52. 千年ひと昔
「そういえば小野さんて、閻魔様から、『小野のせがれ』って呼ばれてますよね」
梅子はこの日、少し早めに手習いを終えて、始業前のアップルティーを楽しんでいた。たまたま居合わせた小野も誘って、二人で久しぶりに話をする。
「そうですね。最初からそう呼ばれています」
「不思議だったんですよね。小野篁公が五十くらいで亡くなって、更に冥界の専属になって二百年、もうずいぶんたちますよね。その間、子孫の方が脈々と受け継いできたわけでしょう? その方たちみんな、『小野のせがれ』呼びだったんでしょうか。小野のせがれ、小野のせがれのせがれ、小野のせがれのせがれのせがれ、が面倒になって、子孫まるごと『せがれ』の一言で落ち着いたとかですかね」
「確かに、小野の系譜の人間に受け継がれていますけど、直接息子が継いだことは、ないようです」
「そうなんですか」
「考えてもみてください、篁公の次は、篁公の死後二百年ですよ、何代下ったと思います? もう孫や曽孫でも生きていませんよ」
「じゃあ、どうやって?」
「篁公は完全に死んでいたので、僕のじいちゃんのように、現世で見つけてくることはできませんでしたから、閻魔様の法廷で、見込みのある子孫をスカウトしたと聞いています」
「スカウトしたのは、篁公が? 閻魔様が?」
「それは聞いていませんが、両者ともに認める人物だったのでしょうね」
「その人、驚いたでしょうね。裁かれるはずが、まさかのスカウト。しかも冥界の重要なポストと聞いて。すんなり受け入れたんでしょうか」
「あのご尊顔で打診されたら、断るにも相当の胆力を要すると思いますね」
「確かに」
「その後は、じいちゃんのように現世に行っては、次代を探したようです。見つけ出すまでだいぶかかるので、どの代も百年、二百年は閻魔庁で働いたらしいです」
「次が見つかると辞める、という感じですか?」
「さあ、どうでしょう。じいちゃんの場合は、僕が成人して、現世である程度自活できるまで待っていてくれましたから、だいぶのんびり構えてくれましたよね」
「小野さんも、いつか、次代を見つけに行きますか?」
梅子は、急に心もとなくなった。
「今のところ、まるでそんな考えはありません。閻魔様のもとで働けるのが僕の誇りなので」
「小野さんが、キリッとしていうと、なんだか子供っぽいですね」
「失礼な、こう見えて六十五歳ですよ」
「六十五歳を、自慢げに言われましても」
「まあ、六十五にしては、童顔なのを認めましょう」
「童顔という括りでいいんでしょうか」
「ジャンルの方がいいですか?」
「童顔というジャンル、日本語のつながりがおかしくありませんか?」
「相変わらず、お前たちはおかしな会話をしているな」
「閻魔様こそ、いきなり現れるのを止めてください。心臓が止まりそうになります」
「止まっておろうが」
「身も蓋もないです」
「こういうのを鉄板ネタというのであろう?」
「どこで教わってきたんですか、言わなくていいです、藤原さんですね」
「自己解決が速いな」
「時は金なり、ですよ」
「時は悠久で、金は冥界には無縁のものよ」
「もう、ああ言えば、こう言う。小野さん? なんで、さり気なく耳をふさいでいるんですか」
「お構いなく」
「『こんな閻魔様はイヤだ』シリーズですね」
「なんだ、それは」
「自分にとってのヒーローは、いつでも格好良くいてほしいというファン心理です」
「そんなことより、茶を飲みたいぞ」
「お待ちください。すぐに」
小野が、いそいそとキッチンに消えた。
「あの、今日はどうされたのですか」
「先日の都市王の視察の後、十王会議を開いたのだが、現代の日本の現状について、我々が理解を怠ってきたのではないかという意見が出た」
「十王会議、なんだか物々しいですね」
「かれこれ千年ほど開いておらなんだ。個別には話をしていたがな」
「先ほどの、現状の理解を怠ってきたという意見をおっしゃったのは、どなたですか」
「第十王の、五道転輪王だ」
「五道転輪様は、なぜそう思われたのでしょう」
「あそこは、三回忌、つまり亡くなった満二年後に審理がなされる。法要が営まれたかどうかは、重要な判断材料だ」
「この間と同じですね」
「五道転輪王の言うには、四十九日や一周忌と比べ、三回忌は、明らかに減少傾向にあるらしい。そういう移り変わりを見逃していた。ここ最近は、特に変化が急だ。藤原の言う、アップデートとやらをしていかないと、亡者に裁きの内容が届かないということか」
「無理に藤原さんの言葉を真似しなくていいですよ。あの人も、バブル期からのアップデートにやっと成功したところですから」
「お待たせしました。甜茶を淹れてみました。効果は諸々ありますが、花粉症の僕には欠かせないお茶です」
小野が戻ってきて、皆の前にカップを置いた。
「ときに、藤原の名前が聞こえましたが、何か粗相でもしましたか?」
「いや」
「見本にする相手を誤ったという話です」
小野はしばし中空を見つめたが、それ以上深掘りする価値は無しと見極めて、
「十王会議のことでしたね」
と、話の軌道修正をしてくれた。
「私、思うんですけど、閻魔様や官吏の皆さんはよく、千年前だ、という言い方をしますよね。本当に千年かどうかはさて置いて、現世の人間と時間の感覚がまるで違うと思うんです。千年というのはおそらく、現世で私たちが言う、十年ひと昔みたいな感じじゃないでしょうか。だから、地獄の刑期もバカ長い。責め苦にあってる亡者たちは、冥界の皆さんのおそらく百倍くらいに長く感じていると思います」
「そうなのか?」
閻魔様が小野に問うた。
「確かに現世では、ニ、三年もすればびっくりするくらい色々変わります。この間、期待の新人君と話をしていた時のことなんですけど、新人君が鼻歌を歌っていたんですね。『それ、知ってる、最近の曲だよね』って言ったら変な顔されて、『もう、二年くらい昔の曲ですよ』って言われました。六十五歳の僕の最近は、二十代の若者には、昔なんだなあ、としみじみ思い知らされました。だから、閻魔様からしたら、十年、二十年なんて、僕らの昨日くらいの感覚じゃないでしょうか」
「そういうものか」
閻魔様は甜茶を飲み干して、部屋から出ていった。
「何か変わるでしょうか」
と、梅子が問えば、
「変わるにしても千年後かもしれませんね」
と、小野が答えた。
そういえば、『小野のせがれの』ことを、聞けばよかったなあ、と後から思う梅子であった。
読んでいただき、ありがとうございました。




