45. 視察(2) 第二王 初江様
梅子が、閻魔様の依り代として行った最初の視察から、ひと月がたった。
手習いをしている時に、小野から、
「次の視察が、明日になりました。行き先は第二王の初江様のところです」
と、告げられた。
「いつも急ですね」
「司命さんたちとスケジュールは組んでいたのですが、それを気にしないのが閻魔様です」
「横暴では」
「そろそろ息抜きがしたくなったのでしょう。本人は法廷から出られないので、せめて分身が外の空気を吸ってくれれば、と考えたのだと思います」
「それ、本当に息抜きになるのでしょうか。余計疲れそうな気がするんですが」
「閻魔様ですからね。僕たちが心配するのもおこがましいです」
「それで、なぜ初江様のところなんですか。順番通り回らないのですか」
「問題の有りそうなところを優先したんだと思います」
「どんな問題があるとお考えなのでしょう」
「まず、知っておいてほしいのが、初江様のところでは、生前の盗みの罪が調べられます。これは単に金品だけの問題ではなく、人の時間や心についても盗んだり傷つけたりしていないか調べます。その際に、証人としてかつて飼っていた動物が呼ばれることがあるのですが、最近その証言がほとんど記載されていません。菅原さんには、それについて調べてほしいのです。
業務改善にかこつけた手抜きなのか、ほかに事情があるのか、送られて来た閻魔帳からは分からないのです」
「調べる内容は承知しました。私はまた新人研修という体でしょうか」
「いいえ、そろそろ新人というには無理がありますね。菅原さんは、そのスーツ姿で目立っていますし、閻魔様の書記官の司命さんたちとも親しくしている姿を見られていますので、すっかり有名人ですよ」
「やっぱりこの服装、浮いてますか」
「かっちりしていていいと思います。特に視察の時には、相手に敬意を示す意味でも良いでしょう」
「スーツのせいで、橘さん並みの仕事ができると誤解されたら困りますけど」
「そういうのは、二言三言、話をすれば分かりますから心配いりませんよ」
「慰められた気がしません」
「では、明日いつも通りの時間にここに来てください。手習いは無しで、すぐに視察です。初江様には、閻魔様の部下の菅原が、閻魔様の命で視察に行くと通達してあります。無下にはされないはずです。頑張ってきてください」
「はい」
というわけで、本日、第二王である初江王のところに、梅子はやってきた。体の中には閻魔様の分身がいる。念のため、今から念話で話す。
『閻魔様、困った事態に陥ったら、助けてくださいね』
『おお、懐かしいな、この庁舎。まるで変っておらん』
『閻魔様、人の話、聞いています?』
『ここは三途の川が近いな。うむ、早く視察を済ま』
『船はダメです』
閻魔様に皆まで言わせず、梅子は止めた。
『閻魔様、知っていますか? 先日の船遊びについて、船頭の獄卒から苦情が届いたんですよ』
『何が悪いのだ』
『スピード違反です』
『我の操縦が上手すぎるのだから、仕方あるまい』
『これから彼岸に行こうと川を渡っている死者たちが、浮かれてボートを乗り回す閻魔様のお姿を見て、あんな男に裁かれるのかと、がっかりしていた者もいたそうです。選択肢があるなら、あっちが良かったとか、岸に戻ってやり直したいとか、しばらくカオスだったらしいですよ』
『むう、それは悪いことをしたな』
『今度は、船に乗る場所と時間をよく考えましょう』
『止めなくていいのか』
『獄卒たちだって、三途の川で泳いで楽しんでいます。閻魔様だって、休暇なら船に乗っていいんじゃないですか』
『いかにも、では今日も』
『今日は、視察、です』
『・・・相分かった』
そんなやり取りの後、梅子は庁舎の入り口で来訪目的を告げ、案内されて立派な扉の部屋に入った。
「初めまして、閻魔様の下で働いている菅原梅子と申します。本日は、初江様の庁舎内のことについて色々とお話を伺いに参りました」
「うん、聞いているよ。ご苦労様。お茶でも飲みながら話そうか」
初江王は、顔も体も大きいが、声は太く優しそうだった。
梅子は準備してきた質問を投げかけ、それぞれに丁寧な答えが返ってきた。
「では、初江様のところでも、無駄を省き、人員の配置を見直したりして、業務改善は進んでいるわけですね」
「うん、これまで官吏たちには何となく仕事を割り振っていたんだけど、適材適所を心がけたのと、何より本人の希望を聞くようにしたのが功を奏したかな。やる気になった者が多いよ。こんなに変わるとは思わなかった」
さて、これからが本題だ。
「ところで、初江様の法廷では、以前飼っていた動物たちを、証人として招くと聞いておりますが、最近では、その証言の記載が少ないように思うのですが、いかがですか」
「ああ、それなあ、決して時短のために手を抜いているわけではないのだ」
初江王の話によると、先に死んだ動物は、すでに他のものに転生していることが多く、前世の飼い主のことは記憶にない。まだ転生してないとしても、鳥や昆虫は飼い主など覚えていない。頼りになるのは犬や猫だが、すごく大事にされてきたものが多いのか、飼い主の死んだ姿を見るのが辛いと言って、召喚になかなか応じてくれない。逆に大事にされなかったものは、そんな奴のためにわざわざ出向くものかと断ってくるという。
「まだ生きている動物はどうですか」
と、梅子が聞くと、
「それも昨今のペットたちは、室内飼いがほとんどで、証言のために連れ出すことができんのだ。昔の猫のように自由に外に出てきたり、外飼いの犬ならば、なんとかなるのだがな」
と、初江王は残念そうに答えた。
「まあ、田舎の方では、まだ外に猫や犬がいるが、そういうところの動物は、飼い主以外との交流も多く、飼い主にそれほど執着しておらん。証言も薄いものが多いな」
「事情はよく分かりました。動物たちを法廷に呼んで証言してもらうのは難しそうですね。そのように報告して、何か良い手立てがないものか、こちらでも考えてみます。
ほかに何か困っていることはありませんか」
すると、初江王の後ろに立っていた官吏が、
「すみません、私から、官吏たちを代表してお願いがあるのですが、よろしいでしょうか」
と、言い出した。
梅子は初江様が頷くのを見て、
「はい、どうぞ」
と、促した。
「うちの庁舎にも、充実した喫茶室がほしいのです」
「ん? あるではないか」
初江王が、不思議そうに聞いた。
「 私は、" 充実した " と言いました」
「現状はどんなですか」
「ほうじ茶とセンブリ茶の二択です」
「それはひどい」
「でしょう?」
「初江様、センブリ茶をお飲みになったことがありますか」
「いいや、儂は香ばしいほうじ茶が好きだでな、いつもそれよ」
「では一度、センブリ茶をお試しになってから、閻魔庁の喫茶室に見学にいらしてください。福利厚生も官吏たちの士気に影響しますよ」
「そんなもんかの。そう言えば五官のところでも、喫茶室が人気と聞くな。いっぺん覗きに行ってみるか」
「はい! 是非に!」
後ろの官吏が喜色満面で答えた。
こうして問題なく視察は終わり、梅子と閻魔様は閻魔庁に戻った。閻魔様からは特に言葉はなかったので、まずまずの及第点だったのだろう。
後日、初江王のところの官吏から、センブリ茶で初江王が気を失いかけたこと、喫茶室の内容が大幅に改善されたことについての報告が梅子宛てにあった。感謝の言葉で締めくくられていて、梅子は温かい気持ちになった。
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