51. 視察(4) 第九王 都市様
冥界夏祭りも無事に終え、毎日のルーティンも軽快にこなし、梅子は少し油断していた。
「菅原の。明日、視察に行く。小野の部屋で待て」
いつものように小野からではなく、閻魔様じきじきに言われてしまった。
喫茶室からの帰りの廊下でのことだ。
閻魔様は、司命と司録を従えていた。その二人は驚いた顔を見合わせている。
「あの、それ、いつ決まりました?」
「つい先ほどだ。正確には、今だ。お前の顔を見て、行かねばならぬと思い出したのだ。問題があるか」
「いえ、滅相もないことでございます。私はいつでも大丈夫です。ただ、」
「ただ、何だ?」
「あらかじめスケジュールを組んで、仕事の段取りをつけている司命さんたちにとっては、急な変更はどうなのかなあ、と愚考いたした次第でして。取るに足らぬ浅慮とお見逃しください」
「お前の、時々妙にへりくだる言い方は、何なのだ。過剰な謙遜はいやみだぞ」
「真意が伝わって何よりです」
「こやつ」
「ああ、閻魔様、我々書記官は、閻魔様のなさりたいように補佐するのが使命ですから、どうぞご心配なく。それに、視察と言っても、今は身外身の法で、分身様が行かれるのですから、何の問題もございません。菅原よ、分身様が行かれるのだから、法廷の仕事は停滞しないのだぞ」
「あ、そういえば、そうでした。忘れていました。申し訳ありません」
「謝罪の軽々しさよ」
閻魔様はため息をついた。
「明朝九時だぞ」
「かしこまりました」
というわけで、本日は、分身閻魔様と梅子による、四回目の視察である。
行き先は、第九王の都市王のところだ。
例によって、閻魔庁庁舎の出口まで小野の見送りを受け、二人は第九王の庁舎まで飛んだ。
入口で案内を乞うも、誰も出てこない。
『どうしたんでしょう、何か揉めてるような声が聞こえませんか』
『なんだ、入口に誰も配さないなど、それほど人手不足とは聞いておらんぞ』
閻魔様も困惑気味だ。耳を澄ませている。
『官吏同士の言い争いだな』
『審理を受けている亡者とではなく?』
『両者とも、聞き覚えのある声だ』
『え、官吏の数、べらぼうにいますが、みんな覚えているんですか。というか、聞き分けられるんですか』
『我だからな』
『おさすがございますね』
『褒めておけばいいと思っているだろう』
『もう、めんどくさいな』
『菅原の、お前最近、我への対応がぞんざいではないのか』
梅子はしばし、己を振り返り、真面目くさって言った。
『そうかもしれません。私は、分身の閻魔様が生まれるところを見ていますからね』
『それがどうした』
『そのお体、元はと言えば、閻魔様がかみ砕いた髭ですよね』
一瞬、閻魔様が硬直した。
『我は、我の髭・・・』
『そうです、たぶん無意識のうちに、髭かあ、って思ってしまっているのだと推測します』
『・・・分かった。では、誰も出てこないから、先に進むぞ。後は任せた』
幾分つむじを曲げた閻魔様を宿したまま、梅子は庁舎の中を進んだ。
よその庁舎は勝手が分からないが、とりあえず声のする方に行ってみる。
通り過ぎた部屋のドアが開き、梅子は後ろから呼び止められた。
「どこへ行く」
「あっ、私は閻魔庁から視察に参りました菅原と申します。入口のところにどなたもおいでにならなかったので、こうして案内いただける方を探しにきました」
「それは失礼した。視察の件は、承っております。実は、少々立て込んでおりまして、都市様と面談の前に、私の方で答えられることはお話したいと思いますが、いかがでしょうか」
聞けば、この卒がなさそうな男が、都市王の副官だという。
『閻魔様、よろしいですか』
『うむ』
閻魔様の承諾を得たので、副官と話をすることにした。
「では、最近の庁舎の状況を、というより、先ほどの立て込んでいるという内容をお聞かせ願えますか」
「はい。お恥ずかしながら、揉めているのは官吏同士なのです。最近、現世から二人の男が官吏としてやってきましたが、これまで私たちが当たり前のこととして判断してきたことが、どうしても納得いかないと言うのです」
