44. 守護霊 or 背後霊
大伴武と大蛇のバトルから数日がたった。
噂は思いの外に早く鎮静化した。というのも、獄卒たちが興味津々で大伴を見に行ったものの、どこからどう見ても、自分たちより貧弱そうで、あわよくば一勝負挑もうかという思惑は、完全に空振りに終わったからだ。
結局、宋帝王のところの新人は、大蛇に歓迎の意味で遊ばれて、化け猫たちにはゴロゴロと腹を出して懐かれていた。たぶん、あれは野生動物を訓練する才能があるのだろう、という新たな噂で上書きされた。
梅子が喫茶室でひとりレモンティーを飲んでいると、噂の新人の大伴と五官王秘書の橘がやってきた。二人ともスーツ姿だ。
「こんにちは。珍しい組み合わせですね」
と、梅子が声をかけた。
「大伴さんは、私と同じような仕事を受け持つことになったから、今まで私のやってきたことを説明していたの」
「秘書さんてことですか」
「秘書的な仕事は二割で、残りは、宋帝様のところの業務効率化よ」
「なるほど、うん、合ってそうな気がします。大伴さん、やること速そうですもんね」
梅子と一緒にお茶を飲むことにした二人は、ジャスミン茶のカップを持ってやってきた。ほんわりと柔らかい香りが広がる。
橘の話によると、五官王のところを真似て、ほかの十王様のところでも効率化が進んでいるらしい。だが、宋帝王のところだけ、事情が特殊で、なかなか旧態依然としたやり方が変えられないのだという。
「その特殊な事情というのは、私が聞いてもいい内容ですか」
「いいわよ、べつに秘密ではないはずだから。
実はね、宋帝様のところの大蛇と化け猫たちが、もうずいぶん前から、ボスである宋帝様の言うことを聞かなくなっていたらしいの。数と力を頼りに、官吏や獄卒の制御を振り切って、審理のために送られて来た死者たちを、勝手に痛めつけたりしていたんですって」
「閻魔様に報告しなかったんですか」
「宋帝様たちとしては、ただでさえ多忙を極めている閻魔様の手を煩わせるのは忍びないというのと、たとえ死者が骨を砕かれても、時がくれば元通りだからと、諦めていた部分もあるらしいの」
「ああ、遠慮してしまったんですね」
「大蛇たちも閻魔様に出てこられたら勝ち目がないから、ギリギリのところを見極めてたみたい」
「狡猾ですね」
「そんな時に現れた救世主が、こちらの大伴さん。強力かつクレイジーな守護霊の力でもって、大蛇の中のトップと互角に渡り合えることを、皆の前で示してくれたの。互角どころか、大蛇からすれば勝ちを譲られたようなものだったから、屈辱だったみたい。これで一気に、大蛇も化け猫も大人しくなったのよね」
「なるほど、だから大伴さん、期待の新人て呼ばれていたんですね」
ようやく納得した梅子であった。
「正確には、期待されているのは、俺の力じゃなくて、守護霊というか質の悪い背後霊の方ですけどね」
「大伴さん、その守護霊のこと、あまり良く思っていないんですか」
梅子は、恐る恐る聞いた。たぶん、生きていたくないほどの原因を作ったのが、その守護霊なのだろうと思ったからだ。
「俺は昔から、あらゆる動物に嫌われていました。犬も猫も、俺が近づけば警戒して威嚇してくるし、ふれあい動物園なんかでウサギやヤギに触ろうとすると、身をよじって尋常じゃない鳴き声を上げられるんです。歩くのもおぼつかない幼児の頃からですよ。周りはみんな、俺がなんか悪さをしたんだろうって言うんですけど、触れる距離まで近づいたことさえないです」
「その原因が、後ろで過剰な圧をかけてる守護霊だったってわけですね」
「ここに来て、初めてそれを知りました。俺にとっては、守護霊どころか疫病神みたいなものです」
「その守護霊は、何かから守ってくれたりもしたんですか?」
「どうでしょう、一つも思い当たりませんね」
大伴は、苦いものを飲んだような顔で語りだした。
「俺は、嫌われてもやっぱり動物が好きで、獣医師を目指していたんです。まあ、ご想像通り、失敗でした。ひどい話なので詳しくは言いませんが、色々ありました。決定打になったのは、俺がある病気の動物を安楽死させたって噂になったことです。味方してくれる人が誰もいなくて、どうしようもなくなって、ここに電話したんです」
梅子は、相槌さえ打てないほど衝撃をうけた。
「・・・許せませんね、その背後霊。絶対、守護霊じゃないですよ。守るどころか呪ってるじゃないですか」
「怒ってくれてありがとう。俺も腹を立てる相手がはっきりしたことで、気持ちの整理がつきました」
「でも、そんなやつを冥界まで連れてきてしまって大丈夫なんですか」
「閻魔様の面接のときに、守護霊の存在をを指摘されました。だけど、閻魔様からしたら雑魚みたいなものだから、そのままでいいと言われました」
「そのままでいいと言ったって、大伴さんが嫌じゃないですか」
「そこで入庁者特典です」
大伴は、不敵に笑った。
「どんな能力ですか」
梅子も思わずワクワクして聞いた。
「菅原さん、孫悟空を知っていますか」
「西遊記に出てくる、筋斗雲に乗ったり、身外身の法を使う猿ですよね」
「難しい術の名前を、よく知っていますね」
「身に覚えがあり過ぎまして」
「では、悟空が頭にはめられてる輪っかを覚えてますか」
「三蔵法師を怒らせるとぎゅうぎゅう締めつけられる、あれですよね」
「そうです、緊箍児という名前らしいです。あれをヒントにして閻魔様が、俺の守護霊に輪っかを作って頭にはめてくれました。
孫悟空のは締めつける時に呪文を唱えるんですけど、俺のはもっと簡単で、右手の親指と人差し指をぐっと近づけると、締まります。締めつけ度合いも、その指の近づけ具合で調節できるんですよ。あと、守護霊が隠れて悪さができないように、俺にも姿が見えるようにしてくれました」
「閻魔様、ナイスですね」
「これからは、守護霊を使って大蛇たちに睨みをきかせて、審理もあるべき姿に戻せると思います。効率化は、それからですね。
そして、今さらですけど菅原さん、459のフリーダイヤルに電話してみて本当によかったです。ありがとうございました」
そう言って大伴はペコリと頭を下げて、橘と連れ立って喫茶室を出ていった。
残された梅子は、人ひとりを救う手助けができたことに、ほんのりと幸せを感じながら、お茶を飲み干して職場に戻ったのだった。
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