことは、冥界全体に告知することになったので、閻魔様自身が(分身ではあるが)、地獄へ視察に行くことになった。

 内密の調査をする時だけは、梅子を依り代として中に宿り、梅子が現場に赴くのだが、顔を知られ過ぎていて、しきりに声をかけられるので、内密の調査にはもう向かないかもしれない。



 藤原の姿は、最近見ていない。以前は、梅子が午後、喫茶室に行くと、三回に一回は姿を見かけた。話をすることもあれば、お互い仲間と一緒で、会釈し合うだけ、ということもある。

 それが、いつからだろう、見かけなくなった。また、現世でリクルート活動だろうか。

 

 気になって、小野に訊ねてみると、

「あー、今、微妙な時期なんです」

「?」

 梅子が首をかしげると、

「菅原さんは、まだピンとこないでしょうけれど、藤原さんが生きていたら、今いくつだか知っていますか?」

と、聞いてきた。

「確か、ここに来て、それほど立っていない頃、七十四歳だと聞きましたから、・・・あれから何年たっていましたっけ?」

「十年です」

「え、そんなに? 私、二十九歳なんですね」

「藤原さんは、八十四歳です」

「?」

「二十代にはピンときませんか。無理もないでしょう。実は、このところ立て続けに藤原さんの同級生が、三途の川を渡ってきたのです。

 藤原さんが、法廷の扉の外で待っている死者の列を整えている時に、声を掛けられたんだそうです。たとえ知り合いでも、死者と個人的に話をすることは禁じられていますから、黙っていると、こんなところにいるのもおかしいかと思い直してくれたらしいのですが、それからです。藤原さんが、ちょくちょく法廷の扉の前を、離れたところから見ているんです」

「懐かしんでいるのでしょうか」

「どうでしょう、自分が過ごすはずだった日々を、彼らの向こうに見ているのかもしれません。藤原さんは、もともと覚悟を持ってここに来たわけではありませんから」

「ノリと好奇心でしたね」

「それを後悔しているのかもしれません」

 小野は、そのことに今でも罪悪感を抱いているのかもしれないと、梅子は思った。


「らしくありません。そんなの、藤原さんらしくありません」

「え、菅原さん、どうしてそう思うんですか」

「だって、藤原さんですよ。私、聞いてきます」

「ちょっと、だめですって、八十代にそういうデリケートな話は止めた方がいいです」


 小野の静止を振り切って、梅子は法廷の扉近くまで来た。 

 扉前に並んでいるのは、さすがに高齢者が多い。年寄りなのに、立ったまま並ばされている。シルバーシートはないのだろうか、と心配していたら、

「いやあ、こっちに来たら、膝の痛みが消えてなあ」

「あんたもかい、俺も、神経痛が直ったようだ」

「三途の川に、グルコサミンが流れてるって、誰かが言ってたが、あながち間違いでもないかもしれん」

 などという会話が聞こえた。


 辺りを見回すと、廊下の角から顔だけ出して、こちらを見ている藤原と目が合った。

 急いで傍によって、

「何してるんですか」

と、問いかけると、

「この間から、同級生や、会社時代の同期が来るんだよ」

と、普通の声音で返してくれた。

「懐かしいですか」

「うん? 懐かしいとかじゃないかな。俺の記憶の中では、もっとハツラツとしていたよ。みんな老けたり、しなびたり、禿げ上がったり、変わり様が面白くて見に来てる。俺がいちばん若々しいだろ」

「それを確認してたんですか」

「うん」

「やっぱり、藤原さんは藤原さんで、安心しました」

「え? 褒められてるのかな」

「心配していた小野さんに、報告しておきますね」

「は? 何を? あいつまた何か取り越し苦労していたの?」

「そんなところです。だから、藤原さんも、こんなところで油売ってないで、仕事に戻った方がいいですよ」

「そうだね、年下に心配されないように気をつけるよ」


 それを小野に報告すると、

「金輪際、藤原さんのことで心配するのはやめます」

と、固い決意をしていた。

 無理だろうな、と梅子は思ったが、黙っていた。



読んでいただき、ありがとうございました。


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