『いきなり来て、現世の常識持ち込むとか、ないわ』と、まず梅子はそう思った。
「こちらでは、第八王の平等様までが閻魔帳に記した罪業を、改めて吟味します。
泰山様の判決を不服とし、さらに平等様を経てここまで来るような者の言い分は、たいてい自己中心的な言い逃れです。
でなければ、やむを得ぬ事情があるのだと切々と訴え、こちらの憐憫を誘う様が透けて見えるような演技者です。我々の目もそれに騙されるような節穴ではありません」
副官は自分たちの判断に、自信を持っているようだった。
「しかし、ここからが問題なのです。菅原さんは、人が亡くなった後の法要をご存じですか」
思いがけないことを聞かれた。
「はい、両親を亡くしているので、お寺さんに言われるままに、四十九日だとか、百箇日だとか、私一人ですが、お寺さんに行って行いました。三回忌まで済ませました」
「そうですか。お一人でもきちんと供養をなさっていたのですね」
「お寺さんが近所で、小さい頃から知っている方だったので、親身に声をかけてくれました。そうでなければ、ちゃんとできたか怪しいです」
「第八王以降の審理には、法要がきちんと行われているかも判断の材料となります。つまり、遺族が故人のために法要を行うと、故人と参列者の功徳となります」
「だから、都市様の法廷に来る日が、ちょうど一周忌にあたる日なのですね」
「そうです、法要はちょうどその日というのが無理ならば、前倒しで行うのが常です。遅れると、この審理に間に合いませんからね」
「それで、現世組の官吏の言い分は、どういったことですか」
「身寄り頼りのない人間は、今ではたくさんいて、葬儀はともかく、法要などしてもらえない者もいる。そうした人間は、この救済を受けられない、と」
なるほど、と梅子は思った。だが、ここで私見を述べていいか迷う。
「菅原さんは、現世の状況に詳しいと思います。この件について、どう思われますか」
副官の問いに、
『お前の率直な考えを述べていいぞ』
閻魔様の許可が出た。
「昔は、家族も多く、親戚づきあいも近所づきあいもありましたから、自然の流れで法要をこなしていたと思います。現在では、身寄り頼りがない、というのは珍しいことではありません。現に私がそうです。柵がないからこそ、ここに来ました。
例えば私が、ここに来なくて現世で死んだら、法要をする人はいません。葬儀もされず、無縁仏として、どこかに埋葬されるのだろうと思います。
そういう人間に対する配慮は、冥界にはないのかな、という疑問はあります。
現世組の官吏の方も、似たような境遇だったのではありませんか」
副官は、黙ったまま考えていた。
『その官吏の話を聞いてみたい』
と、閻魔様が言った。
「あの、その現世組の官吏の方からお話を聞くことはできますか」
「はい、では一人呼んで来ましょう」
そう言って、副官は転移で出ていった。
『たぶん、その人たちも、家族や親戚の縁が薄いんじゃないでしょうか。自分の努力の叶わないところで、ほかの人の罪が軽くなるのは不公平だと感じるのは分かります』
『なるほどな、今ではそう考えるのか』
『閻魔様から見たら、違うのですか』
『その縁が薄いというのも、因果応報の結果と見なされておるのだ』
『因果を具体的に示してもらえないと、納得できません。まさか、生前の罪とか言いますか』
『それもあるな』
『理不尽!』
『そう思うか』
『現代人を代表して、そう言いたいです。生前の行いに責任とれるか、って』
『言いたいことは、分かった』
それからやってきた現世組の官吏から話を聞いたが、概ね、梅子の感じている違和感と同じだった。
だとすれば、裁かれる現代人も、同じように感じるだろうということで、この件は改めて、第八王、第九王、第十王と、閻魔様の間で話し合いがなされることになった。
その結果が出るまでは、審理はこれまで通りだが、現世組と冥界組の間で冷静な意見交換ができるようになり、庁舎内のギスギスした雰囲気は収まってきたらしい。しばらく様子見となった。
読んでいただき、ありがとうございました。




