53. 閻魔様のオフ日
今日の閻魔様は、うきうきだ。
憤怒の表情はベースにあるが、やや下がり眉で、目尻に笑いじわのようなものが見える。梅子の気のせいか。
この閻魔様ごきげんの理由は、今日一日、閻魔様本体をオフの日としたからだ。
だいぶ前のことだが、初江王の庁舎を視察に行った際、三途の川で船遊びをしたいという閻魔様の希望を、梅子が皆まで言わせず却下した。その上で、時と場所を改めましょうと提案した。それが実現したのが、今日だ。
それも、分身閻魔様を法廷に残し、閻魔様本体が遊びに来た。気合十分である。
身外身の法も更に磨き、十日は保てるようになった。なので、この近距離で一日なら、依り代の梅子は必要ない。そして梅子を、船遊びのお供に指名した。
「閻魔様、私が一緒に来る理由がありましたか? お一人でも存分に楽しめますよね。帰る時間も忘れて遊び倒しそうだから、ストッパーとしての役割ですか」
と、梅子が訊ねると、閻魔様は、やや気まずそうに、
「我一人で浮かれているのは、いささか気まずいものがあるのだ。それに見物人がいた方が、見せ場を作ろうと工夫もするだろう?」
と、妙な張り切り具合だ。
「採点もしましょうか」
「それは、要らん」
断られたが、梅子は暇に違いないので、心の中で採点しようと決めた。
「それに、菅原の、お前にも一つ役割があるぞ」
「なんですか。後片づけですか」
「いや、足こぎボートの乗組員だ」
まじか。
「あれは二人で乗るものなのだろう?」
「いえ、そんな決まりはないです」
「そうなのか、だが、何もしないのは退屈だろう」
「司命様にも、しっかり見張るように言われてきました」
「むう、羽目を外し過ぎるなということか」
「川を渡る亡者を轢かないように気をつけてください」
「相分かった」
「渡し舟との衝突も危険ですから離れてくださいね」
「うむ」
返事は上の空で、閻魔様の心はすでに船蔵だ。
「では私は、奪衣婆さんと懸衣翁さんに、挨拶してきますね」
「頼んだ」
相変わらず、ズバッと威勢よく着物を剥ぎ取る奪衣婆さんに声をかけると、
「おや、まあ、こないだ千年ぶりに来たと思ったら、今度はやけに早いじゃないか。どうせ船遊びにはまったんだろう?」
と、お見通しだった。
「閻魔様が色んな船に興味を持って乗り散らかしていたと、例の船づくりのヤツに伝えたら、張り切ってまた何か作っておったぞ」
と、笑って教えてくれた奪衣婆さんに礼を言って、閻魔様のいる船蔵に向かった。
「わあ、種類が増えましたね」
「うむ、これなどは細身で我の体が収まるか微妙だな」
「カヤックですね。櫂で漕ぎます」
「似ているこれは何だ」
「カヌーです、こちらなら閻魔様でも乗れそうですね」
それにしても、三途の川を渡るのに、こんなアドベンチャー要素があっていいのかと梅子は思う。これを選べるのは、大型船に乗るように指示された死者だけだから、最後の贅沢として許されるということなのか。それとも、単純に閻魔様を喜ばせようと思ったのか。
「む、これは何だ。座るところも掴まるところもないが?」
「ああ、サーフボードですかね」
「こちら側にサメの背びれのようなものがついておるぞ。ここに掴まるのか? 紐の使い方も分からんぞ」
「閻魔様、多分これ、海のような波のあるところでないと無理ですよ。三途の川は、たとえ急なところでも、乗れるような波は来ませんから」
「むううう、乗れぬとは口惜しいな」
「いつか東岳大帝様を誘って、海で乗りこなしたらどうです」
閻魔様はキラッキラな目をして、
「良き提案だ」
と、梅子を褒めた。
それから閻魔様は、飽きずに色々乗り回した。岸から岸へ。上流から下流へ。下流から上流へ。
合間に梅子とスワンボートを漕いで。
また、最初から乗り回した。
「閻魔さまーーー、もう帰りますよーーー」
「あと一往復だけするぞーー」
「その台詞、三回目なんですけどーーー」
向こうで奪衣婆さんの爆笑が聞こえた。
閻魔様にとっては、実に有意義な休暇となったのだった。
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